夏休みの喫茶ひなたとランキング
「ふーん……そんなことがありましたの」
マリーがコーヒーカップを傾けながら、レーヴとの邂逅についてそんな言葉を返す。
今いる場所はシュルツ邸ではなく、喫茶ひなたである。
「それで、今ランキングはどうなっていますの?」
「ああ、マリーは忙しくてイベントに参加していないんだっけ。確かこの前のバイトの時に言っていたよな」
「社交界に参加することも、わたくしの大事な役目ですからね」
「社交界……相変わらず俺たち庶民に縁のない単語がポンポン出てくるよな。静さん、今って何かしらの端末持っています?」
そしてこの場には静さんと司がマリーに同行している。
いつもの三人だが、メイド服と執事服の人間相手に接客するのは妙な気分だな。
二人とも、厨房側に立っているのが似合う服装なので。
俺の言葉を受け、慌ててスマートフォンを取り出したのは司である。
「スマホで大丈夫ですか? 師匠」
「ああ、TBのアタックスコアランキングをマリーに見せてやってくれ。それと、そんなに焦らなくてもいいぞ。ただの雑談の種だから」
一応司よりも役職が上の静さんに訊いたが、こういう時はどうするのが正しいんだろうな?
ちなみに自分のスマートフォンはロッカーの中である。
他のお客さんもいるのだし、まさか仕事中の店員がスマホを弄り出す訳にもいかないだろう。
司がページを開いている間、マリーがカウンター席で手を組んでこちらを見上げる。
「そういえば、ワタルは覚えておいでですの?」
「ん……何を?」
「わたくしも、過去にワタルをギルドに誘っていましてよ? 気が向いたらいつでもいらっしゃいな」
「あー、あの話まだ生きてたのか……今のところその予定はないけど、気持ちは嬉しいよ」
「シリウスのギルドメンバーは、メインとサブを合わせて99人のままです。ギルドを移籍なさらなくても、ゲーム内でグラドの近くにお越しになった際は、我々のホームにお立ち寄りください」
そう言って微笑む静さんを見て、何故かマリーが頬を膨らませる。
何だろうか、既視感のある流れ。
「……何で睨むんだよ?」
「いいえぇ、別にぃ。ただ、貴重な静の笑顔をここで目にすることになるとは思わなかっただけですわ! わたくしでも、数えるほどしか見たことがないのに! 自転車の時といい、何だか……もうっ!」
マリーがそんなことを言うので、静さんが元の無表情に戻ってしまった。
そんなに貴重なのか……それこそ自転車に乗るの練習を手伝っている時なんかは、結構表情豊かだったように思えるが。
「あのぉ、師匠……」
割って入り辛い雰囲気に、それでも司がおずおずと声を上げる。
その手には見慣れたランキング画面が表示されたスマートフォンが。
「っと、ありがとう。ほら、マリー。ランキングだよ、ランキング。さっきの話の続きをしようぜ」
「……そうでしたわね。ワタル、コーヒーのおかわりを! 今のと同じもので結構ですわ!」
「はいよ。二人はどうする?」
食器を磨いていた手を止め、マリーが差し出したカップを受け取る。
その切り替えの良さ、今のような状況ではとてもありがたい。
静さんと司のカップの中身も空になっていたので、二人にもおかわりが必要か訊いておく。
「あ、いただきます。美味しいですよね、ここのコーヒー」
「やはり専門家が淹れたものは違いますね」
「あれ? さすがにそういう専門の人間は、屋敷で雇って――」
「執事の仕事の範囲内ですわね。お茶の種類によっては、厨房係が淹れることもありますけれど」
「だよな。……マスター、こちらにおかわりを三つお願いします」
マスターは白い歯を見せて、微笑みを返しつつ頷いてくれた。
年寄りなのに自前であれだけ白い歯は凄いよな……特にコーヒーなんて、色素沈着が激しいのに。
マスターがおかわりを用意してくれている間に、俺は一組のお客さんの会計を済ませ、テーブル席を片付けてからカウンターに戻ってくる。
すると、マリーがスマートフォンを見て難しい顔をしていた。
「レーヴの独走態勢ですわね。勝てますの? この調子で」
「正直厳しいが……幸い最終日とその前日は長く時間を取れそうなんでな。時間当たりのポイント数は勝ってるっぽいし、やるだけやってみるさ」
「ユーミルさんは10位ですから、優勝圏内ではありますね」
「師匠、頑張ってください!」
「ああ。また三人とも、何かのイベントで一緒に遊べるといいな」
三人はコーヒーを二杯飲み切ると、また出かける用事があるということで去って行った。
忙しそうだな……ここには近くの用事のついでに寄ったということらしい。
俺が三人の食器を片付けていると……。
「亘ちゃん? 可愛い子たちだったわねえ、三人とも。亘ちゃんの新しいバイト先の子たちですって? 亘ちゃんがお会計で離れている間に、とても丁寧にご挨拶いただいたわ」
「いつの間に……しかしまあ、そう来ますよね。麻里子さんなら……」
標準的な噂好きのおば様である麻里子さんが、興味津々で三人について尋ねてくる。
その横で静かに豆を煎りつつ苦笑するマスター――史郎さんに助けを求めつつ、俺はいつも通りにバイトをこなしてから帰宅した。