Episode14、チャルの予感。
参加者は空を掴む者達の所属者に限らない。
実力と意欲さえあれば、他のギルドに所属する冒険者も、個人で活動する者も加わることができた。
普段は別々の迷宮で活動している冒険者たちが、今は1つの目的のために集まっている。
目指すは、通常の金迷宮を遥かに上回ると噂される、未知の高難易度金迷宮。
その攻略に向け、ギナーの冒険者酒場は、さながら作戦本部のような賑わいを見せていた。
チャルもまた、今回の迷宮攻略に参加することとなった。
編成された班は、総勢10人。
各国から集まった実力者達に加え、ギナーの冒険者も参加している。
その中で、ひときわ緊張した面持ちの2人がいた。
「よ、よろしくお願いします……!」
深々と頭を下げたのは、まだあどけなさの残る女性冒険者たちだった。
装備こそ冒険者らしく整えているものの、その仕草にはどこか初々しさが残っている。
2人ともレベル58。
決して低い数値ではないが、今回集まった歴戦の冒険者たちと比べれば、経験の差は明らかだった。
「俺はチャル。よろしく!」
チャルはいつもの人懐っこい笑みを浮かべ、気軽に手を上げた。
「君達、名前は?」
「ハ、ハミラです!」
「……ハナです」
「ハミラちゃんにハナちゃんね。よろしく」
明るく応じるチャルに、2人は少しだけ緊張を和らげた。
だが、彼女たちの表情には、どこか拭いきれない不安が残っている。
それもそのはずだった。
ハミラとハナ。
この2人こそ、数週間前にクイと共に件の金迷宮へ足を踏み入れた冒険者たちである。
1階層で遭遇した瞬破蠍。
あの圧倒的な速度と、眼前に迫った巨大なハサミ。
命を落としかけた恐怖は、今なお鮮明に焼き付いていた。
今回、2人がこの班へ加わったのは、空を掴む者達の計らいによるものだった。
未知の金迷宮について、貴重な情報を提供した冒険者。
その功績を考慮し、彼女たちが参加する班には、特に手厚い戦力が割り当てられていたのである。
レベル90超えの冒険者が、チャルを含めて4人。
通常の迷宮攻略では、まず考えられないほどの豪華な顔ぶれだった。
その中心に立つチャルは、集まった仲間たちを見渡し、満足げに頷いた。
「よし! それじゃ、よろしく頼むぜ!」
ハミラとハナは互いに顔を見合わせ、小さく頷き合った。
あの日、恐怖に震えながら引き返した迷宮。
今度こそ、無事に攻略できるのだろうか。
そんな期待と不安を胸に、2人は再び金迷宮へと挑もうとしていた。
迷宮攻略に向けた準備が、着々と進められていた。
装備の点検に、携行品の確認。
各班の冒険者たちが慌ただしく動き回る中、チャルは少し離れた場所にいるハミラとハナへと目を向けた。
2人は互いの装備を確認しながらも、どこか落ち着かない様子だった。
「ちょっといいかい?」
「は、はい!」
突然声を掛けられ、ハミラが慌てて顔を上げた。
そんな反応に、チャルは気さくな笑みを浮かべる。
「そんなに緊張しなくてもいいって。ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
「……何でしょうか?」
「君たち、まだ新人さんだよな?」
「え、ええ……一応」
「やっぱり! そんな気がしたんだよ」
チャルは納得したように頷いた。
2人ともレベル58。
数値だけを見れば、それなりに経験を積んだ冒険者にも見える。
しかし、装備の扱い方や立ち振る舞いには、まだ慣れていない様子が見受けられた。
「もしかしてさ、前に運搬者に依頼したことある?」
「……え?」
ハミラとハナが、互いに顔を見合わせた。
「え、ええ……一応……」
ハミラは少し言い淀みながら答えた。
その表情が、わずかに曇る。
以前の迷宮攻略。
そこで味わった恐怖は、今も忘れられない。
