休憩と獣耳
周回開始から一時間と少し。
光の粒子になって散っていく『クリスタルゴーレム』を見て、パーティメンバーが大きく息を吐く。
「だぁー、疲れたー! 満腹度も減ってきたし、そろそろ休憩か?」
「そうだな。みんなの集中も途切れ気味だから」
誰かが攻撃を外すと、ゴーレムを倒し切れないのでWT待ちになってしまう。
初戦よりも攻撃タイミングが正確になり、パーティ全体で大技一発までは『クイック』でフォロー可能だが、二発外すと途端に厳しくなる。
今の周回はミスが重なったので、討伐に時間がかかった。
「すみませーん、先輩方ー……リベンジエッジのチャージが足りなくて。お待たせするのが申し訳なくて、ちょっと焦っちゃいました」
「いやいや、俺もバフの持続時間を見間違えたから。どちらにせよダメージが足りなかったね」
「私なんてバーストエッジを外したぞ! お互い様だな!」
「……うん、あれは本当にギョッとしたわ……」
「私もです。空撃ちのバーストエッジは初めて見たので……」
ユーミルの放った突きが『クリスタルゴーレム』の外殻を滑り、あさっての方向で魔力が暴発したのだ。
それがまたド派手なエフェクトと音なものだから、驚いたサイネリアちゃんがそのまま的を外したりと散々だった。
今の周回が終始こんな調子だったので、ユーミルの言う通り潮時だろう。
「ほいで、今ので何周目だっけ? サイちゃん」
「四……かな? うん、プルルスストーンが今ので四つになったから、四周目で間違いないよ」
これで五人合計で属性石の数は二十個ということになる。
後は体力や現実での時間を見ながら、どのくらい周回するかを決める訳だが……その前に。
「じゃあ、一旦休憩にしようか。ハインド君、ダンジョンの入り口周りは安全エリアだったよね?」
「ですね。とりあえず戻りましょう」
固定報酬である宝箱を忘れずに開封し、上り階段へと向かう。
ダンジョンの入口へとワープし、休憩場所を求めて周囲を眺める。
他のプレイヤーの馬が沢山留められていて、スペースが……。
「うーん、まずは安全エリアの縁を探してみるか。で、外縁沿いをぐるっと」
「他人の馬は、移動させられないものな?」
「盗難防止でびくともしないようになっているからな。乗ると振り落とされるし。持ち主が近くにいない時は、ある種無敵の存在だ」
この状態に入ると、PKのような連中が馬に攻撃してもノーダメージとなる。
ただし戦闘中にこの静止状態を作ったりはできないので、無敵状態を利用した盾などには使えない。
当たり前だが。
TBのダンジョンはインスタンスダンジョンなので道中で他のプレイヤーに会うことはないが、この馬の数を見るに結構な人数が中にいることになるな。
「休憩するならできるだけ端っこの、目立たない場所があるといいんだけど……」
「なるほど! では、セッちゃんのためにもいい感じの場所を確保だ! 行くぞ、リコリス! サイネリア!」
「「はーい」」
ユーミルが二人を引き連れて右へ向かったので、俺とセレーネさんは左側から回ってみることに。
そんなに広くはないと思うのだが……。
「いい場所がなければ、もう少し頑張ってダンジョン内部の安全エリアで休憩しましょう。そちらは他のプレイヤーが通ることもありませんし」
「10階層だね? ごめんね、面倒なことを言って」
「人目が気になって落ち着かないなんてのは、人見知りとか関係ないですから。俺たちも一緒です。セレーネさんもあまり気を遣い過ぎずに、もっとドーンと構えて大丈夫ですよ」
「ユーミルさんみたいに? いいよね、堂々としていて……正直、いつも凄いなって思って見てる」
「あれはちょっとやり過ぎです。俺も時々、あの性格が羨ましくなりますが」
小さく笑い合うと、そのままダンジョン入口の周辺を移動してエリアの範囲を確認。
馬の嘶きを聞きながら、外側を二人で移動していく。
「ハインド先輩ー! セレーネ先輩ー! ここなんてどうでしょー!?」
「こっちのでっかい木の陰だ! 二人とも、早く来ーい!」
「おー、今行くー!」
リコリスちゃんとユーミルの呼ぶ声に、俺たちは場所探しを切り上げて歩き出した。
周回を重ねて戦い方が最適化されたように、料理も最適化を行うことに。
『クリスタルゴーレム』が高耐久でやや物理耐久寄りだったため、物魔両方に効果のある料理に決定。
鶏肉とサーモンをメイン食材に、クリームシチュー……は少し前に似たようなコーンスープをやったので、醤油ベースの鍋に。
「しかし、森の中で鍋とは……」
「比較的涼しいし、いいかなと思ったんだが」
「うむ、悪くない! 美味いぞ!」
割とベリ連邦に近いせいもあってか、この森は気温が低めだ。
洞窟内では更に冷えるので、ユーミルが言っていた通り肌寒い。
10階層での休憩を先に選ばなかったのは、実はそのせいだったりする。
そんな訳で、鍋をチョイスして調理したのだが……効果は問題なく発動しそうだ。
焚き火にかけた鍋をみんなでつつく。
「うーん、美味しいですー! ね、サイちゃん」
「ええ。木が視線を塞いでくれていますし、ここなら落ち着いて食べることができますね」
「そういえばさっき、インベントリから果物を出して生で食べている人たちを見かけたんですけど。ハインド先輩みたいにこうやって行く先々で料理するのって、やっぱり珍しいんですか?」
「まぁ、普通は調理済みをインベントリに入れて歩くだろうね。俺みたいに現地で調理するプレイヤーは、少数派かなぁ」
「へー!」
食材関係と携帯調理セットを持つと、インベントリを結構な範囲で占有してしまうからな。
この前の防衛イベントのような長期遠征を除き、直ぐにホームに戻れる状況に限定するならば、やはり必要最低限の調理済みを持ったほうがインベントリの負担が少ない。
俺たちの調理済み食料は先程の干し肉と煮干しが残っているが、連続で同じ物は少々味気ないし。
バフ効果もこちらの方が高いので、結果的に目標達成までの時間は短くなるはずだ。
セレーネさんも両手で持ったお椀の中から、鍋のスープを啜ってほっと一息つく。
「こういう時は手軽に食べられるものを選ぶ人が多いらしいからね。パンとかおにぎりとか、それこそ乾きものとか……各国の生産ギルドが、バフ効果や値段を競いながら販売しているって話だよ」
「ハインドも偶にサーラで作っているだろう? 他のギルドに頼まれて。サンドイッチとか干し肉とか」
「カクタケアを始め、親交のあるギルドだけな。サーラはまだ大きな生産ギルドがないから……」
狙い目だと思うんだけど、畑作とかが面倒なせいで中々生産専門のプレイヤーが寄り付かない現状だ。
他のプレイヤーの料理も、気になるといえば気になるのだが……取引掲示板では、料理の売買が不可能だ。
そんな事情があるので、今のところあまり口にする機会に恵まれていない。
「わあ、お鍋だ。美味しそう……」
「……?」
不意に自分の横合いから、少女が顔を出していることに気が付いた。
鍋の匂いを少し嗅いだ後に大きく深呼吸、頭の上に乗ったフサフサの毛で覆われた耳が機嫌良さそうに動いた。
「ぬお!? ハインド、誰だその獣耳少女は!」
「いや、会ったことない人だぞ。どちら様ですか?」
「あ、どうも。私、アルテミスの使いの者です」
突然の来客に、俺たちは鍋を食べる手を止めた。