Skull in Bloom②
Skull in Bloom
作詞・作曲 Reiji
編曲 Jesus Pain
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貴方の頭蓋に種を一つ 血を喰ませ育てた 歪な花よ
爛れた喉に根を張り 咲き狂う 捧げた想い この胸に秘め
Ah、散れ 紅く、紅く、屍の上で
Ah、咲け 枯れぬ夜の たった一つの徴
接吻は土の味 髄まで甘く 名前を呼べば 花弁が散る
もう還らぬ貴方を 抱いたまま 朽ちて尚 離さぬと誓う
Ah、咲け この一輪が 涸れる日まで
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ホールは、開演前から異様な熱気だった。
前のほうに陣取った魔族の兵たちが、まだ何も始まっていないのに肩を揺らし、低く唸っている。後ろのほうでは、翼を持つ連中が天井近くまで浮いて、いい場所を取り合っていた。儀式というより、もう完全にライブハウスの空気だ。最前列で食い気味に待ち構えてる客の圧まで、昔とまるで変わらない。
ステージの脇には、エレンとミラのための席が用意されていた。魔王さんが「貴賓席です」と胸を張っていたが、要するにパイプ椅子に布をかけただけのやつだ。二人とも、神妙な顔で座っている。何が始まるのか分かっていない顔だった。
俺はギターを担ぎ、ストラップの位置を確かめた。シンジがスティックを軽く打ち合わせ、シンイチが低い音をひとつ落とす。それだけで、魔族たちの唸りが一段跳ね上がった。
「いくぞ」
俺が言うと、ハヤトがマイクを握り直した。
最初の一発を、シンジのドラムが叩き込む。
その瞬間、ホールが揺れた。
歪んだギターが空気を裂いて、シンイチの低音が床から這い上がってくる。ハヤトの喉が、頭蓋だの屍だのを、ねっとりと吐き出していく。いつもの『Skull in Bloom』だ。頭蓋に種を植えて花を咲かせるっていう、湿っぽくて気色悪くて、激しいやつ。
「うおおおおおっ!」
「来た……来たぞ! 背骨の奥が燃える!」
「血が……血が騒ぐっ!」
魔族たちが、もう完全に出来上がっていた。拳を突き上げる者、足を踏み鳴らす者、よく分からん雄叫びを上げて隣の仲間と肩をぶつけ合う者。角の生えた兵士の体が、見るたびにひと回りずつ膨れていく。いつものやつだ。怖い怖いと言いながら、こいつらは俺たちの音で勝手に強くなる。
「恐ろしい! 何という禍々しい音だ!」
「だが止まらん! 体が、勝手にっ!」
「最高だ……! 冥府の四候、最高だァァ!」
褒められてるのか怖がられてるのか、相変わらず判別がつかない。まあ、どっちでもいい。盛り上がってるなら、それでいい。
俺は気分よく弦を鳴らしながら、ふと、ステージ脇に目をやった。
そして、しまった、と思った。
エレンが、椅子の上で固まっていた。顔から完全に血の気が引いて、両手で肘掛けを握りしめ、小刻みに震えている。
「な……何だ、これは。何なのだ、この者たちは」
口が、勝手に動いているという感じだった。
「歌……なのか? 死者を、土に埋め、花を、育て、あれを、喜んで歌っているのか……?」
声が、後ろのほうへ行くにつれて細くなっていく。
「やはり……やはり、理外のものだ……!」
エレンが、椅子の上でじりじりと後ずさった。逃げたいのに腰が抜けて立てない、という動きだった。勇者なのに。剣を持てば魔王とも斬り結ぶという女が、パイプ椅子の上でワナワナしている。
その隣を見て、俺はさらに頭を抱えたくなった。
ミラは、もう席にいなかった。
いつの間にか椅子から滑り降りて、ステージ脇のいちばん隅、壁と柱の隙間みたいなところに、ちんまりとうずくまっている。両手でしっかり耳を塞いで、膝に顔を埋めて、ガクガクと震えていた。唇が、何かを繰り返し動いている。たぶん祈りだ。こんな音の洪水の中で、神様にすがるしかなかったんだろう。
最悪だ。
俺は演奏を止めるわけにもいかず、かといってフォローもできず、ただ弦を鳴らし続けるしかなかった。歌は止まらない。ハヤトは客の熱に乗って、いつにも増していい声で、髄まで甘いだの離さぬと誓うだのを朗々と歌い上げている。
やめろ。今そこ、めちゃくちゃいい感じに歌うな。
魔族の盛り上がりは最高潮だった。同じ会場で、人間の二人だけが、この世の終わりみたいな顔で縮こまっている。
曲は、まだ半分も終わっていなかった。
後半に入って、ハヤトのギアが完全に上がった。
客の熱に煽られると、こいつは決まって、やらかす。マイクスタンドを蹴り倒し、客席へ身を乗り出し、煽れるだけ煽る。そして曲の山場で、いつものアレをやる。
ステージの袖から、火のついた松明を一本、引っ掴んだ。口には、いつの間にか強い酒を含んでいる。仕込んでいたらしい。
まずい、と思ったときには遅かった。
ハヤトが、松明に向かって思い切り酒を噴いた。
