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暴れ馬の育成

 灰色の暴れ馬――薄墨毛のステータスは上々で、野生馬でありながらランクは『駿馬』だった。

 性別はメス、斜面や荒れた場所に強く最高速が遅めと砂漠馬とは真逆の能力。

 これならサイネリアちゃんが育てた馬の相手として申し分ないだろう。

 残念ながら性別がメスということで、期間内での子どもの数は一頭が限界だろうが。


「結果的にかなりの短時間で済んだ上に、レア個体なんて……みなさん、ありがとうございました。シリウスのみなさんも、ありがとうございました」


 厩舎に戻ると、サイネリアちゃんがみんなの前で深く頭を下げた。

 それにヘルシャが笑顔で応じる。


「何のこれしき、ですわ! シリウスは競馬イベント不参加ですし、必要とあらばまたお手伝いいたしますわよ!」

「「「ありがとうございまーす!」」」


 声を揃えて礼を言うヒナ鳥三人に対し、ヘルシャはすっかりご満悦だ。

 胸を張って高笑いまでしている。

 そんな彼女たちをよそに、ユーミルとリィズが肩をぶつけ合いながら俺の傍へと近付いてくる。


「ハインド、この後はこいつを集中育成して交配。その子どもでイベントへ……という流れで合っているか?」

「合ってる合ってる。時間的に今日はこの薄墨毛の育成をやったら終わりかな」


 俺が捕まえてきた薄墨毛に視線を向けると、「お前なんて知らん」といった様子で顔を背けられる。

 これは中々の難物の予感……。


「野生の馬ですから、まずは馴化じゅんか――人に慣れさせるところからですよね? やり方は確か……」

「そこはゲームらしくシンプルに、ひたすら乗って乗って乗り倒すだけだな。場所はどこでも大丈夫だから、農場内の道をぐるぐる回るだけでもOKだ」


 馬はちゃんとプレイヤーの顔を憶えて懐くので、なるべくサイネリアちゃんが乗るのが好ましい。

 親が懐いていれば子どもにもそれがある程度、引き継がれる……ような気がする。

 親馬の姿を見て警戒心を解いているものと思われるが、確証はない。念のためだ。

 ただしそういった懐く懐かないとは無関係に、上質な餌を与えて誰かが乗りさえすれば馬が経験値を得ることはできる。

 能力方面の育成に関しては誰がやっても問題ないということになるので、交代でやればいい。


「だからサイネリアちゃんがログインしている間は彼女が長く乗れるようにフォローを。それ以外の時は誰かが薄墨毛に乗って訓練。サイネリアちゃんのフォローだけど、具体的には――」

「餌をやったりブラッシングをしたり、だね? ハインド君」


 気が付くと、セレーネさんがブラシを手に俺の真横に立っていた。

 他のみんなも会話を止めてこちらを見ているので、ここでお願いをしておくことに。


「ですね。蹄の底のゴミ取りも忘れずに。後は厩舎内の掃除くらいかな……みんな、なるべくサイネリアちゃんを助けてやってくれ」

「「「おおー!」」」

「「「おー」」」


 全員がノリ良く一斉に手を上げて応えたのを見て、サイネリアちゃんは照れたような困ったような顔をした。




 そして、サイネリアちゃんが薄墨毛に初騎乗――となる前に、問題が発生した。


「こら、じっとしてろ! ……だあぁぁっ、また外れた! 畜生!」

「ハインド殿、こっち側は留まっ――へぶぅ!?」

「トビ!?」

「トビさん!? しっかり!」


 トビが浅めの体当たりを受けて地面に転がる。

 薄墨毛の体を綺麗に拭いてブラッシングした後、こうして男三人で馬具を取り付けているのだが……。

 ここでもこいつは暴れに暴れ、言うことを聞かない。


「こ、こんな感じで、この先大丈夫なのですか? 師匠」

「とりあえず馬具を付けて乗れるようにしてしまえば、後は条件付けで何とかなると思っているんだが……」

「いたた……条件付け、でござるか? えーと、犬の躾と同じような?」

「そうそう。お手ができたら餌をやったり撫でてやったりっていうアレ。こいつの場合は、上手く人を乗せて指示通りに走ってくれた時にご褒美をやる。すると、条件付けがされて同じ行動をしてくれるようになる――かもしれない」

「曖昧でござるなぁ」

「仕方ないだろう。馬の育成に関しては、まだまだ未知の部分が多いんだから。イベント前の今は特に、みんな情報を隠したがるだろうしな」


 今までの育成経験から、何となくそうなんじゃないかという気がしているだけだ。

 ご褒美なしで一部の馬を育てようとすると、サイネリアちゃんが悲しそうな顔をするし……。

 情けない話だが、他のプレイヤーの検証待ちの状態である。


「それで、師匠。ご褒美といいますと?」

「こいつの場合か? 角砂糖でいいんじゃないか、好きみたいだし。ただし量は控えめで、回数も絞る。糖尿病にでもなられたら困るからな」

「なるほど……上手く行くといいでござるなぁ。しかし、糖尿病? はて?」

「まあ、ゲームで糖尿病なんて異常が現れるかどうかは謎だが。一応な、一応」


 それがなくても太り過ぎたり、といったことは起こり得る。

 体重に関しては馬のステータスにしっかりと記載される事項だ。

 苦労しながらどうにか馬具の装着を終え、今度こそサイネリアちゃんが薄墨毛に乗り込む。


「ユーミル。念のため、最初の内はお前が手綱を持って先導してくれ。正式な捕獲者はユーミルなんだから」

「うむ、了解した!」

「俺を含めた男三人は、暴れ出した時のために一緒に移動を。残った女性陣は――」


 他の馬の世話をお願いしようかと思ったが、こちらの様子が気になって仕方ないようだ。

 という訳で……。


「最初だし、このまま全員で進むか」

「はいはい! 行きます、行きます!」


 リコリスちゃんが元気よく返事をしてくる。

 俺は小さく笑ってからサイネリアちゃんに向き直った。


「サイネリアちゃん、自分のペースでゆっくりね」

「は、はい!」


 難しいとは分かりつつも、そう声をかけた。

 みんなで注目しているんだものな……サイネリアちゃんにも、薄墨毛にも緊張感を与える状況だ。

 良い方に考えれば、レースが行われる際の予行演習になると言えなくもない。

 レース本番は、これよりももっと多数の注目の中で行われるのだから。


「……いい子だから、お願いね? まずは常歩なみあしから……」


 サイネリアちゃんが横腹を足で軽くタッチしたところで、ユーミルが手綱を引いて薄墨毛を歩かせる。

 これも慣れるまでは条件付けとして、一定ラインまでできたらご褒美をやった方がいいか?

 そんなことを考えていたら、急に薄墨毛が興奮し出した。


「あ、わわっ!」

「――ぬおっ!?」

「早いな、まだ十メートルも進んでいないぞ!? サイネリアちゃん、平気?」

「は、はい。ありがとうございます……」


 そのまま激しく体を上下に揺らした結果、サイネリアちゃんが振り落とされた。

 幸いにも待ち受けていた俺とトビとで受け止めることに成功したが……。


「前途多難ですわね……」


 ヘルシャの言葉に、俺たちは改めて薄墨毛を見ながら嘆息した。

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