Episode9、本より下の男。
――翌日。
クイはいつものように冒険者酒場へと足を運んだ。
しかし、店内へ足を踏み入れた途端、普段とは違う賑わいに気付く。
「おい! 『トックメィ』の新刊が出たぞ!」
「マジかよ!? 俺にも1冊くれ!」
「ちょっと待て! 押すなって!」
酒場の一角には、冒険者たちによる人集りができていた。
その中心にあるのは、つい昨日、ブゴーの書店へ持ち込んだばかりの迷宮攻略本『トックメィ』。
刷り上がったばかりの新刊を求め、冒険者たちが我先にと手を伸ばしている。
その光景を見るのは、これで何度目だろうか。
クイは少し離れた場所から、その様子を眺めていた。
「……ふっ」
思わず、自嘲気味な笑みが漏れる。
ーーー俺の人気は、攻略本以下か。
いや、そもそも比べること自体が間違っているのかもしれない。
あちらは発売されるたびに冒険者が群がる人気者。
こちらは姿を見せるだけで、冒険者が距離を取る嫌われ者。
同じ人間が生み出したものとは、到底思えない扱いの差だった。
「……はぁ」
深いため息を零す。
「どうしたよ、クイ!」
「……ん?」
不意に肩を叩かれ、クイは振り返った。
そこにいたのは、今日も爽やかな笑みを浮かべるチャルだった。
「お前も『トックメィ』が欲しいのか?」
「……いや、別に」
「だよなぁ。まぁ、あれは他の冒険者に譲ってやろうぜ」
チャルは賑わう人集りへと視線を向けた。
「なんせ、俺たちには不要な産物だからな!」
「…………」
クイの眉が、ぴくりと動いた。
ーーー不要な産物、ねぇ……。
確かに、レベル94のチャルほどの実力者なら、初心者向けの攻略情報など必要ないのかもしれない。
だが、わざわざ本人の前で言わなくてもいいだろう。
もっとも、チャルは著者が誰なのか知らないのだが。
「あっ、そうだ!」
突然、チャルが手を叩いた。
「なぁ、クイ! お前も攻略本を作ってみたらどうだ!?」
「…………は?」
「いや、お前って実力も経験もあるだろ? 迷宮だって散々攻略してきたんだし、知ってることを本にまとめりゃいいんだよ!」
チャルは名案を思いついたと言わんばかりに、目を輝かせていた。
ーーー作者は俺だよ。
「そうすりゃ、お前の実力を認める奴も増えるだろうし!」
ーーーだから、もう作ってんだよ。
「今までの悪評だって、あっという間になくなっちまうかもしれねぇぜ!」
ーーー出来たら苦労しねぇよ。
「な? いい案だろ!?」
チャルは満面の笑みを浮かべ、クイの返事を待っている。
「…………」
クイは無言で、その顔を見つめた。
整った顔立ち。
爽やかな笑顔。
何の疑いもなく、自分の提案が役に立つと信じている表情。
悪気など、欠片もないのだろう。
だからこそ、余計に腹が立つ。
ーーーいっそ、迷宮に埋めてやろうか。
「……どうした、クイ?」
「……何でもない」
クイは顔を背けた。
これ以上話していたら、本当に余計なことを口走ってしまいそうだった。
ーーーもう夕暮れか……今日も来ないな。
窓の外には茜色の空が広がり、酒場にも少しずつ夜の気配が漂い始めていた。
結局、今日も依頼人は現れなかった。
クイは諦めたように小さく息を吐き、椅子から腰を上げようとした。
その時だった。
「あ、あの……すみません」
「……ん?」
不意に掛けられた声に、クイは顔を上げた。
そこには、女性冒険者が立っていた。
どこか緊張した面持ちで、遠慮がちにこちらを見つめている。
「依頼したいんですけど……」
「…………」
ピタリ。
クイの動きが止まった。