ぼうっ、と巨大な火柱が立ち上がる。オレンジの炎がステージの天井近くまで噴き上がって、ハヤトの血涙メイクを赤々と照らした。腐った顔の男が、口から火を吐いている。地獄の絵面だ。
「うおおおおおおっ!」
魔族たちが、完全に振り切れた。
「火を、口から火を吐いたぞ!」
「やはり冥府の主! 我らの導き手!」
「燃やせ! 燃やし尽くせ!」
燃やすな。
ハヤトはご満悦で、もう一発、火を噴いた。客がさらに沸く。完全にいつものライブだった。元の世界なら、ここがいちばんの見せ場だ。
ただ、今日に限っては、その見せ場が、すべてをぶち壊した。
ステージ脇で、エレンが、信じられないという顔で固まっていた。
「火……口から、火を……」
「人間ではない……人間が、口から火など、吐くものか……!」
いや、吐くんだよ。仕込めば。普通の人間でも。
だが、今ここでそれを説明したところで、誰が信じる。ついこの前「俺たちはごく普通の人間だ」と言い張った口で、火を噴いているのだ。説得力という説得力が、炎と一緒に燃え尽きていた。
ミラはもう、隅でうずくまったまま顔も上げない。
最後の一音まで、ハヤトは絶好調だった。シンイチの低音が地を這い、俺のギターが最後の悲鳴を上げて、曲が終わる。
ホールが、爆発した。
「うおおおおおおおっ!」
「力が漲る! 今なら何でもできるぞ!」
「冥府の四候に栄光あれ! 我らが導き手よ!」
魔族たちが口々に吠え、床を踏み鳴らす。何人かは感極まって泣いていた。ザントなんかは、最前列で両手を組んで天を仰ぎ、滂沱の涙を流している。いつもの光景だ。儀式は大成功、と言っていい。魔族の側から見れば。
問題は、人間の二人だった。
俺はギターを下ろして、ステージを降りた。とりあえずエレンのところへ行って、何か言わなきゃと思った。具体的に何を言うかは、決まっていなかった。
「えっと、エレン。あれだ、今のは――」
「来るな!」
エレンが、椅子を倒して立ち上がった。腰が抜けていたはずなのに、火事場の馬鹿力というやつだろうか。壁を背にして、俺たちを順番に睨みつけてくる。さっきまでの、飯を食って呆れた息を吐いていた顔とは、別人だった。
「やはり、貴様らは……貴様らは、そういうものだったのだ!」
「いや、待て、落ち着け」
「あんな、あんな歌を、笑いながら! 死人に花を植えて育てるなど、まともな者の発想ではない! しかも、口から火まで……!」
まあ、そうだ。返す言葉がない。
「これには事情があってだな。歌詞っていうのは、必ずしも本心を歌ってるわけじゃなくて、表現というか、フィクションというか」
「ふぃくしょん?」
「作り話だ。実際に頭蓋に種を植えたりはしない。しないんだ。一回も」
「では、なぜ歌う! なぜ火を吐く!」
それを言われると弱い。
横で、ハヤトが助け舟を出そうとした。出そうとして、最悪の角度から出した。
「そうそう、ただの作り話だって。本当はもっと、優しい意味が込められててさ。ほら、たとえば、愛する人を忘れたくないとか、そういう」
「忘れたくないから、頭蓋に花を植えるのか!?」
「あ……いや、それは比喩で」
「比喩で死体を花壇にするな!」
花壇にするな、は、ちょっと面白かった。が、今は笑える場面じゃない。
エレンの剣幕に押されて、ハヤトが黙り込む。代わりに、シンジがおずおずと前に出た。
「あのさ、エレンさん。怖がらせたのは謝るけど、俺たち本当に悪い奴じゃ――」
「ひっ!」
エレンの肩が跳ねた。シンジが一歩近づいただけで、また顔が青くなる。そりゃそうだ。さっきまで頭蓋がどうのと歌っていた連中の中でも、いちばん見た目のやばい、釘の刺さった大男が近づいてくる。説得力という意味では、最悪の人選だった。
「シンジ、下がってろ」
「うん……ごめん」
シンジが、しょんぼりと後ろに戻っていく。
その間、ミラはずっと隅にいた。耳を塞いだまま、こちらを見ようともしない。エレンがそっちへ駆け寄って、庇うように抱き寄せる。二人とも、完全に怯えきっていた。
昨日まで、同じ卓で飯を食っていたのに。ミラは笑っていたし、エレンは呆れた息を吐いていたのに。
たった一曲で、振り出しに戻ってしまった。
いや、正確には振り出しより少し悪い。最初は「得体の知れない冥府の者」だったのが、今は「得体が知れて、なおかつ頭蓋に花を植える歌を喜んで歌って、口から火を吐く連中」になった。情報が増えたぶん、むしろこじれている。
俺は、誰もいなくなったステージを振り返った。まだ熱気の残るホールで、魔族たちは最高の顔をしている。
選曲を、完全に間違えた。
いや。よく考えると、選曲の問題ですらなかった。うちの曲、全部こうだ。どれを選んでも、行き着く先は頭蓋か内臓か血の海だ。そもそも、人間の女の子二人に見せていいバンドじゃなかった。
「……レイジ」
ハヤトが、疲れた声で言った。
「これ、どうやって挽回すんの」
「分からん」
本当に、分からなかった。




