Episode10、依頼。
依頼。
今、確かに依頼と言った。
ーーー聞き間違いか?
いや、待て。
ーーー依頼……依頼って言ったよな? 俺に? 俺だよな? 俺しかいないよな!?
思わず周囲を確認する。
右。
左。
背後。
誰もいない。
間違いない。
目の前の女性は、クイに話しかけている。
ーーーき、来た……!
ゴクリ。
クイは生唾を飲み込んだ。
「……依頼?」
「えっ? あ、はい……そうですけど……」
女性が少しだけ身を引いた。
ーーーしまったぁぁ!? 怖がらせてしまった!?
慌てて表情を和らげようとする。
しかし、元々の目付きが悪いせいか、どうにも上手くいかない。
そんなクイの様子を見かねたのか、女性の隣にいた仲間の冒険者が口を挟んだ。
「ねぇ、もう遅いしさ。明日、別の運搬者にお願いしよ?」
「えっ……でも……」
ーーーえっ!?
クイの心臓が跳ねた。
ーーーま、まずい! このままじゃ、また依頼がなくなってしまう!!
せっかく訪れた好機。
ここで逃せば、次はいつ依頼人が現れるか分からない。
ーーー落ち着け……落ち着くんだ、俺。
クイは膝の上で拳を握り締めた。
ーーーこれを機に、挽回の1歩を踏み出すんだ!!
そして、意を決して口を開いた。
「あ、ああ……いいよ」
「…………」
言えた。
ちゃんと返事ができた。
ーーー言えたぁぁぁ!!
内心では、思わず拳を突き上げたくなるほどの歓喜が巻き起こっていた。
しかし、表情は相変わらず険しいまま。
そんなクイの心情など知る由もなく、女性冒険者はぱっと顔を明るくした。
「ほんとですか!?」
その嬉しそうな反応に、クイは思わず目を瞬かせた。
女性冒険者は嬉しそうに顔を綻ばせた。
しかし、その隣にいた仲間は、どうにも納得がいかない様子だった。
女性の袖をそっと引き、クイに聞こえないよう声を潜める。
「ねぇ……本当に大丈夫? この人、あの悪名高い運搬者のクイでしょ?」
「噂は噂だって……! それに、1番安いんだから」
「そうだけど……」
2人は顔を寄せ合い、ひそひそと相談を続ける。
もっとも、レベル95のクイには、その会話が筒抜けだった。
ーーー聞こえてる……全部聞こえてるぞ……。
だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
ようやく訪れた、久しぶりの依頼。
ここで逃すわけにはいかなかった。
「そ、それで……!」
クイは少し身を乗り出した。
「どこの迷宮がいいか、もう決まったかい? 銅でも銀でも金でも、何でもいいよ」
普段よりも幾分か弾んだ声。
本人は落ち着いているつもりだったが、その様子はどこか浮き足立っていた。
「あ、あの……その前に、1つ聞いてもいいですか?」
「ああ、何でも聞いてくれ」
「掲示板に書いてあったんですけど……依頼料が一律1割って、本当ですか?」
「……ああ」
クイは当然のように頷いた。
「どこの迷宮でも一律1割だよ。迷宮で手に入れた物のうち、1割を貰う。それだけだ」
「ほ、本当に……?」
「ああ」
女性冒険者は、隣の仲間と顔を見合わせた。
通常、実績のある運搬者ほど依頼料は高額になる。
ましてや、レベル95の実力者ともなれば、相応の報酬を要求されても不思議ではない。
それが、迷宮の難易度に関係なく一律1割。
あまりにも破格の条件だった。
しかし、そこで仲間の冒険者が口を挟んだ。
「……でも、依頼料も高いって聞いたんですけど」
「……え?」
クイが間の抜けた声を漏らした。
「「えっ?」」
思わず顔を見合わせる3人。
しばし、妙な沈黙が流れた。
ーーー待て待て……何の話だ?
クイは眉を寄せた。
自分の依頼料は、何年も前から一律1割。
それ以外の料金を請求した覚えなど、一度もない。
それなのに。
「……依頼料?」
クイは聞き慣れない言葉でも耳にしたかのように、首を傾げた。
「……はい。運搬者さんに依頼する時に、最初に支払うお金です」
「……別途で?」
「……別途で」
「…………」
しばし、沈黙が流れた。
クイはゆっくりと瞬きを繰り返す。
迷宮で得た物の1割。
それが、クイの定めている報酬の全てだった。
依頼を受けるだけで金を取るなど、これまで考えたこともない。
ーーーあれ? これ、もしかして皆、要求してる感じ?
クイの視線が、ちらりと運搬者専用の掲示板へ向いた。
そこには、様々な運搬者の名前と依頼条件が並んでいる。
今まで、他人の料金設定など気にも留めていなかった。
だが、どうやら自分の知らないところで、運搬者の料金体系は随分と違っていたらしい。
「……えっと」
クイは少し考え込んでから、改めて女性冒険者たちへ顔を向けた。
2人は不安そうに、彼の返事を待っている。
ーーーいや、待てよ……。
ここで余計なことを言って、また依頼を逃したらどうする。
クイは慎重に言葉を選ぼうとした。
しかし、そもそも何をどう説明すればいいのか分からない。
「…………」
思わぬところで、世界屈指の運搬者が頭を悩ませていた。
「だ、大丈夫。俺のところは、1割だから」
クイは慌てて言葉を付け足した。
「別に依頼料を取ったりはしないよ。迷宮で手に入れた物の1割。それだけでいい」
「……えっ、本当に?」
「あ、ああ。本当だよ」
念を押され、クイは何度も頷いた。
女性冒険者たちは顔を見合わせる。
どうやら、相当意外だったらしい。
ーーーそんなに珍しいことなのか……?
クイは内心で首を傾げた。
これまで、他の運搬者がどのような料金体系で仕事を請け負っているのか、詳しく調べたことはなかった。
依頼人から報酬を受け取り、迷宮へ同行する。
それだけの話だと思っていたのだが、どうやら事情は違うらしい。
ーーー後で、チャルに聞いてみよう。
普段は顔を見るたびに腹立たしくなる男だが、こういう話なら詳しいはずだ。
もっとも、本人を目の前にして素直に尋ねられるかは、また別の話だった。




