Episode7、BUGO&BUGO《ブゴー・ブゴー》
街道を抜け、しばらく歩いた先。
クイの目の前には、迷宮の入口がぽっかりと口を開けていた。
入口付近には、迷宮の等級を示す銅色の輝きが浮かんでいる。
「……銅か」
この世界の迷宮は、その危険度に応じて3つの等級に分類されている。
銅、銀、金。
その中でも銅は、最も難易度の低い迷宮だ。
基本的に10階層で構成され、出現する魔物のレベルは平均して30程度。
新米冒険者でも、十分な準備と適切な判断さえあれば、比較的攻略しやすいとされている。
もっとも、レベル95のクイにとっては、散歩と大差ない難易度だった。
「……行くか」
クイは装備を軽く確かめると、迷宮へと足を踏み入れた。
――第1階層。
そこに広がっていたのは、朽ち果てた街並みだった。
崩れかけた石造りの建物が立ち並び、ひび割れた石畳の隙間からは雑草が生い茂っている。
人の気配はなく、通りには冷たい風が吹き抜けていた。
かつて誰かが暮らしていた街を、そのまま迷宮の中へ閉じ込めたかのような光景である。
「……魔物も少ないな」
クイは周囲を見渡しながら、ゆっくりと通りを進んでいく。
すると、崩れた建物の陰から、小さな魔物が姿を現した。
草に覆われた丸い身体。
その隣には、泥と草が絡みついた四角い魔物が、もぞもぞと動いている。
ーーーえーと……【クサハン】に【クサドロ】か。
クイは腰の鞄から使い込まれた手帳を取り出した。
ページを開き、羽根ペンを走らせる。
【クサハン】
レベル5。
草に覆われた小さな球体型の魔物。
討伐すると身体を覆う草から独特の匂いが広がり、周囲に青臭い香りが残る。
【クサドロ】
レベル10。
草と泥に覆われた四角い身体を持つ魔物。
身体に付着した泥や草が周囲の物体に張り付く性質を持つ。
「……よし」
記録を終えたクイは、手帳を閉じた。
目の前では、2体の魔物が相変わらずのんびりと動き回っている。
しかし、クイは剣を抜こうともしなかった。
「次に行くか」
魔物たちの脇を通り抜け、そのまま奥へと歩いていく。
実は、クイが単独で迷宮を探索する際、魔物を討伐することはほとんどない。
目的はあくまで、迷宮の構造や出現する魔物の調査にあるからだ。
そもそも、迷宮には1つの特徴がある。
最奥部に待ち受けるボスを討伐すると、その迷宮自体が消滅してしまうのだ。
そのため、クイは必要以上に魔物を倒さず、最奥部まで調査を進める。
誰かが攻略する前に、少しでも多くの情報を集めるために。
それが、クイなりの迷宮探索だった。
やがて、クイは迷宮の最奥部へと辿り着いた。
これまでの階層とは異なり、辺り一面には背丈ほどの草が生い茂っていた。
足元には苔が広がり、崩れかけた建造物の壁面にまで蔦が絡みついている。
そんな草木に覆われた空間の中央に、ひときわ大きな魔物が鎮座していた。
「おお……ボスは【ビックサ】か」
クイは興味深そうに目を細めた。
【ビックサ】。
全長3メートルにも及ぶ、巨大な球体型の魔物である。
その身体は隙間なく草に覆われ、頭頂部からは2本の長い芽が伸びていた。
一見すると、ただの巨大な草玉にも見える。
しかし、その愛嬌のある外見とは裏腹に、れっきとした捕食者だった。
頭部から伸びる2本の芽は、獲物を捕らえるための器官である。
獲物が近付くと、芽を鞭のように伸ばして絡め取り、身動きを封じたところで捕食するのだ。
「ふむ……」
クイは少し離れた位置から魔物を観察すると、手帳を開いた。
羽根ペンを走らせ、外見や特徴を書き留めていく。
ーーーこんなもんか。全階層が草系の魔物で構成されてる……珍しいな。
通常、迷宮には複数の種類の魔物が出現する。
しかし、この迷宮では、最初から最後まで草に関連した魔物ばかりが確認された。
クイはその特徴も忘れずに書き加えた。
「……よし、これで終わりだな」
手帳を閉じ、目の前のビックサを一瞥する。
ボスを討伐すれば、この迷宮は消滅してしまう。
だが、クイの目的は攻略ではなく調査だ。
わざわざ倒す必要はない。
そのまま踵を返し、最奥部を後にした。
そして、クイの調査はこれだけでは終わらなかった。
ギナー周辺に新たに出現した迷宮を次々と巡り、階層ごとの構造、出現する魔物、その特徴を手帳へと書き込んでいく。
銅の迷宮も、銀の迷宮も。
誰かが攻略して消滅させてしまう前に、可能な限り情報を集める。
こうしてクイは、今日も黙々と迷宮の記録を積み重ねていくのだった。
ひと通りの迷宮調査を終えたクイは、ギナーの裏通りへと足を運んでいた。
大通りの賑わいとは打って変わり、こちらは随分と静かなものだった。
道幅は狭く、年季の入った建物が肩を寄せ合うように立ち並んでいる。
軒先には色褪せた看板がぶら下がり、店先では商人たちが暇そうに通りを眺めていた。
こじんまりとした店が多く、初めて訪れる者なら、わざわざ足を踏み入れようとは思わないだろう。
そんな裏通りの一角に、1軒の書店があった。
BUGO&BUGO。
古びた木製の看板には、そう記されている。
周囲の建物に溶け込むような、小さな店構え。
外からでは店内の様子も分かりづらく、うっかりすれば見過ごしてしまいそうな書店だった。




