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悩みの理由

「……」


 厩舎で馬をブラッシングするサイネリアちゃんは、とても難しい顔をしていた。

 いつもは馬と触れ合っている時は楽しそうなのに。

 ユーミルも常にないサイネリアちゃんの様子に、やや気後れしつつ声をかける。


「ど、どうしたのだサイネリア……?」

「あ、みなさん。実はですね……」


 サイネリアちゃん曰く、ここまで順調だった馬の成長が今一つなのだという。

 それだけならいいのだが、彼女の頭を悩ませているのは……。


「成長が止まる原因が分からないんですよ……だから、対処しようがなくて」

「そうか。だったら私たちの出番だな! 三人寄れば――」

「三人寄れば文殊の知恵と言いますしね。協力しますよ」

「台詞を取られた!? 貴様ワザとか!? ワザとだな!?」

「ワザとです」


 無言で取っ組み合いを始めるユーミルとリィズに呆気に取られた後、サイネリアちゃんは俺たちの方に向き直った。

 チラチラと二人の方に視線を向けるが……放っておいていいよ、話が進まないから。


「……お、お願いしてもよろしいでしょうか? 私一人では、本当に分からなくて」

「ああ、もちろんいいよ」

「みんなで一緒に考えようね、サイちゃん!」

「ありがと、リコ」


 と、いった流れで馬の成長が鈍くなった原因を探るために厩舎内に散らばる。

 俺はひとまず一頭一頭のステータスを確認しながら歩いてみた。

 肩に乗ったノクスは生まれて初めて見る馬の姿に少し怯え気味だ。

 なだめるように指先で軽く触っていてやると、穏やかな馬の様子もあって落ち着いてきた。


「……全頭ランクが駿馬に到達している辺り、一見何も問題ないように思えるけど」

「凄いですよね、サイちゃん!」

「うむ、馬の毛並みも綺麗だしな! いつもありがとう!」

「そ、そんな……み、みんな手が空いている時は一緒にお世話してくれましたし。特にハインド先輩は、しょっちゅう様子を見に来て色々してくれましたから」


 まあ、俺は裁縫以外に特定の生産作業をしていないので必然的にそうなる。

 トビと一緒に足りないところに手を貸しに行く感じだ。


「あ、でも言われてみれば数日前に確認したステータスと数値が変わっていない個体がいるか?」

「そうなんですよ。調べても、急に成長が鈍り出したと訴えている他のプレイヤーはいなくてですね……」


 それを聞いてシエスタちゃんが顎に手を添える。


「サイ、アルテミスの弦月さんには? 訊いてみたの?」

「メールで訊いたら答えてくれたんだけど、特に自分たちのところではそんなことないって」

「そっか……ってことは、私たちならではの何かに原因が……?」


 シエスタちゃんの呟きに、俺は周囲を見回した。

 弦月さんたちとの違いか……育成法はそう違わないはずだ。

 そもそも弦月さんたちのアドバイスをかなり取り入れて育成しているので、むしろやり方は似通っているはず。

 大きく違うのはその規模だが、小規模なりにサイネリアちゃんは上手くやっていると思う。

 一体どこに原因があるのだろうか?

 ともかく、どんどん思い付いた質問を重ねていく。


「生まれてくる馬も、雌雄が偏っていたりはしないよね?」

「しませんね……」

「そういえば、馬のオスとかメスってどうやって見分けるんですか? ステータス頼りですか?」

「よく見ると顔つきが雌雄で少し違う気もするけど……基本、ステータスを開かないと分からないね。というか、他の動物もそうだよね? このゲームの場合は」


 動物の雌雄に関しては、見た目上――グラフィック上の違いはないものがほとんどだ。

 リコリスちゃんにそう答えた直後、俺は何か引っかかりを感じた。

 見分けがつかない……?


