一方的な宣戦布告
最終的にその戦いのアタックスコアの行方は、ユーミルがレーヴに僅差で競り勝つという結果に落ち着いた。
戦闘後に2位との差が薄いことに気が付いたユーミルが、驚きつつ目を剥く。
「ぬぉぉぉぉっ!? 何だこれは!? 何だこれはぁっ!!!!!」
「うっさいな……お前、戦闘中にスコアの確認したりしないの?」
「お前たちのサポートがあれば、後は私の出来次第で必ず勝てると確信しているからな! 無心で剣を振るのみだ! だから見ていない!」
「格好いいなぁ、ユーミルさんは。普通なら気になって見ちゃうところなのに」
「ふふん!」
そこでドヤ顔をしなければもっと格好いいがな。
セレーネさんの賛辞を受けて胸を張るユーミルを見ていると、メールの着信音が鳴る。
どうもその場の五人全員がそうだったらしい。
一斉送信か? 送信者は……。
「兄貴!」
「アルベルトさんか……うん? こっちに来るって書いていないか?」
本文にはぶっきらぼうに、そちらに向かうので待機していてくれるとありがたいと書いてある。
同行者の名前も書いてあり……というか、これはまんま先程アルベルトさんが組んでいたパーティのメンバーだ。当たり前だが。
「そのようですね。レーヴ……さんがハインドさんに会いたいと」
「えっ」
リィズの言葉と同時、事態を把握したセレーネさんが怯える小動物のように周囲を見回し……。
一面の砂漠に隠れる場所がないことを悟ったのか、フード付きのマントをしっかりと羽織り、俺の背へと隠れた。
放っておくと『ソル・アント』たちのように砂の中に入り出しかねないので、仕方ないか。
「むう、またハインドか。ギルマスの私を無視しおってからに!」
「自分へのメールを俺に回すよう周知している奴の言うことか……とはいえ、レーヴが何の用で会いに来るのか見当もつかないな」
「また嫌味っぽいことでなければよいのでござるが。険悪な空気は勘弁でござるよ」
「まあな。あまり酷いようなら、アルベルト親子に断って帰らせてもらおう」
セレーネさんが俺とトビの言葉に盛んに頷く。
しかし、今回はアルベルトさんがいるのでそう酷いことにはならないような気がする。
彼はマナーを弁えた大人だからな。
そういう空気になりかけた場合、きっとどうにかしてくれるだろう。
俺たちがその場で待機して、レーヴ一行の到着を待っていると……。
「……あれ?」
「どうしました? セレーネさん」
「今、視界の端に動くものを捉えたような」
「――むっ! 敵か!? ソル・アントか!?」
「ううん、ソル・アントなら砂の中から一直線に出てくるはず。そういうのじゃなくて……」
「……? 拙者の目には何も映らなかったでござるが……」
トビのそんな言葉とは裏腹に、セレーネさんの視線の先に注目していると……。
砂地の一部が切り取ったように浮き上がり、それがふわふわと漂いながら寄ってくる。
その下から現れたのは――
「……驚かせようと思ったのに……」
「フィリアちゃん!? 何してんの!?」
「フィリア!?」
「……これ、知り合いの生産者にもらったカモフラージュ用のマント……」
フィリアちゃんがマントを外し、ひらひらと示してみせる。
彼女が砂地に擬態するのに使用していたそれは、濃淡も適切でかなりの出来に見えた。
セレーネさんが興味を示し、俺の背中から出てくる。
「へー、良く出来ているね……」
「でも、セレーネの目は誤魔化せなかった……」
「そこの忍者の目はしっかりと誤魔化せていたけどな。忍者って、隠れんぼの本職じゃねえの?」
「おい、忍者しっかりしろ。砂漠で目立つ黒い服を着ている場合か?」
「擬態能力で大きく後れを取っているようですが、大丈夫ですか? 忍者さん」
「御三方だってフィリア殿に気付かなかったでござろう!?」
「――これは一体何の騒ぎですか?」
トビが叫んだ直後、フィリアちゃんの後を追うようにしてレーヴのパーティが現れた。
どうやら俺たちとフレンドであるフィリアちゃんが先行して、位置を知らせていたようだ。
俺たちもフレンドリストを用いてマップのマーカーをオンにしておけばフィリアちゃんに気付けたのだろうが、待っている側なので何もしなかった。
そこまでフィリアちゃんが読んで、隠れながら近付いて来たのかどうかは定かではないが。
「……」
「……」
「……って、誰か喋ってくださらんか!? れ、レーヴ殿、何の御用で?」
場の空気に耐えかねたトビが、険しい表情のレーヴに向かって質問を投げかける。
アルベルトさんは一歩引いて黙っているし、ギルド戦で僅かだが面識のあるソルダさんは――済まなそうな顔ながらも、こちらも沈黙を保っている。
パーティの残りもう一人は気弱そうな少女で、様子を見る限りこの場を仕切ってくれたりといったことは期待できそうもない。
レーヴは中指で眼鏡を持ち上げると、小さく息を吐いてから口を開く。
「……失礼しました。今の戦いを見ていて、改めて思ったのですが――」
「私たちの勝ちだったな! 今の戦いがどうかしたか?」
ユーミルの無神経な一言に対し、レーヴの額に青筋が浮いたような気がしたのは……おそらく気のせいではないだろう。
