Episode13、高難易度金迷宮。
運搬者 ――数週間後。
ギナーの街は、普段とは明らかに異なる賑わいを見せていた。
大通りを行き交う冒険者の数が、日に日に増えている。
見慣れない紋章を掲げた馬車が街へ入り、宿屋は各地から訪れた冒険者たちで埋まり始めていた。
その中には、名の知れた冒険者ギルドの一団も少なくない。
各国に拠点を構える有力ギルドが、腕利きの冒険者を次々とギナーへ送り込んでいたのである。
「……おい、何かあったのか?」
大通りの脇で、1人の冒険者が首を傾げた。
「さぁな。ここ数日、やたらと強そうな連中が増えてるよな」
「それがよ、どうも街外れの金迷宮が原因らしいぜ」
「金迷宮?」
「ああ。何でも、普通の金迷宮とは比べ物にならねぇほど難易度が高いんだとよ」
「……マジかよ」
噂の発端は、数週間前に遡る。
ギナーの街外れに出現した、1つの金迷宮。
その1階層から生還した2人の新米冒険者、ハミラとハナが、そこで目撃した魔物について報告したのである。
レベル91。
瞬破蠍。
魔物図鑑に記録されながらも、熟練の冒険者でさえ実在を疑うほどの希少種。
そんな怪物が、最奥部でもなければ、中層ですらない。
わずか1階層に、それも複数出現したというのだ。
通常の金迷宮では考えられない異常事態だった。
当初は半信半疑だった冒険者たちも、その噂を耳にするうちに関心を寄せ始めた。
そして、情報はギナーの街だけに留まらなかった。
各地の冒険者ギルドへと伝わり、やがて腕に覚えのある実力者たちを呼び寄せることとなったのである。
未知の財宝が眠っているのか。
それとも、未発見の強大な魔物が潜んでいるのか。
いずれにせよ、ただの迷宮ではない。
そんな期待と警戒が入り混じる中、ギナーには各国の実力者たちが集結しつつあった。
ギナーの冒険者酒場は、かつてないほどの賑わいを見せていた。
各国から集まった冒険者たちが次々と店内へ足を踏み入れ、至るところで威勢のいい声が飛び交っている。
見慣れない装備を身に纏った者。
所属するギルドの紋章を堂々と掲げる者。
いずれも腕に覚えのある実力者ばかりで、普段の酒場とは明らかに顔ぶれが違っていた。
そんな光景を、運搬者専用スペースから眺める男たちがいた。
「ははっ! 随分と大勢集まったもんだな!」
愉快そうに笑っているのは、茶髪の二枚目、チャルである。
レベル94。
世界でも指折りの実力を誇る運搬者だ。
「わざわざ遠くから来なくたって、俺たちに依頼してくれりゃ済む話なのにな」
チャルは肩を竦め、楽しそうに笑った。
その言葉に、隣にいた運搬者が口元を緩める。
「まぁまぁ、そう言うなって」
「ん?」
「せっかく各国から腕利きが集まってるんだ。他の冒険者がどれほどのものか、見せてもらおうぜ」
「ははっ! それもそうか!」
チャルは納得したように頷き、再び酒場へと視線を向けた。
各国の実力者達が挑もうとしているのは、通常の金迷宮を遥かに上回ると噂される危険な迷宮。
しかし、チャル達に焦りはなかった。
むしろ、これから始まる攻略を楽しみにしているようですらある。
普段は依頼人を守り、迷宮攻略を支援する側の彼らにとって、他の実力者たちの腕前を見られる機会はそう多くない。
果たして、どれほどの実力を見せてくれるのか。
運搬者達は酒杯を片手に、興味深そうに集まった冒険者たちを眺めていた。
「諸君! 少しばかり、耳を貸していただきたい!」
突如、酒場の喧騒を押しのけるように、よく通る声が響き渡った。
声の主は、店内へ足を踏み入れた冒険者の1人だった。
その背後には、統一された装備を身に纏う者たちが控えている。
胸元には、見慣れない紋章。
しかし、羽が刺繍された、その紋章を目にした途端に酒場の一角がざわめき始めた。
「……おい、あれって」
「まさか……」
男は周囲の視線が集まったことを確認すると、堂々と胸を張った。
「我々は、空を掴む者達! 北大陸を拠点とする冒険者ギルドだ!」
その名が告げられた瞬間、酒場の空気が変わった。
「おおっ……! 空を掴む者達だって!?」
「北大陸じゃ、知らねぇ奴がいないってくらい有名なギルドじゃねぇか!」
空を掴む者達。
所属する冒険者の数は、実に3000人。
しかも、その平均レベルは70を超える。
数だけを揃えた寄せ集めの集団ではない。
高い実力を持つ冒険者たちを数多く抱える、北大陸屈指の有力ギルドである。
その名声と実績は、遠く離れたギナーにまで届いていた。
「我々がこの街を訪れた目的は、ただ1つ!」
男は声を張り上げた。
「噂となっている金迷宮! その攻略に挑むためだ!」
周囲から歓声が上がる。
「おおおっ!!」
「こりゃ、いよいよ本格的な攻略が始まるぞ!」
男はさらに言葉を続けた。
「だが、我々も無謀な挑戦をするつもりはない! そこで、この街の運搬者諸君に協力を申し出たい!」
その言葉に、運搬者専用スペースへ視線が集まった。
「もちろん、相応の報酬は用意する!」
男は堂々と片手を掲げた。