「――あっ!?」

「ど、どうしたハインド!?」

「何かに気が付きました?」

「いや、でも……確かに馬体の大きさもほとんど……それにしたって……」


 そこまで細かい設定を――するか、このゲームは。

 育成系の専門的なゲームなら、そういう限界値も存在していた気がするし。

 確認のため、サイネリアちゃんに質問を投げかける。


「サイネリアちゃん、ここにいる馬って全部ヤービルガ砂漠産だっけ?」

「そうですね。みなさんと最初に捕まえた子たちの子孫がほとんどですし……近親交配にならないように、時々三人で新しく捕まえに行ったりもしていました。みなさんにも何度か手伝ってもらいましたよね?」

「やっぱりそうだよね……じゃあ、そういうことなのか……」

「何なのだ、どういうことか全然分からん! 一人で納得していないで説明しろ、ハインド!」


 じれったそうにユーミルが俺に詰め寄る。

 一方、リィズとセレーネさんは俺がサイネリアちゃんにした質問からある程度察したらしかった。

 頷きながら厩舎内の馬の姿を見比べている。


「まあ、なんだ……そんなに難しいことでもないぞ。まずは、改めてこの厩舎内にいる馬の毛色を見てくれ」

「む、毛色? 毛色は、茶、茶、茶で……グラドタークが黒い以外は全部茶色だな! それがどうかしたか?」

「正確を期すならグラドタークは青毛、他は鹿毛って分類になるな。グラドタークが交配不可ってのは憶えているよな? だから二頭を除外して考えて……ここまで聞いて、何か気が付かないか?」

「ええと……」

「ここまで見た目が似ているということは、ここにいるのは全て同じ種類の馬……そこから推測するに、この子たちは血統的に今の能力が限界ってことです? 先輩」

「お、おお! 私もシエスタと同じことを言いたかった!」

「本当に?」


 俺がそう言ってユーミルをじっと見つめると、目を泳がせた後に顔を背けた。

 つくづく嘘をつけない性格をしているよな。分かりやすい。


「……まあ、別にいいけど。俺の考えはシエスタちゃんの言ってくれた通りだ。今以上を望むなら新しい血を取り入れるために、遠い品種の馬と交配させた方がいいんじゃないか? と思った訳だ。西洋馬に他地域の馬を合わせて、サラブレットが生まれたように」

「そうですね……育成序盤から順調に行っていたので、このまま砂漠の馬だけでどこまでも能力が伸びるものと錯覚していました」

「普段のサイちゃんなら自力で気付きそうなのにね」

「スムーズに伸びるステータスに目が眩んじゃった? サイ」

「そんなことは……ある、かな。なまじ上手く行っていたものだから、このやり方で正しいはずって……」


 その気持ちはよく分かる。

 それと本人が言ったように天井付近で急激にブレーキがかかる、いかにもゲームらしい仕様も問題だ。

 サイネリアちゃんが「じゃあ他の品種と交配を」とすぐに頭を切り替えられなかったのも仕方ないだろう。


「ただ、必ずしも単一品種が問題とも限らない。だからみんなの意見を聞きたいんだけど……セレーネさんはどう思います?」

「言われてみれば、アルテミスでは色んな種類の馬を育てていたね……少なくとも、こんな風に一色ではなかったよ。単一品種だから成長が頭打ちになった――そういう可能性は十分あると私も思うよ」

「アルテミスは取引掲示板で馬を購入しているみたいでしたし、自分たちでも馬を捕まえに遠くの地域まで行くと言っていましたね。リィズはどう考える?」

「このゲームが行う調整の方向性としては、あり得る話かと。他のプレイヤーからサイネリアさんと似たような報告がないのは、単純に駿馬にまで至っていないのが原因では?」

「だったら試してみる価値はあるか。他に意見は――」


 そこで一旦言葉を切って全員の顔を見回すが、特に異論はないとのこと。

 もう一度サイネリアちゃんへと視線を戻し、問いかける。


「どうする? サイネリアちゃん」

「……行きましょう、他の品種の馬を捕獲に! みなさん、よろしくお願いします!」


 その言葉にみんなで頷くと、早速どう動くかの相談に移る。

 取引掲示板を使って馬を集める手もあるが、イベントの都合で馬の価格は現在急騰している。

 となると、野生の馬の所在を調べることが必要なので……。

 トビに連絡を入れつつ、まず俺たちは情報収集に向けて動き出した。

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