Kill me……③
Kill me……
作詞・作曲 Sin-1 / Sin-2
編曲 Jesus Pain
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おまへを抱きて逃がれぬ夜は この手にせめて幕を引かむ
野の獸ども襖を破り 白き衣さへ引き裂きにけり
「殺めておくれ」と君は云ふ 汚さるるより死をたまへと
されど我には刃が重し 愛しき喉を突き得ぬなり
Kill me……
嗚呼《あゝ》、殺めぬ 殺めぬゆゑに地獄を見る
燈は赤く疊を濡らし 泣くなと云へばなほさら泣きて
「来世は」と君唇を噛み てふてふの如息を絶つ
我は殺めず我は救はず ただ抱きしまま朝を待つ
Kill me……
嗚呼《あゝ》、せめて 亡骸ばかり離さじと
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翌日、改めて連れてこられたエレンとミラを見て、俺はようやく息をついた。
今度はまともだった。エレンは動きやすそうな上着に布のズボン、ミラは首元から足先まできちんと覆う、ゆったりした白い服を着ている。魔王城に人間用の服などほとんどないらしく、結局は魔王さんの寝巻きに近いものを借りて、丈の合わない部分を紐で詰め、腰に帯を巻いてどうにか整えた格好だったが、昨日とは比べものにならなかった。手枷こそ残っているが、少なくとも、こちらが全員でいたたまれなくなるような姿ではない。
ただ、二人の顔色はまだ悪い。エレンは相変わらず俺たちを睨んでいるし、ミラはその背に半分隠れている。昨日の失敗が大きすぎた。信用どころか、警戒が一段深くなっている。
その二人に、俺たちは曲を聴かせた。士気を上げるためでも、魔族を強化するためでもない。俺たちがどういう奴らなのかを、ただ二人だけに見せるための演奏だった。
『Kill me……』
作詞・作曲は、Sin-1 / Sin-2。つまり、シンイチとシンジの双子名義である。
その中でも、シンイチが主に詞を書いた曲だ。あいつは口数こそ少ないが、昔から妙に古い小説を読む。辱めを受けるくらいなら殺してくれと願う女と、殺すことも逃がすこともできない男。そういう救いのない話を、わざと古めかしい言葉で歌う、湿った曲だった。Jesus Painにしては血も肉も少ない。それでも、エレンとミラは身じろぎひとつせず、最後まで聴いていた。
演奏が終わって、しばらく沈黙が続いたあと、先に口を開いたのはエレンだった。
「……今の歌は、何だ」
どうやら人間側にある歌といえば、聖歌や祈りの旋律くらいらしい。少なくとも、俺たちが知るような大衆音楽は、この世界にはなさそうだった。
「殺してくれと、女が願う歌だ」
そう言うと、エレンの目に怒りが差した。捕まったことへの怒り、辱められると思い込まされたことへの怒り、怖がってしまった自分への怒り。助けられたかもしれないのに、それを信じきれない苛立ち。いろんなものが、混ざっているようだった。
「なぜ、殺さない。歌の中の男だ。女は殺してくれと願った。なのに、殺さなかった。なぜだ」
「殺してくれって言われても、殺せないときがあるからだろ」
「綺麗事だ」
「そうかもな」
「お前たちに、何が分かる」
「分からない」
即答すると、エレンが言葉に詰まった。ミラも、少しだけ顔を上げる。
「俺たちは、お前らが何を背負ってここへ来たのか知らない。人間側で何を教えられて、魔族をどう見てきたのかも知らない。だから、分かったようなことは言えない。何しろ俺たちは、ここの人間ですらないからな」
言ってから、説明する順番を間違えたと思った。案の定、エレンが眉をひそめる。
「……ここの人間ではない、だと」
「ああ。俺たちは、こことは違う世界から来た」
「それくらいは、その姿を見ればわかる。冥府の者だろう」
「違う。冥府じゃない。こことは違う、いわゆる異世界ってやつだ。で、そこでの俺たちは、ごく普通の人間なんだよ」