「通常の倍額を支払おう!!」
「おおっ……!」
「倍だってよ!」
「随分と羽振りがいいじゃねぇか!」
酒場が再び騒がしくなる。
その様子を眺めていたチャルは、面白そうに口元を緩めた。
隣にいた運搬者達も、興味深そうに顔を見合わせていた。
各国の実力者が集まる中、ついに北大陸の有力ギルドが動き始めたのである。
空を掴む者達の登場によって、冒険者酒場は一層の盛り上がりを見せていた。
北大陸屈指の有力ギルド。
その名を耳にした冒険者たちは、これから始まる金迷宮の攻略に期待を膨らませている。
そんな中、空を掴む者達のメンバーの1人が、運搬者専用スペースへと歩み寄った。
「ところで、1つ尋ねたいことがあるんだが……」
「ん? 何だ?」
「この街には、凄腕の運搬者がいると聞いてな。ぜひ協力をお願いしたいんだ」
「凄腕?」
声を掛けられた運搬者は、少し考えるように顎へ手を当てた。
しかし、すぐに何かを思い出したように笑みを浮かべる。
「ああ……チャルのことか!」
そう言って、隣に座っていた茶髪の男を肘で小突いた。
「おい、チャル。お前のことじゃねぇか?」
「ん? 俺?」
チャルはきょとんとした顔で振り返った。
相変わらずの爽やかな笑み。
その様子を見た空を掴む者達のメンバーは、興味深そうに目を細めた。
「いや……黒い鎧を身に纏っていると聞いたんだが」
「…………え?」
その言葉に、運搬者たちの表情が一斉に固まった。
先ほどまでの和やかな雰囲気が、嘘のように静まり返る。
黒い鎧。
凄腕の運搬者。
その特徴に当てはまる人物など、このギナーには1人しかいない。
「……おい、まさか」
「ああ……あいつのことか?」
運搬者たちは互いに顔を見合わせた。
やがて、最初に声を掛けられた男が、困ったように頭を掻く。
「……クイって奴が、いるにはいるんだが……なぁ?」
「……ああ」
「実力は確かなんだが……」
歯切れの悪い返答だった。
周囲の運搬者たちも、揃って微妙な表情を浮かべている。
そんな反応を不思議に思ったのか、空を掴む者達の男は首を傾げた。
「何か問題でもあるのか?」
「いや、その……」
運搬者は言い淀んだ。
そして、渋々といった様子で答える。
「レベルは……95だ」
「……95?」
「ああ。間違いなく、この街でも指折りの実力者だよ」
すると、空を掴む者達の男の表情がぱっと明るくなった。
「それは凄い!」
「……え?」
「レベル95とは! 噂に違わぬ実力者じゃないか!」
男は嬉しそうに笑った。
しかし、周囲の運搬者たちは困惑するばかりだった。
「……いや、あのな」
「それで、そのクイという男は今どこにいるんだ?」
「…………」
運搬者たちは再び顔を見合わせた。
どうやら、空を掴む者達の男はクイの悪評など、まるで気にしていないらしい。
「……そういや、最近あいつを見ねぇな」
運搬者の1人が、ふと思い出したように呟いた。
「言われてみりゃ、そうだな。いつもなら、あの隅っこに座ってるんだが……」
「とうとう運搬者を辞めたんじゃねぇのか?」
「ははっ! あり得るな!」
運搬者たちの間から、笑い声が上がった。
普段なら、誰よりも長く酒場に居座っているクイ。
依頼人が来ることもなく、ただ1人で時間を潰している姿は、もはや見慣れた光景だった。
しかし、ここ最近はその姿を見かけない。
「まぁ、あれだけ悪評が広まっちゃなぁ」
「むしろ、今までよく続けてたもんだぜ」
そんな言葉が、次々と飛び交う。
空を掴む者達の男は、そのやり取りを黙って聞いていた。
「……そうか。今はいないのか」
少し残念そうに呟いたものの、すぐに表情を切り替えた。
「まぁ、仕方あるまい。凄腕の運搬者なら、何人いても困ることはないからな」
「……ん?」
「今回の迷宮攻略には、万全を期したい。そこで、この街の運搬者諸君には、全員協力をお願いしたいと思っている」
男は周囲を見渡し、堂々と告げた。
「もちろん、全員分の取り分は用意しよう!」
「……おおっ!?」
「全員分だって!?」
運搬者たちが一斉に色めき立った。
北大陸の有力ギルドが、これほどの条件を提示するとは。
その羽振りの良さに、誰もが驚きを隠せなかった。
そして、先ほどまでクイの不在を話題にしていた運搬者たちの関心は、すっかり今回の依頼へと移っていた。
空を掴む者達の呼び掛けに応じ、ギナーの運搬者たちを中心とした攻略班が、次々と編成されていった。
今回の攻略は、通常の迷宮探索とは規模が違う。
各国から集まった実力者に加え、ギナーを拠点とする冒険者たちも参加を表明していた。
そのため、攻略にあたっては10人を1班とし、それぞれが連携して行動する方針が取られた。
「おい、こっちはあと2人だ! 参加したい奴はいねぇか!」
「俺たちも入れてくれ! レベルなら十分足りてる!」
「よし、ならこっちに来い! 所属とレベルを確認するぞ!」
酒場のあちこちで声が飛び交う。
運搬者たちは自らの経験を活かし、集まった冒険者たちと次々に班を組んでいった。




