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新イベントの噂と告知

「と、そんな感じで昨日は一家丸ごと拉致られてました。あ、食事は美味しかったです」

「まさか本当にハインド君が攫われるとは思わなかったよ。しかもこんなに早く、リィズちゃんまで一緒に……」

「はぁ。自分の都合でああも周囲を振り回すとは……誰かさんにそっくりでとても不愉快でした。食事は美味しかったですけれど、それとこれとは別問題です」

「あ? そっくりとは私のことを言っているのか貴様?」

「……他に誰が居ると?」


 いつも通りのやり取りを経てユーミルとリィズが睨み合う。

 俺は二人の顔を両手で遠ざけると、遮るようにして間に立った。


「はいはい、どうどう」

「むぐぅ……それにしても、どうして私を連れて行かなかったのだハインドォ!? そこまで愉快なことになっていたのに!」

「元はワルターとだけ会ってたんだって。ワルターとは、ユーミルまともに話したことないじゃん」

「確かにそうだが! ぐぬぬ……!」


 本人の了承が必要な、伏せるべき情報は伏せつつ。

 TB内の農業区で農作業をしながら、昨日のあらましをリィズと共に二人に話して聞かせた。

 この話題に触れる切っ掛けになったのは、昨夜俺と理世がTBにログインしなかった理由を二人に訊ねられたからだ。

 移動距離が長いこともあり、あの日の夜、家に帰ってきた時間は結構遅かった。

 ログインできない旨の短いメールをギルメンに送った後は、気疲れもあったので早々に就寝。


「ともかく、事態は理解した。で、あの馬鹿はどうして土の上に寝そべっているのだ?」

「ああ、うん。ああなってる理由は知ってるんだけど、本人の名誉のために言えないな……できたら触れずに、そっとしておいてやってくれ」

「よく分からんが、分かった。深くは訊かん」

「落ち込んでる……んだよね? トビ君、変わった落ち込み方だなぁ……」


 ユーミルが指差した先では、畑のうねの間に真っ直ぐうつ伏せになって黒装束トビが転がっている。

 その質問に俺は言葉を濁した。

 言えない……ワルター、というか司の普段着の写真を見てああなっているとはとても言えない。


 昼間、学校の休み時間に秀平が昨日のことについて訊ねてきたのだ。

 手作りのシルバーアクセサリーを作ったことを話した後で、俺は司と二人で撮った写真があることを思い出した。

 司が今日の記念にと女子のようなことを言い出したので、それぞれのスマホで一枚ずつ撮ったものなのだが。

 それを聞いた秀平は、俺がスマホを取り出すと一歩下がりつつ顔を引きつらせた。


「怖いっ! で、でも、好奇心が……怖いもの見たさが……」

「だ、大丈夫か? まだ傷が癒えてないんじゃないのか? 駄目だと思ったら無理すんなよな」

「み、見る! 今の俺なら大丈夫……大丈夫……! これはきっと乗り越えるべき試練なんだ……!」


 そう呟きながら写真を見た秀平は、カッと目を見開いたかと思うと……。

 俺のスマホを握りしめたまま、無言で涙を流し始めた。

 ちなみに教室内での出来事だったのだが、秀平がさめざめと泣いていても「また何か馬鹿をやっている」程度にしかクラスメイトに認識されていないのが悲しい。

 黒板を消していた日直の斎藤さんだけが秀平を見て「どうしたの?」と視線で訊いてきたので、俺はただ苦笑を返しておいた。

 彼女もそれだけで納得したように一つ頷き、元の作業に戻る。


「何でこれで男なの……何でゲーム内より可愛いくなってるの……何で私服も可愛いの……?」


 その場で「何で」を三連発した秀平は、俺のスマホの画像を勝手に自分のスマホへと送ると、開くのが面倒な隔離フォルダに画像を移動させ、ロックをかけてからその場で顔を覆った。