チャルはそんな2人の様子を見つめながら、話の続きを待っていた。
「……やっぱり、危険な迷宮だったんですね」
ハミラがぽつりと呟いた。
その声には、どこか複雑な感情が滲んでいた。
「そりゃあ、金迷宮だからね!」
チャルは明るく笑いながら答えた。
「銅や銀とは比べ物にならないよ。特に今回みたいな未知の迷宮なら、なおさらさ」
「……そう、ですよね」
「ん? どうして?」
チャルが不思議そうに首を傾げる。
ハミラは少し俯き、言葉を選ぶように口を開いた。
「……前に、運搬してもらった時なんですけど」
「うんうん」
「その人……1人で、あの化け物たちを全部片付けてたんです」
「……へぇ?」
チャルの眉が、わずかに上がった。
「1人で?」
「……はい」
ハミラは小さく頷いた。
思い出すのは、あの紫色の巨大な蠍。
目にも留まらぬ速さで迫るハサミと、飛び散った黄色い体液。
そして、その魔物たちを次々と斬り伏せていく黒い鎧の男。
「わ、私たち……本当に危なかったんです」
ハミラの指先が、わずかに震えた。
「少し前に出ただけで、もう……死ぬかと思って……」
隣にいたハナも、表情を曇らせた。
「……あの時は、本当に怖かったです」
「…………」
チャルは2人の話を黙って聞いていた。
先ほどまでの気さくな笑みは、そのまま。
しかし、その視線には、少しばかり興味の色が浮かんでいた。
金迷宮の1階層。
そこに出現した未知の強敵を、たった1人で討伐した運搬者。
それが誰なのか、チャルはまだ聞いていなかった。
「……まぁ、報酬も1割でしたし。仕方ないんですけどね」
ハミラは困ったように笑った。
あれほどの危険が待ち受けているとは、夢にも思っていなかった。
金迷宮に挑むという選択をしたのは、自分たちだ。
それでも、あの時の恐怖を思い出すと、どうしても後悔が込み上げてくる。
「……頼むんじゃなかったなぁ」
ぽつりと漏らした言葉に、隣のハナも小さく頷いた。
しかし、ハミラはすぐに顔を上げた。
「あっ、でも! 今回はチャルさんと同じ班になれましたし、すごく心強いです!」
「……私も、そう思います」
ハナも遠慮がちに微笑んだ。
レベル90を超える冒険者が4人もいる。
しかも、そのうちの1人は、ギナーでも名の知れた運搬者のチャルだ。
これほど心強いことはないだろう。
「ははっ! そりゃどうも!」
チャルは朗らかに笑った。
そして、何気ない調子で口を開く。
「でもさ、あのまま任せてれば、俺たちとレベルが並んでたかもしれないね」
「……え?」
ハミラが目を瞬かせた。
ハナも不思議そうに顔を上げる。
チャルはそんな2人を見て、にっと笑った。
「なーんてね!」
「…………」
「まぁ、何にせよ、よく戻ってきたよ!」
チャルは軽く手を振り、明るい声で続けた。
「怖い思いをしたのに、もう1度挑戦しようってんだからさ。大したもんだよ!」
「あ……ありがとうございます!」
ハミラは照れくさそうに頭を下げた。
ハナもつられるように会釈する。
チャルは満足げに頷くと、他の班員たちの様子を確認するため、その場を離れていった。
残された2人は、互いに顔を見合わせる。
「……やっぱり、チャルさんって優しいね」
「……うん」
その表情には、先ほどまでの緊張が少しだけ和らいでいた。
ーーークイ……もしかして、お前……。
チャルの脳裏に、ある男の姿が浮かんでいた。
黒い重厚な鎧。
荒んだ目付きに、無愛想な表情。
ギナーでは悪評ばかりが先行し、まともに依頼すら来ない運搬者。
しかし、その実力だけは疑いようがない。
レベル95。
チャル自身をも上回る、世界屈指の冒険者である。
ーーーまさかな……。
チャルは小さく笑みを浮かべると、思考を切り替えた。
運搬者