エレンが、訝しげに俺たち四人の顔を順に見回した。腐ったような肌、血の涙の跡、縫い痕、そして額に深々と刺さった釘。視線がひと巡りして、彼女は心底理解しがたいという顔をした。
「……異世界の普通とは、そのような《《なり》》をしているのか。ますます信じがたい」
「いや、そうじゃない。これはメイクで、化粧みたいなもんで、本来はもっと、普通の顔――」
「化粧で頭に釘が刺さるのか」
「それはこいつが本物になっただけで」
「俺だけ事情が違うんだよ」と、シンジが情けない声で口を挟む。
エレンの表情は、最初より一段険しくなっていた。説明すればするほど、わけが分からなくなっていくのが、自分でも分かる。冥府の者だと思われるよりはマシだと思って打ち明けたのに、今度は「そんな見た目の異世界人」という、さらに意味不明な存在に格上げされてしまった。
普通の人間だ、という肝心のところだけが、どうしても伝わらない。
エレンは、俺の言葉を信じていいのか計りかねているようだった。それでも俺は、続けた。
「とにかくだ。お前らをどうこうするつもりはない。今ここでひどい目に遭わせる理由が、こっちにはひとつもない。それだけだ。俺たちは王様でも軍人でもない、ただのバンドだ。できることなんて、たかが知れてる。だから、せめて話を聞きたい。人間側が、本当に交渉できる相手なのかも知りたい」
エレンは、しばらく黙っていた。それから、観念したように、ぽつぽつと話しはじめた。
「私たちは……そこまで知らない。勇者も聖女も、選ばれてから戦場へ出された。教えられたのは、魔族は敵だということ。神の名のもとに戦えということ。人間側の上のほうで何がどう決まっているのかまでは、私たちには分からない」
悔しそうに俯くエレンの横で、ミラが小さく続けた。
「私たちは、象徴なのです。軍を前へ進ませるための、旗。神が選んだ乙女。そう呼ばれて、いちばん前に立たされる」
俺は、何も言えなかった。バンドにも似たところはある。客を煽り、前に立ち、空気を作る。だが、それを戦場でやらされるのは、意味がまるで違う。
「逃げようとは、思わなかったのか」
ハヤトが聞くと、ミラは首を振った。
「逃げられると、思いますか。家族もいます。村もあります。私たちだけが逃げれば、残された人がどうなるか……それに、選ばれたときは、誇らしかったのです。神に選ばれたのだと。人を守れるのだと。本気で、そう思っていました」
重い沈黙が落ちた。さっきの曲のあとの沈黙とは、種類が違う。逃げるための沈黙ではなかった。ようやく、ほんの少しだけ、まともな話が始まった気がした。
「昨日のことは、本当にこっちの説明不足だった。辱めるつもりも、殺すつもりもない。悪かった」
俺が頭を下げると、ハヤトが少し遅れて続き、シンイチとシンジも倣った。魔族すら恐れる見た目の四人が、魔王さんの寝巻きを着せられた勇者と聖女に向かって揃って頭を下げている。冷静に考えると意味の分からない絵面だったが、今はそれでいい。
エレンもミラも笑わなかったが、ミラの肩の震えは、さっきより少しだけ和らいでいた。
「今日は、ここまででいい。続きは、また落ち着いてから話そう」
エレンは警戒を解かなかったし、ミラもまだ怯えていた。それでも二人は、もう「殺せ」とは言わなかった。
部屋を出ていく直前、エレンが一度だけこちらを振り返り、何か言いかけて、結局そのまま口をつぐんだ。その目が、ほんの少しだけ揺れた気がした。
扉が閉まり、ようやく部屋に俺たちだけが残る。ハヤトが、椅子に深く沈み込んだ。
「……疲れた」
「俺もだ」
「でも、今日は漏らされなかったな」と、シンジが額の釘を撫でる。
「言うな」
「大事な進歩じゃん」
「言うなって」
シンイチが、静かにベースケースを閉じて、ひとことだけ言った。
「一歩だ」
たしかに、一歩だった。冥府の者でもなく、魔族の手先でもなく、まだ信用されたわけではないが、少なくとも、話す相手としては見られはじめた。
異世界に来てから、普通はずっと遠い。それでも今日のところは、ほんの少しだけ、前に進んだ。たぶん、ほんの少しだけ。




