トーナメント前日の夜
マリーの提案は機を見て話すとして、秀平を途中の道で見送った俺は帰宅。
夕飯の準備をしながら理世の帰りを待った。
「……兄さん、プールにでも行きましたか?」
「よく分かっ――って近い近い! 匂いを嗅ぐな!」
「何でしょう、この香り……プールの塩素の匂いだけでなく、柑橘系のオーデコロ――」
「ストップストップ! どうなってんだ、お前の嗅覚は……今話すから、とりあえず夕飯運んでくれ」
帰ってくるなり、理世は俺の変化を敏感に感じ取った。
そういえば、プール上がりにマリーが良い香りをさせていたな……あの香りが少し移ったのだろう。
俺は最後に揚げた春巻きの油を良く切ると、皿の上に乗せて理世の後に続いた。
「――そうですか。プールでマリーさんたちに偶然会ったと」
結局、機を見て話すどころではなかった。
全ての経緯を話すと、理世は納得したように頷いてから春巻きを箸で掴んだ。
「で、どうなんだ? 理世は来週の予定、どうなっていたっけ?」
「多少の融通は利きますけれど……まずは明乃さんのお許しをいただきませんと」
「そうだな。そしたら、とりあえず未祐にも話して――」
ピンポーン、とインターホンが鳴る。
誰だろう? と思う間もなく、そのインターホンが連打される。
噂をすれば……念のためカメラで確認すると、予想通りの顔が二つ見えたので俺は玄関へと向かった。
「うるさいぞ、未祐。一回で十分だっつーの。章文おじさん、こんばんは」
「やあ、亘君。こんばんは」
ドアを開くと、インターホンのボタンに手をかけたままの未祐と章文おじさんの姿が。
今日はそのまま二人で家に帰ると話していた気がしたが……?
俺の不思議そうな顔に対し、章文おじさんは困ったような表情を作る。
「実は、私の方に急用が入ってしまってね。今日は家にいてあげられると思ったんだけど……すまないね、未祐。それで、出かけるついでに娘をここまで送ってきたという訳なんだよ。悪いけれど、今日もお願いできるかい? 亘君」
「うむ、そういうことだ! 頼む!」
「おい、おじさんの台詞に乗っかって楽するんじゃねえ。……ええと、おじさんが泊まっていいと仰るのであれば、ウチとしては問題ないですよ」
「ありがとう!」
夏休みに入ってからというもの、未祐は週の内に家に何日帰るかというレベルなので今更な話だ。
今夏はおじさんが忙しいせいか、例年以上に泊まる頻度が高い。
「じゃあ、未祐はこのまま家に上がれよ。夕飯は?」
「まだだ! 良い匂いがするが、何かあるのか!?」
そう問いかけつつ、未祐は見た方が早いと言わんばかりに中へ。
しかし、夕飯はまだだったか……作った量的には問題ないので、同じメニューを食べさせるつもりだが。
俺は家にリビングに向かう未祐の背を見届けると、視線を正面へと戻す。
「章文おじさんは、ご夕食は?」
「途中で何か適当に買って食べるよ。時間がないから、コンビニとかになっちゃうかな?」
「あ、では、ええと……五分だけお待ちいただけます? 時間的に無理ですか?」
「五分……うん、問題ないよ」
章文おじさんが腕時計を確認したところで、玄関で座ってもらい……。
俺はキッチンに戻ると、炊き立てのごはんでおにぎりを握り、春巻きと漬物を小さな弁当箱に入れた。
それを手早くまとめ、章文おじさんの下へ。
五分以内に済んだかどうかは分からないが、体感的にはセーフだと思う。
「有り合わせのもので申し訳ありませんが、お弁当です。おにぎりは最初に握ってなるべく熱を抜きましたけど、夏なんで早目に召し上がってください。中身は梅干しです」
「おおー! これは嬉しいねぇ、ありがとう亘君。早速、通勤中にいただくよ。これは仕事に張り合いが出ちゃうなぁ」
「それとですね、章文おじさん。未祐と俺の共通の友人から、旅行に誘われているのですが――」
「ああ、君も一緒ならいいよ。一緒じゃないならNOだ」
「即答!? ――あ、いや、すみません。そうですか。それでですね、日程が……」
俺が最後まで言い切る前に、章文おじさんは未祐の旅行の許可を出した。
やや面食らいつつも、期間や場所なども説明しておき……。
後は本人に行く意思があれば問題ないということに。
過保護な章文おじさんのことだから、旅行なんて聞いたらもっと渋ると思ったんだけど……これはちょっと予想外だ。
「では、行ってくるよ。未祐をよろしくね、亘君」
「はい、行ってらっしゃい。お気をつけて」
そうして章文おじさんは仕事へと向かって行った。
こんな夕方に出発なんて、大変だなぁ……さて、未祐の夕飯も用意してやらないと。
『――ああ、そうだよね。確かにそれは私も思ってた』
「そうなんですよ。折角殿下の指揮能力が上がっているので……戦術によっては部隊を分けたりで、殿下に指揮を任せるのもありかなと。何戦か試した感じ、発展途上とはいえ大きく崩れたりといったことはなかったので」
「亘、何をしているのだ? むおっ、セッちゃん! じゃない、かずちゃん!」
『あ、未祐さん。こんばんは』
未祐が部屋に入ってくるなり、和紗さんが映されたモニターを見て驚いている。
これはインターネットを通じたテレビ電話のようなもので、それを使って話をしていたのだが……。
未祐が話をしたそうにしているので、俺はそちらにマイクを向けてやった。
「かずちゃんの部屋、武器とかメカとか、楽しそうだな!」
『あ、ありがとう……この部屋を見て好意的な言葉をくれる人って、本当に少ないよ? 亘君と理世ちゃんに続いて、未祐ちゃんで三人目だね。女らしくない、とか言われちゃうし』
「そうなのか? 私は良いと思うがな!」
未祐がモニターを見るべきかカメラを見るべきか迷いながら、彼女の背後に見える部屋について触れる。
和紗さんは未祐らしい素直な反応に微笑んでいる。
ちなみにこのカメラは和紗さんと話をする時のみ使っているもので、普段は机の中にしまってある。
未祐は見慣れないそれに興味津々だ。
「で、何の話をしていたのだ?」
「そりゃお前、TBのギルド戦についてだよ。ある程度話をしたら、掲示板を見ながら誰に賭けるかの話をするつもりで――」
「何だそれは!? 私も混ぜろ!」
モニターの向こうの和紗さんが頷く。
どうやらOKということのようだ。