準決勝大将戦
試合終了直後、ドタドタと忙しない足音が指揮所の方から聞こえてくる。
ユーミルが戻ってこようとしているらしいが、距離的に無理じゃねえかなぁ……。
「ハインド、一個だけ訊いてもいいか?」
「はい? 何です、ソルダさん」
「うおっ!? やっと口を利いたかと思えば、腰ひっくいなー。噂通りというか何と言うか――ムズムズすっけど、まあ今はいいや。ええとだな……」
控室に戻されるまでのこの時間は極僅かだ。
ソルダは一瞬だけ迷うような素振りを見せた後、一つだけだという質問を投げかけた。
「……そっちの総指揮官は誰だったんだ? てっきり俺ぁ、お前だとばかり」
「ユーミルですね」
「やっぱりか! ってこたあ、ユーミルのあの復唱は単なる確認作業じゃなく――」
「ええ。総指揮官の指示でなければ、サーラの兵が十全に動きませんので」
じっくり観察すれば、俺の指示よりもユーミルの声が届いた瞬間に兵の動き出しが始まっていたことが分かったはずだが……。
いかにレーヴといえども、それに気が付くことはなかったようだ。
野戦ゾーンで出した指示はそれほど多くはなかったので、当然だが。
「言われてみりゃあ不自然だったよなあ。中盤まで砦から出なかったのは、その発覚を遅らせるためか?」
「質問が増えているんですが……ええ、もちろんそれもあります」
彼が言った通り総指揮官がバレないように野戦を避けたのも、砦にこもった理由の一つだ。
他には軽戦士と武闘家ばかりの編成を伏せておくため、相手の位置取りを中央より前にさせるため、ポイントを有利にさせて油断を誘うためなどなど……挙げ始めたらキリがないが。
野戦で正面からぶつかっても勝機はないと踏んだので、こういった戦い方を採用したという訳だ。
全ての理由を説明している時間がなければ教える義理もないので、新たなその質問を肯定するに留めておいたが。
「もっ、てこたあ他にもあんのか……いや、そりゃそうか。編成で自由が利く現地人兵士が多くねえと、できねえことばっかりだったもんなぁ……やってるこたぁ単純でも、詰めの部分が細けぇ細けぇ。俺らが今まで下してきた敵と違ったのは、やっぱそこだよなぁ」
それでもソルダは俺の言葉から色々と察せるものがあったのか、一人で納得したようにブツブツと呟く。
やがて後頭部を掻きながら、大きく嘆息した。
「はぁー……ウチの大将、これ聞いたら悔しがんだろうなぁ。ちと今後が心配だわな」
「どういう意味です?」
「ああ、いやなに。質問に答えてくれた礼にこっそり教えちまうけどよ。ウチの大将、実は結構打たれ弱――」
ソルダの言葉の途中で、俺たちは控室である元の会議室のような空間へと戻された。
――打たれ弱いって? 今の試合は大人しかったとはいえ、普段あんなに苛烈な攻撃をしてくる人間が? ……いや、だからこそなのか?
「ハインドぉぉぉ! すげえ、すげえよアンタぁ! 完璧な作戦じゃねえのぉ!」
「ユーミルも、良くあそこで迷わず突っ込んだ! 感動したよ私は!」
と、そこで思考が中断される。
戻るなりスピーナさんとルージュさんを始め、サーラの代表プレイヤーのみんなが俺たちを囲む。
そして口々に今の戦いを称え始めた。
「あのひりつくような防衛も凄かったぜ! そして何より――」
「「「あの狙撃!!」」」
当然、そうなるよな。
全員想定以上の活躍をしてくれたが、あの狙撃は決定的だった。
カクタケア・イグニス両メンバーの視線を一身に受け、セレーネさんが怯えて俺の背に隠れる。
そんなこんなで、手厚い歓迎を受けた俺たちだが……。
スピーナさんの配慮により、チームメンバーだけで話す時間を作ったくれた。
会議室の隅に集まって、八人で顔を寄せ合う。
「みんな、ありがとうな。際どかったけど、何とか――」
「ハインド」
ユーミルはこちらの礼の言葉を遮ると、黙って手の平を上げて見せる。
それを見て俺も口を噤むと、まずはユーミルと。
更には渡り鳥・ヒナ鳥メンバー全員と、次々とハイタッチを交わした。
……何だこれ、滅茶苦茶恥ずかしいんだが。
そんなことをしている間にも、次の試合開始時間が刻々と迫る。
俺たちはその場から離れると、試合を控えたカクタケアの激励に向かった。
「次は大将戦かぁ……やばい、緊張してきた。ハインドぉ、負けても怒んない?」
「怒りませんって。いつも通りのびのびとどうぞ」
「まあ、私は怒るがな! 必ず勝ってこい! 負けは許さん!」
「ちょ、勇者ちゃん!?」
ユーミルの発言に慌てるスピーナさんの横で、ルージュさんが申し訳なさそうに小さく手を上げる。
「あのさ、それを言われちまうと私らの立場もないんだけど……」
「フハハ、冗談だ! 全力で戦って帰ってくれば、結果がどうだろうと何も文句は言わん! あれだけの戦いをして見せてくれた、おかしらたちを責める気もないしな! 行ってこい!」
「ああ、そりゃあ間違っても手を抜けんなぁ……そんじゃみんな、気合を入れっかぁ!」
「「「うおいっ!!」」」
カクタケアの面々がその場から転移していく。
そして始まったサーラ王国代表・カクタケア対ベリ連邦代表・ルーナによる大将戦は……。
「四対六……そんな戦況がずっと続いている形ですね」
リィズが画面を見つめながらそう呟く。
実際にその通りで、戦況もポイントも最初から形勢不利のままだ。
カクタケアが四で、ルーナが六。そんな具合に地力に差がある。
時間が経つほどに、こちら側の戦闘不能者数がかさむことによってリスポーン時間が延び始め……。
「ポイント差が広がってきたな。どう見る? ハインド」
「ラストアタック次第だな。上手く決まれば挽回可能なポイント差だから……ほら、損害を減らしつつ距離を取り始めた」
「もう少し経ったら動き始めるでござるな」
激しいルーナの攻撃に晒されながらも、どうにか反撃体制を整えたカクタケアが動き出す。
残り時間的にも余力的にも、これが最後のチャンスだ。砦まで下がっている時間はない。
俺たちが固唾を飲んで見守る中、カクタケアが決死の反撃を開始する。
じわり、じわりとポイント差が縮み……。
「行け、もう一押しだ!」
「行けぇぇぇ!」
ユーミルとルージュさんが叫ぶ。
野戦ゾーン中央より先までルーナを押し返したカクタケアだったが、そこで相手の後退が止まる。
カクタケアの面々の人数が目に見えて減り始め、やがてスピーナさんを中心とした数人がルーナに完全包囲された。
なおも諦めずに抵抗を続けるカクタケアだったが、無情にもそのまま勝者が告げられる。
最後まで全力で攻撃を行っていたスピーナさんが、画面の中で悔し気に地面を拳で叩いた。
「……すまん」
うなだれて帰ってきたカクタケアの面々を責めようとする者は、この場にはいなかった。
結果、トーナメント準決勝でサーラ王国代表の戦いは終了となり……。
全体順位は予選順位の分も考慮され、第4位に。
これによりサーラ王国はルスト王国と共に、以前よりも土地の値段が引き下げられることに決定した。