Skull in Bloom①
エレンとミラが俺たちの部屋へ来るようになって、数日が過ぎた。
最初の頃の、刺すような警戒は、少しずつ薄れていた。きっかけは、たぶん食事だ。魔王さんが気を利かせて、俺たちと二人が同じ卓を囲めるよう手配してくれたのだが、これが思いのほか効いた。人は、同じ釜の飯を食う相手を、そう簡単には憎みきれないものらしい。
その日も、俺たちは広間の隅にこしらえてもらった一角で、揃って飯を食っていた。熱を通した肉、野菜に近いもの、黒っぽいパン。見た目こそ元の世界と違うが、慣れればどうということはない。
シンジが、相変わらずの勢いで皿を空にしていく。
「シンジ、食いすぎだ。いい加減自重しろ」
「太って何が悪い。グロいバンドが痩せこけてたら、もっと不健康に見えるだろ」
「太った死体になるだけだぞ」
その向かいで、ミラが小さく笑った。ほんの少し、口元が緩んだだけだ。だが、初めて会ったときの、あの怯えきった顔を知っている身からすると、それだけで充分すぎる変化だった。シンジもそれに気づいて、嬉しそうに釘の頭を撫でている。
「ミラさん、今ちょっと笑ったろ」
「……だって。あなた、見た目のわりに、食べ方が、子どもみたいで」
「よく言われる」
「お前、それ褒められてないからな」と、ハヤトが横から言う。
エレンのほうも、最初の頃のように四六時中こちらを睨んではいなくなった。今も、黙々と食べながら、ときどき俺たちのやり取りに耳を傾けている。たまに、ハヤトのくだらない軽口に、呆れたように息を吐く。その「呆れ」が出てくるようになったのが、俺としては地味に嬉しかった。怯えでも、怒りでもない反応が、ようやく出てきたということだからだ。
魔族の側も、最初は半信半疑だったらしい。冥府の四候が、人間の捕虜と仲良く飯を食っている。理屈で言えば、おかしな絵面だ。だが、給仕に来る侍女たちも、近頃は二人に普通に接するようになってきた。皿を多めに置いていったり、果物を勧めたり。
「人間というのは、思っていたより、ずっと普通なのですね」
そう漏らした侍女に、ミラが目を丸くしていた。たぶん、向こうも同じことを思っていたのだろう。魔族というのは、思っていたより、ずっと普通だ、と。
憎しみというのは、相手を知らないあいだだけ、まっすぐ燃えるものなのかもしれない。顔を合わせて、飯を食って、くだらない話をしていると、それはどんどん燃えにくくなっていく。少なくとも、この卓の上では、人間も魔族もグロいバンドマンも、ただ一緒に飯を食う連中でしかなかった。
その空気が、俺は嫌いではなかった。
食事も終わりかけた頃、広間の奥から、魔王さんがこちらへ歩いてきた。隣にはザント。二人とも、どこか言い出しにくそうな顔をしている。
「四候の皆様。お食事中に、申し訳ありません」
魔王さんが、丁寧に切り出した。
「実は、折り入って、お願いがございます。本当に、心苦しいのですが」
「ああ、いいですよ。なんですか」
俺がそう返すと、魔王さんは少し躊躇ってから、続けた。
「そろそろ、音の儀式を、お願いできないかと思っておりまして」
ザントが、それを補うように頭を下げる。
「前線の兵たちが、四候様方の音を、待ち望んでおるのです。先の戦で授かった力も、時とともに薄れてまいります。皆、もう一度あの高揚を、と」
なるほど、と俺は思った。要するに、ライブのリクエストだ。魔族にとっては神聖な儀式だが、こっちからすればいつものことだった。世話になっている以上、断る理由もない。
「分かりました。やりましょう」
魔王さんの顔が、ぱっと明るくなる。
「よろしいのですか」
「ええ。元々、それくらいしか返せるものもないですし」
そこで魔王さんは、ふと何かを思いついたように、エレンとミラのほうへ目を向けた。
「そうだ。せっかくですから、エレン殿とミラ殿にも、ご覧いただいてはどうでしょう」
二人が、きょとんとした顔をする。
「人間の方に、私たちの儀式を見ていただく機会など、これまでありませんでした。お二人がこの城に来てくださったのも、何かの縁。よい機会かと思うのです」
エレンが、少し戸惑いながらも頷いた。
「……構わないが。私たちが、見ていいものなのか」
「もちろんです。むしろ、見ていただきたいのです」
ミラも、控えめに頷く。あの『Kill me……』を聴いて以来、二人は俺たちの「音」に、どこか興味を持ちはじめているようだった。怖いもの見たさ、というのも、いくらかはあったかもしれない。
「では、決まりですね」
魔王さんが、嬉しそうに微笑む。
俺は、軽い気持ちで頷いた。やる曲は、考えるまでもない。儀式というからには、士気が上がる激しいやつにしよう。エレンとミラにも、俺たちが本気で音を鳴らすところを、一度くらい見てもらいたかった。
もっとも――いや、よく考えるまでもなく、うちの曲は、どれもこれも血と死と絶望にまみれている。猟奇だの殺戮だのを売りにしてきたバンドなのだから、当然だ。
ただ、このときの俺は、その当たり前のことに、まるで気が回っていなかった。
また、ほんの少し厄介な誤解が生まれることになるとは、このときは思ってもみなかった。