 混乱しているためか、割と謎の行動である。

 自分の端末に残してまで繰り返し見たいのか、それともこれ以上見たくないのか……。


「わっち……俺、必ずこの子みたいな可愛い女の子を見つけるよ……」

「そ、そうか。頑張れよ――って言っていいのかこれ?」


 何かがおかしい気がしたが、苦悩だけは充分に伝わってくる一言だった。

 こういった経緯で、秀平は今日一日魂が抜けかかった状態で過ごしている。


 畑に寝そべった傷心のトビはそっとしておき、俺達は耐暑性能を得た薬草と滋養草をどんどん植えていく。

 この二種類は特に調合の際の消費が激しいので、こうして優先的に植えて増やしている。

 そんな中ふと手を止めて、セレーネさんが顔を上げてこちらを向いた。


「――ああ、そうそう。何があったのかは知らないけど、ログイン前にトビ君が元気になりそうな情報を得てきたよ」

「あ、本当ですかセレーネさん? だったら是非聞かせてやってくれませんかね」


 俺達の会話が聞こえているのか、寝転がっているトビの体がピクリと反応したような気が。

 セレーネさんは手に付いた土をぱんぱんと払いながら話を続ける。


「確かトビ君、魔王ちゃんが好きだったよね? 実は次のイベンターとして、久しぶりに魔王ちゃんが登場するっていう噂が――」

「うおおおおおおおお! 魔王ちゃぁぁぁんっ!」

「キモッ!? 何だその動きは!」


 セレーネさんの言葉を聞いた瞬間、トビがばね仕掛けのような不自然な動作で立ち上がった。

 体の前面には黒っぽい土がびっしりとくっついたままだ。

 その動きを見て大きく距離を取るユーミル。

 どうでもいいけど、体を痛めそうな起き方だったな……ゲーム内だし平気だろうけど。


「セレーネ殿、詳しく! 詳しく!」

「あ、う、うん。ほら、今日っていつもならイベントの種類くらいは午前中に告知される曜日なのに、何も無かったでしょう? だから最初のイベントみたいに、ゲリラ的にゲーム内で告知があるんじゃないかって」

「おおおおお! マジでござるか!? マジでござるか!? たぎってきたぁぁぁぁ!」

「でも、あくまで噂だから――って、聞いてないね……」


 セレーネさんの言葉はトビの雄たけびによって搔き消された。

 しかし、確かに順番的にも次は魔物絡みのイベントが来てもおかしくはないな。

 前回と同じ時間に告知されるのなら、そろそろだと思うのだが――


『間も無く、複合型レイドイベントの告知が行われます。現在ログイン中のプレイヤーの皆様は、空が見える場所でお待ち頂ければ特殊演出をご覧になることが可能です』


「キターーーーーー!! 来たでござるよ! この文言なら魔王ちゃんで間違いなし!」


 タイミング良く視界の下部に字幕がゆっくりと流れる。

 トビの言う通り、空が見える場所ということはほぼ確定だろう。


「あー、じゃあこのまま農業区ここで待機すればOKか。レイドってのは、確か通常のPTよりも大人数で戦う巨大ボスのことだったよな? ユーミル」

「うむ、その認識で問題ない。TBの上限は知らないが、ゲームによっては100人を超える人数で戦うことも可能だったりするぞ」

「巨大ボス相手に100人ですか。象に群がる蟻のような構図になりますね……」


 オンラインゲームはこれが初めてのリィズと俺は、その様子を今一つ具体的に想像できない。

 報酬の区分けとか戦闘中の回復・バフの対象範囲はどうなるんだろう?


「それと、ちょっと引っ掛かるのがこの複合型っていう記述なんだけど。これは一体何だろうな?」

「レイドとは別に……もしくは付随する要素として、他に何かあるって意味に受け取れるけど。こればっかりは内容を聞いてみないと分からないよ」

「そうですよね。ま、大人しく作業を続けながら待つとしますか」

「拙者もやるでござるよ! 寝ていた分を取り戻ーす!」

「うむ、働け忍者」

「さっさと分身でも何でも使って作業に参加してください、忍者」

「そこはかとなく辛辣!? ええい、なら残った種を全部寄越すでござる! やってやらぁ!」


 ようやく元気を取り戻したトビを含め、イベント告知前に作業を終わらせるべく一斉に薬草の種を植えていく。

 そうこうしている内に、空にざらついた何かが投影され始め……。


「あっ」

「おお!」

「おおー……お?」


 やがてそれは像を結び、クリアになった映像に一人の人物が映り込んだ。

 ドアップで糸目の男、魔王ちゃんの側近サマエルが。


「………………」


 そしてトビは、無言でサマエルに向かって投石を始めるのだった。

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