解散と別荘最後の夜
「わたくしたちは、このままアウルムに戻りますわ」
ヘルシャがそう言い出したのは、帝都観光が終わってそろそろ出発しようかという時のことだった。
帝都外縁付近、もう厩舎のすぐ傍である。
随分とギリギリになってから言うんだな、と思っているとカームさんがヘルシャには聞こえないよう小声で教えてくれる。
「……みなさんとのお別れが寂しいから、お嬢様は中々切り出せなかったのです」
「「「ああ……」」」
「な、何ですの?」
俺たちの生暖かい視線を受けて、ヘルシャが狼狽える。
「まあ、別荘では拙者たち、もう一日ご一緒させたもらうでござるし」
「そうだな。それにこれっきりって訳じゃないんだし……な? ユーミル」
「うむ! とりあえず、ヒナ鳥三人が先にお別れということになるな。一旦は」
次があることを強調しつつ話すと、ヘルシャの顔が分かり易く明るさを増していく。
何という単純さ……次はヒナ鳥三人とも現実で関りを持てると良いな。
俺たちの言葉を受けて、ヘルシャたちは三人と特にしっかりと別れの挨拶を行った。
特に今回のイベントで一緒にいる時間の長かったヘルシャとサイネリアちゃんは、がっしりと抱き合う。
「お世話になりました、ヘルシャさん……今度、本物の乗馬についても教えてもらえたら嬉しいです」
「ええ、きっと……わたくしも楽しみにしていますわ。乗馬も、貴女がこれから育てる馬も……」
そして俺たちも……まあ、ログアウトすればすぐに顔を合わせることになるので、こちらはあっさりとだが。
別れを済ませると、それぞれのギルドホームに向けて帝都を発つのだった。
TBからのログアウト後、俺たちは深夜にマリーに集まるように言われ……何故か外へと出ていた。
何やら司が大荷物を抱えてワクワクとした顔をしていたり、周囲を安全のためにSPたちが囲んでいたりとツッコミどころは満載なのだが。
「何にも聞かされていないぞ……マリー、一体どこに行こうって言うんだよ?」
「フフフ、別荘滞在のラストイベント! ですわ!」
「ラストイベントォ? あ、分かった! 花火だな!?」
「ブー! ハズレですわ、ミユ!」
「この森は火気厳禁ですので、残念ながら花火はできません」
マリーの言葉と静さんの駄目押しを受けて、未祐が唇を尖らせる。
と、そこで理世が何かを思い出したようにマリーのほうを向いて手を挙げた。
「あの、確か今夜は――」
「あ、ま、待ってくださいまし、リセ! わたくしに言わせてくださいませ!」
マリーが理世の言葉を遮って一呼吸。
咳払いをしてから、両手を広げて高らかに宣言した。
「今夜は流星群が観測できる日ですのよ! 観測にうってつけの場所がありますから、みなさんで見に行きましょう!」
「ああ、ってことは司の持ってる荷物――」
「はい! 天体望遠鏡と、カメラ三台と……それから双眼鏡ですね!」
「三台!? 司っち、撮る気満々だね……」
いい写真が沢山撮れそうだからそんなに楽し気なのか。
とはいえ、流星群と聞いて俺たち――特に女性陣は色めき立った。
「私、こういうのって初めてかも……そもそも友達と一緒に行く、こういう旅行自体が初めてなんだけど。凄く貴重な体験だよ」
「寂しいことを言うな、かずちゃん! これから何度でも行けばいいのだ、何度でも!」
「そうですよ。今回の流星群は、肉眼でも見えるのでしたっけ? マリーさん」
「ええ! 数年に一度の規模ですし、それにこの快晴! きっと綺麗な光景が見られるはずですわ!」
この森の付近は空気もよく、街明かりも届かない。
星を見るには絶好のロケーションで、マリーが俺たちを連れて行った場所は……。
少し高い位置にある、木々が開けた丘のようなところ。
視界一杯の煌めく星々に、思わず溜め息が漏れる。
「さあ、そろそろ始まりますわよ!」
先頭のマリーが両手を広げて振り返ると、計ったかのように一筋の星が流れ――。
「おおっ!」
「え、何ですの?」
「流れたぞ、ドリル! 上だ、早く上を見ろ!」
「ええ!? どこどこ、どこですの!?」
未祐とマリーが騒がしく空を指差す中、次々と星が流れ始めた。
一方で、粛々とみんなが座るためのシートや、カメラなどの機材をセットし始める使用人二人。
未祐とマリー以外はそれらを手伝ってから、思い思いの位置で空を見上げた。
「肉眼でも結構見えるもんだな……」
「綺麗ですねえ、兄さん……」
俺はシートに寝転び、理世と並んで空を仰いでいた。
流れ星で願いが叶うとは聞くが、あれって流星群でも有効なのだろうか?
