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秀平からの救援要請

「終わったぁー!」

「お疲れさん。苦手な教科から先にやったから、ラストスパートは順調だったな」


 最後の課題を終えた未祐が、床のクッションを吹っ飛ばしながら大きく伸びをする。

 そのまま座卓の前で寝転がると、シャツの裾がめくれておへそが登場。


「腹が冷えるぞ」

「床が冷たくて気持ちいい……疲れたー」

「全く……」


 俺は冷房を弱めると、散らかった座卓の上の片付けを始める。

 イベント開催まで残り三日というこのタイミングで、未祐は無事に課題を終わらせた。


「それで亘。さっきの話の続きは?」

「ん?」


 未祐が体を起こしながら問いかける。

 さっきの、というと……。


「ティオの話だ。屋台の後!」

「ああ、そうか。生産から販売までの流れを見てもらったところで、ホームへ。そこでティオ殿下に提供する装備について、話をしてみたんだが」

「おおう、こすからい! やり方が汚いな、ハインド! 作る苦労を味わった後なら、受け取りを断りづらいという判断だろう!?」

「あ、やっぱ分かるか? 実は殿下にも思惑がバレバレでな……皮肉を交えつつではあったが、笑って許してくれた。随分と寛容になったなぁと、正直驚いた」


 冗談を受け流すような余裕も出てきたし、刺々しい態度がなければ元から明るく活発な性格だ。

 この分なら、部隊指揮にもプラスの影響を期待することができる。


「うむ、良い傾向ではないか! で、それからどうなった?」

「殿下の意見を大量に取り入れた、ほぼフルオーダーの装備を作る羽目になった。受け取り拒否はまずないだろうけど、労力が……」

「……それ、大丈夫なのか亘? 私よりも先に課題は終わっているというのに。ちなみに、裁縫系の防具でまだ残っているのは?」


 手振りで飲み物を要求してくる未祐に、少しぬるくなった麦茶を注ぐ。

 ボトルに付いた水滴を拭き上げ、吸水性の高いコースターの上に置いてやる。


「自分のと殿下の防具の二つだから間に合う……はず。イベントに関係ないウール系は後回しだな、残念ながら。武器の杖はセレーネさんにお願いしておいた」

「セッちゃんは大丈夫そうだったか?」

「涼しい顔で、うん、いいよ――だとさ。本当、頭が下がるよ。お前の装備も昨日で完成したから、ログインしたら取りに行けよ?」

「さすが過ぎる! そしてそれを知っているということは、ハインドも手伝ってくれたのか? 私の装備作り!」

「ああ、やったやった。ちょっと重量が増したけど、レベルアップで上がるステータスで相殺できる範囲だってよ。ガワはともかく、性能はしっかり上がってるぜ」

「おー! 今夜の楽しみが増えたな!」


 喜ぶ未祐が喉を鳴らして麦茶を飲み干した直後、部屋のドアが開かれる。

 入ってきた理世は未祐の姿に「早く帰れよ」と言わんばかりの表情を向けた後で、俺へと向き直った。

 夏休みに入ってからというもの、未祐はしょっちゅう泊っている上にほとんど俺の部屋にいるからな……。


「どうやらそちらも終わったところのようですね。兄さん、今日の分の勉強が終わりました。行きましょう」

「お、どこへ行くのだ? プール?」

「何でプール? そして今日の俺にそんな体力はねえ。お前らとプールに行くと、群がるナンパ野郎を何人も撃退しなきゃいけないから疲れるんだよ……」


 今の時刻は午後二時、確かにプールに行くには悪くない時間だろう。

 しかし、この面子でそこに向かう場合は相応の気力と体力が必要になる。

 昨日のバイトが結構ハードだったため、それは勘弁願いたい。

 話が脱線したのを見て取り、理世が修正をかける。


「秀平さんから救援要請があったそうです。このままだと課題の消化がイベント開始に間に合わないから、助けてくれと。場所は図書館だそうですから、私はついでに少し調べ物を」

「ははあ、なるほど……全く、秀平は仕方のない奴だなぁ!」

「一緒に行くんですか、やっぱり……」


 同行する気満々の未祐に対し、理世は諦めるように嘆息した。

 理世が説明した通り秀平は市営図書館で勉強しているそうなので、今からそこへ行く。

 家に呼ばなかったのは、それが終わった帰りに食材の買い出しをする予定だからだ。

 図書館は家よりも集中して勉強するのに適している上に、弱い設定ながら冷房も効いている。


「しかし理世よ。今日は見かけないと思ったら自分の部屋にいたのか。課題――ではないな? 貴様のことだ」

「ええ、既に終わっています。一学期の復習をしていました」

「むう、さも当然のように……ま、まぁいい! 今の私は解放感に満ち溢れているからな! 今日から遊ぶぞーっ!」

「その空気、秀平の前ではあんまり出さないでやってくれよ。あっちも終わってから共有してやれ。理世、水分は大丈夫か?」


 理世は体が弱いので、夏場は特に注意が必要だ。

 くれぐれも熱中症にならないよう、気を遣わなければ。

 理世は俺の質問に部屋を見回すと、二つ置かれたコップと麦茶に目を止めた。


「――そうですね。では、そこの麦茶をいただきます」

「もうぬるくなってるけど、いいのか?」

「冷た過ぎても体に悪いですから。兄さんのコップをお借りします。こっちですよね?」

「そっち。どうぞ」

「あーっ!!」


 理世がコップに注いだ麦茶を口にしようとした瞬間、未祐が叫びながらコップを強奪。

 そのままそれを一気に飲み干すと、コップと麦茶のボトルを持って部屋から逃走する。

 残された俺たちは、その場でしばし唖然とした表情で固まった。


「ええー……」

「――あの女はぁぁぁ!」

「ま、まぁまぁ。ちゃんと他の飲み物を用意するからさ。そんなに怒るなよ」

「すー……はーっ……申し訳ありません、取り乱しました。一旦部屋で着替えてきますね」


 ちなみに未祐はキッチンで麦茶を冷蔵庫にしまい、少し赤い顔でコップを洗っていた。

 先程の行動について話そうかと思ったが、何とも声をかけづらい。

 とりあえず、少しの間そっとしておいてやろう……。

 

 キッチンを離れた俺は一度部屋に戻り、部屋着から外出用の服へ着替えた。

 それから再び一階に下り、部屋から出てきた理世に水分を取らせ、落ち着きを取り戻した未祐と家の戸締りをして回る。

 最後に買い物バッグなどの必要なものを持って、準備完了。


「じゃあ、行くか。秀平が待ってる」

「おお! 行こう!」

「理世、帽子を忘れるなよ。日傘も持って行くから、必要そうなら言ってくれ」

「はい。ありがとうございます」


 そして玄関のドアを開けた直後、夏のむせかえるような空気が体にまとわりついてきた。

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