怒りがおさまらない
帰りたいのに
「こちらをお使いください」
メイドから差し出された布を無言で受け取ると、顔を拭く。ちょっと硬い。
舞ちゃんと二人、不機嫌なまま目の前に座る重そうなガウンを羽織った偉そうな人とその後ろに俯いて立って居る人達を睨む。
「私達に、説明する事があるでしょう」
そう言うと、全員がビクッとする。
その反応は失礼だ。
「私が話していいだろうか」
ようやくガウンの人が口を開いた。
「どうぞ」
「私はこの国を統べる王、ヴェルファイアだ」
「そう」
やっぱりか。そんな気はした。
「我が国は、常に病魔に見舞われていて、魔術師、医術師が何十年も対応しているが、病魔は我が国を蝕み続けて居る。もはや、聖女様にお縋りするしかないと」
「それで、こんな事をしでかしたと」
この人達は、異界の人間に何を求めて居るんだ?
「誠に申し訳ない」
「で、帰してくれないの?」
「そうしたいのだが」
「が?」
微妙な沈黙は嫌な予感しかしない。
振り絞るように出た言葉は聞きたくなかった言葉だ。
髭のガウンの男が絞り出すように小さく言った。
「帰す手段は無い」
「は?」
横に居る舞ちゃんが震えた。
「帰れないの?」
「舞ちゃん、大丈夫?」
「佳代さん、帰れ無いって。どうして?」
ここは容赦なく言ってやるわ。
「ここの無責任な人達の所為よ」
空気が凍る。
「私達だけじゃない。私達の家族や友人知人にも影響するのに、召喚なんてするから」
「あ、それは大丈夫です」
後ろに立っていた魔術師らしき人が前に出た。
「あなたは何?」
「此度の召喚の義を行いました魔術省のアウルと申します」
「大丈夫って。どういう事?」
「こちらに来た時点で歴史編纂が起きて影響はないのでご安心ください」
何言って居るの?
「は? それ最悪じゃない。私達は居なかった事になるし、夫は? 息子は? 私は何なの? 最愛の夫は誰と夫婦になって居るの? 舞ちゃんのご両親はどうして居るの? 洗濯物や明日のお弁当は? 歴史編纂が起きるから大丈夫? 私達の気持ちは?」
ほんと首を絞めようかと思った。
「なんて事をしてくれたの!」
魔術師の顔色が真っ青になっているが、自分達のやらかした事にか、私の剣幕になのかは分からない。
「え? あ、申し訳ございません」
「この国の人は、家族と無理矢理に別れさせられてもなんともないの?」
すると、メイドが動いた。
「陛下の御前ですが失礼いたします』
国王に膝を折り私達に頭を下げると失礼な魔術師の前に立ち、手にしたトレーで殴りつけた。
バン!
鈍い音が響く。
「常々、人の心情に疎いと思っていましたが、今回のこれは許されざる行為です」
バン!
「しかも今の発言は特に許し難い」
バン!
「夫と子供を理不尽に奪われ、記憶すら残らない。その辛さぐらい理解しなさい!」
バーン!
一際おおきく振りかぶって叩き下ろした。そして歪んだトレーを脇に挟むと深く頭を下げた。
「舞様、佳代様、お二人様のお気持ちを思うと、私も胸が苦しいです。この国の感性はこの魔術師の歪んだ感性とは違います」
スッと歪んだトレーを差し出した。
「思う存分、どうぞ」
「ありがとう。舞ちゃん、お先にどうぞ」
トレーを受け取るとキッと睨んだ。
パンパンパンパンパン
「帰して! 帰して! 帰して!」
泣きながら叩く姿に、王とその側近達は顔色を一層青くする。どうやら人の心はあるようだ。
思う存分叩きのめすと、私にトレーを渡してまた布に顔を埋めた。
行き場のなき感情を叫ぶ息子と同じ年頃の女の子に、怒りは最高潮に達する。
「まったく、どうしてくれるのよ!」
バキッ!
トレーは真っ二つになり、魔術師は頭を抱えたまま蹲った。
「残りは後日にしてあげる」
ビクッとするが、これで終わりと思ってほしくない。
母の怒りは甘くはないのだ。
帰れないって!




