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Episode12、ふざけないでください!

 最後の瞬破蠍(ハイ・ストーカー)が、鈍い音を立てて地面へ崩れ落ちた。


 紫色の甲殻が砕け、巨大なハサミが力なく横たわる。


 辺りには黄色い体液が飛び散り、つい先ほどまでの激戦を物語っていた。


 クイは剣を軽く振り、刃に付着した体液を払い落とした。


 ーーーこれで最後の1匹か。


「……ふぅ」


 小さく息を吐き、周囲を見渡す。


 ーーーいきなり瞬破蠍(ハイ・ストーカー)とはな。しかも、数まで多いときた。


 クイの口元が、わずかに緩んだ。


 ーーー幸先いいぞ。


 レベル91の魔物が、1階層から複数出現する。


 並の運搬者なら、即座に撤退を検討してもおかしくない状況だ。


 しかし、クイにとっては願ってもない展開だった。


 高レベルの魔物ほど、討伐時に得られる経験値も多い。


 依頼人のレベル上げを目的とする以上、これほど効率の良い相手もそうはいない。


 クイは振り返り、地面にへたり込む2人へ視線を向けた。


 ーーーさて、どれくらい上がったかな。


 探知(スキャン)。


 ハミラ レベル48


 ハナ レベル47


 ーーーおお、いいじゃないか。


 つい先ほどまで、2人ともレベル10だった。


 それが、わずか1階層で40近くも上昇している。


 ーーーよし。この調子なら、今日中に70くらいまでいけるな。


 クイは満足げに頷いた。


 そして、2人の元へと歩み寄る。


「……大丈夫かい?」


「はぁっ……はぁっ……!」


「ハ、ハミラ……しっかりして……!」


 ハミラは相変わらず地面に座り込み、肩を震わせていた。


 ハナも顔を青ざめさせ、必死に友人を支えている。


 クイはそんな2人を見下ろし、穏やかな声で告げた。


「幸先いいスタートだ」


「「…………え?」」


「瞬破蠍(ハイ・ストーカー)は経験値がたくさん貰えるからさ。2人とも、かなりレベルが上がってるよ」


「…………」


 ハミラとハナは、言葉を失った。


 目の前には、魔物の残骸。


 身体には、まだ生温かい体液がこびりついている。


 ほんの少し前まで、死を覚悟していたというのに。


 そんな2人を前にして、クイは本当に嬉しそうだった。


 彼にとっては、何の問題もない順調な迷宮攻略。


 しかし、2人にとっては、まだ1階層すら終わってほしくないほどの恐怖体験だった。


「さて、迷宮攻略はまだ始まったばかり――」


「……さい」


「……え?」


 クイは言葉を止めた。


 地面にへたり込んでいたハミラが、俯いたまま何かを呟いたのだ。


「……ざけないで……」


「……ハミラさん?」


「ふざけないでくださいッッ!!!」


 突然の怒号が、迷宮内に響き渡った。


「……っ!?」


 クイは思わず目を見開いた。


 ハミラは震える両手を地面につき、必死に身体を起こそうとしていた。


 しかし、膝に力が入らない。


 立ち上がろうとしても、すぐに崩れ落ちてしまう。


 それでも、彼女はクイを睨みつけた。


「は、初めに……言ってくださいよ……!」


 声が震えていた。


 怒りだけではない。


 恐怖と悔しさ、そして行き場のない感情が、言葉となって溢れ出していた。


「金迷宮が……こんなに危険な場所だって……! ちゃんと説明してくれれば……!」


「…………」


「貴方は強いかもしれませんよ……! あんな化け物だって、簡単に倒せるのかもしれません……!」


 ハミラの目から、大粒の涙が零れ落ちた。


「でも……でも、わたし達は違うんですッ!!」


 クイは何も言えなかった。


「いつ死ぬか分からないじゃないですか!! さっきだって……ほんの少し前に出ただけで……!」


 言葉が詰まる。


 ハミラの脳裏に、あの瞬間が蘇った。


 眼前に迫った巨大なハサミ。


 逃げることも、悲鳴を上げることもできなかった。


 そして、自分が死ぬのだと悟った瞬間。


「……っ、うぅ……!」


 再び呼吸が乱れ、ハミラは胸元を押さえた。


「ハミラ……!」


 ハナが慌てて身体を支える。


 クイは、そんな2人を黙って見つめていた。


 つい先ほどまで、順調な攻略だと思っていた。


 レベルは大幅に上昇し、依頼人にも傷1つ負わせていない。


 運搬者として、十分な成果を上げているはずだった。


 しかし、目の前の2人は喜ぶどころか、恐怖に打ち震えている。


 クイはようやく、その事実を突きつけられたのだった。


「わたし達は……帰ります……」


 ハミラは震える声を絞り出した。


「報酬でも……何でも、持っていってください……! だから……もう……」


 言葉を最後まで紡ぐことができなかった。


 全身を覆う黄色い体液。


 鼻をつく異臭。


 目を閉じれば、あの巨大なハサミが迫ってくる光景が、何度でも蘇ってくる。


 もう、こんな場所にはいたくない。


 ただ、それだけだった。


 ハミラは地面に手をつき、震える足で立ち上がろうとする。


 だが、膝が言うことを聞かない。


「ハミラ……無理しないで……!」


 ハナが慌てて肩を貸した。


 その様子を見ていたクイが、ゆっくりと口を開く。


「俺は……」


 何か言わなければ。


 そう思い、クイは2人へ歩み寄ろうとした。


 その瞬間だった。


「近寄らないでッ!!!」


「……あっ」


 クイの足が止まった。


 ハミラは顔を上げ、怯えきった目で彼を見つめていた。


 その視線は、先ほどの魔物へ向けていたものと、何ら変わらなかった。


「ふぅッ……はぁ……ッ……はぁッ……!」


 ハミラの呼吸が再び激しく乱れる。


 胸元を押さえ、必死に空気を吸い込もうとするが、うまく呼吸ができない。


 クイが近付こうとするたび、彼女の身体はびくりと跳ねた。


「…………」


 クイは伸ばしかけた手を、ゆっくりと下ろした。


 ほんの少し前まで、彼女たちは自分を頼ってくれていた。


 悪評を知りながらも、依頼を申し込んでくれた。


 それが、今はどうだ。


 近付くことすら許されない。


 クイは何も言えず、その場に立ち尽くした。


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