これならお願いし放題な気がするのだが。
借りた双眼鏡でも見てみると、より大迫力の流星群を目にすることができる。
先程から秀平が天体望遠鏡に夢中になっているのも納得だ。
あちらはこれの比でなくダイナミックに流れ星を堪能できていることだろう。
と、空いた手を優しく握る感触に俺は双眼鏡を下ろした。
「……」
理世が大きな瞳で俺を見ている。
瞳に映った流れ星が見えるほどの距離に、俺が動けなくなったところで――
「亘、亘! 私にも双眼鏡を貸してくれ!」
「ぐほっ!?」
未祐の突然の声に、持っていた双眼鏡を腹の上に落とした。
い、いい位置に入ってしまった……苦しい。
「ほ、ほらよ」
「ありがとう! 亘、後で星座の位置を教えてくれ!」
「いいけど、そこまで詳しくないぞ? 俺の知っている範囲でよければ」
「うむ! 約束だからな!」
「ちっ、相変わらず間の悪い……兄さん、向こうでかずちゃんが呼んでいるみたいですよ?」
理世の言葉に辺りを見回すと、和紗さんが新たに組み上がった望遠鏡の前で手招きしていた。
ジェスチャーで確認すると、どうやら理世と一緒に来てほしいということのようだ。
二人で靴を履いてシートから立つ。
「司君がもう一台望遠鏡を組んでくれたの。これを使って交代で見ようよ、二人とも」
「二台も持って来ていたのか、司……道理で重いと思った」
「秀平さんと一緒に運搬を手伝っていましたものね、兄さん。司さんは――カメラ撮影に夢中ですか」
三脚に立てたカメラと手持ちのカメラの両方を使い、司は撮影に勤しんでいた。
俺たちが天体望遠鏡で見える流星群に感動していると、静さんが飲み物を差し出してくれる。
「どうぞ。ノンカフェインですので、ご安心を」
「ありがとうございます。何です? この赤い飲み物は。ルイボスティー?」
「正解です。さすが亘様」
「あ、当たりなんですか? 一度飲んだことがあるんですよ、働いている喫茶店で」
夜といっても今夜は空が明るいので、手渡された飲み物の色を確認できた。
理世、和紗さんと一緒にそれを口にしてみると……。
「あ、美味しい……癖が少ないですね」
「それに、ほんのり甘味を感じます」
「美味しいです、静さん。静さんもどうです? 望遠鏡」
みんなに飲み物を配り終えたところだったようなので、望遠鏡の位置を空ける。
すると、静さんは周囲を見回してからおずおずと望遠鏡に近付き……。
「はい……実は少し興味があったのです。どう使うのですか?」
「あ、そこのハンドルで倍率を調節できますよ。他の場所を見たいときは調節してください」
「最初は低倍率からがいいと思います」
「こう……でしょうか?」
和紗さんと理世の言葉を聞きながら、静さんは望遠鏡を覗き始めた。
思った以上に同室三人で、仲が良くなっていたようだ……。
俺はその後、司と秀平の様子を見て回り、最後に約束通り未祐とマリーの下へ。
「ところで、ドリルのギルド名でもあるシリウスってどの星なのだ? どこかで聞いたような気がするから、有名な星なのだろう?」
「シリウスは冬の恒星ですから、今は見えませんわよ?」
「季節が夏だからな……明け方に見えるかどうかって感じじゃないか?」
避暑地で過ごす最後の夜は、こうして賑やかに更けていった。