ソルダさんが「あちゃー」と口にしながら片手で額を抑える。
「――だったら言わせていただきますがね。勿体ないのですよ、ハインドの使い方が!」
「「「……は?」」」
レーヴの口から発せられた意外な言葉に、俺たちは唖然とした。
しかし、そんな俺たちの様子をよそにレーヴの弁説は過熱していく。
「適切な詠唱タイミング、回復、バフ、そして何よりも……アタッカーの一番のストレス源であるMP枯渇の解消! 彼のエントラストの使い方は素晴らしい! これらの行動を指揮をこなしながら行っている……お分かりですか!? 彼がどんなに貴重な人材か!」
「う、うむ……」
「何ですか、その生返事は! ここまでできて、更にはポーションの正確な遠投まで行える神官なんて他にいませんよ! アタッカーならば、誰でも彼を傍に置きたいと願うはずです! 一パーティに一ハインドッ!!」
「意味が分からん!? ハインドはこの世に一人しかいないぞ!?」
「あ、あの、レーヴ様……」
レーヴは気が付いているだろうか? 熱弁を振るう自分の後ろで、パーティメンバーである神官の少女が悲しそうな顔をしていることに。
ソルダさんがその背を叩いて慰め、フィリアちゃんもそれに続いて背中をポンポンと叩いている。
そんな様子を知る由もなく、レーヴは更にユーミルに食ってかかる。
「だからこそ貴重だと……ええい、要は僕も彼をパーティに入れたいのです! 寄越しなさい!」
「はぁ!? やらん! というか貴様、前からそんなキャラだったか!? 知的なクール系ではなかったのか!?」
「それは勝手な思い込みというものです! 僕は――」
「あー、大将、大将。このままじゃ埒が明かねえよ。ちょいといいかい? 渡り鳥さんたちよ」
さすがに見かねたのか、ソルダさんが手を上げながら二人の間に割って入る。
山賊だか盗賊のようなワイルドな見た目だが、どうにも彼からは自分と似た気配を感じる。
「要は、ウチの大将はハインドを俺たちのギルドにスカウトしたいらしいんだわ」
「は?」
と、今度はリィズがソルダさんとレーヴにトビに見せた以上の視線を向ける。
無表情過ぎて、兄の俺ですら本気で怖いのだが……ラプソディの神官の少女が、それを見て小さく悲鳴を上げた。
ソルダさんもごくりと唾を飲み込んでから、極力リィズと目を合わせないようにして話を続ける。
「スカウトってーか、引き抜き? に、なんのか。ハインドは既に渡り鳥っつーギルドに所属している訳だしな」
「そう、そうです。僕がそこの勇者に累計アタックスコアで勝てたなら、ハインドにはラプソディへの移籍を考えていただきたい!」
「いえ、俺は――」
「僕からは以上です。これで用件は済みました。帰りますよ、ソルダ、サージュ。アルベルトとフィリアは――」
「少し話をしてから追いかける。会う仲介をしたのだから、構わないだろう?」
「……いいでしょう。アイテム補給のため、先に王都に戻ります」
「あっ、おい! ハインドはやらんぞ! やらんからな!?」
そして止める間もなく、レーヴたち三人はその場から去って行った。
残されたアルベルト親子の内、アルベルトさんが頭を下げる。
「すまなかった。どうしてもと言うので、断り切れなかった」
「いえ、それは構わないのですが……ええと、とりあえずお久しぶりです」
「……久しぶり」
今更のような俺の挨拶に、小さく手を上げて応えるフィリアに場の空気が和む。
急展開というか、予想もしていなかったレーヴの性格に驚くばかりではあるが。
するとアルベルトさんが珍しく、困ったような顔で補足を入れてくれる。
「奴は比較的良い雇い主なのだが、人材集めに余念がなくてな……俺たち親子も、傭兵を止めてラプソディに所属してくれと何度も乞われている」
「はあ、それはまた……」
「災難でござったな、ハインド殿。ヘルシャ殿以来でござるか? こういったことは」
「そうだが、セレーネさんに目を付けない辺り節穴というか。そこは俺じゃないだろう……」
「えっ、そっちでござるか!?」
「セッちゃんはツチノコみたいなものだからな! 偶然捕まえたハインドが異常にラッキーなのだ、という共通認識がみんなにあるのだろう!」
「私、ツチノコなの?」
ユーミルの言葉に、俺の背後に隠れていたツチノコさんが顔を出す。
会話の流れがおかしな方向に行っているが……ともかく。
「で、結局どうするのでござるか? 聞くまでもないでござろうが」
「俺たちが勝った場合、とかの交換条件も一切ないしな……よしんばアタックランキングでユーミルが負けたとしても、聞き入れる必要ないんじゃないか? どう思います? アルベルトさん」
「ああ。あれだけ一方的な言い分であれば、無視して構わないだろう。奴から何か言われた場合は、俺が間に入ることを約束しておく」
「ありがとうございます。ただ、まあ……」
「うおぉぉぉ! 絶対に負けぇぇぇん!」
「叩き潰して、二度とハインドさんに近付けないようにして差し上げましょう……フフフ……」
「……普通に勝っておいたほうが、色々と後腐れがないのは確かだろうな……」
ユーミルとリィズが息巻く後ろで、俺たちは静かに頷き合うのだった。