Skull in Bloom③
翌日になっても、どう挽回したものか、答えは出ないままだった。
あれだけ怖がらせたのだ。エレンとミラが、しばらく顔も見たくないと思うのも当然だろう。俺たちは部屋で、四人揃って頭を抱えていた。
いや、四人ではなかった。シンジは早々に挽回を諦めて、出された果物を食っている。
「シンジ、お前なあ」
「食わないと、気が滅入るんだよ」
そんなことを言っていると、扉が叩かれた。入ってきたのは、宰相のザントだった。そして、なぜかその後ろに、エレンとミラもいる。二人とも、昨日あれだけ俺たちを睨んでいたのが嘘のように、しおらしい顔をしていた。
俺は身構えた。また何か、ややこしいことが起きる予感しかしない。
「四候の皆様」
ザントが、恭しく頭を下げる。その目は、なぜか少し潤んでいた。
「昨晩の儀式、まことに、心を打たれました。あまりに感じ入ってしまい、つい先ほど、エレン殿とミラ殿にも、私の思うところを語って聞かせておったのです」
嫌な予感が、急速に濃くなる。
「あの歌は、亡くした者を想う歌でございましょう」
俺は、口を半分開けたまま固まった。
いや。あれは、頭蓋に種を植えて花を育てる歌だ。亡くした者も何も、そんな上等な情緒は、一滴も込めていない。
「戦で散っていった、戻らぬ者たち。もう二度と会えぬ者の面影を、せめて己の裡に咲かせ続けたい。離さぬと誓う。あの絶望の音の底に流れていたのは、そういう、深い慈しみでございました。私は、そうエレン殿たちにお伝えしたのです」
伝えないでくれ。
ザントの目から、ぽろぽろと涙がこぼれていく。本気だった。こいつは心の底から、そう信じている。疑う様子など、微塵もない。
しかも、その解説を、もう二人は聞いてしまったあとなのだ。
「……そう、なのか」
エレンが、揺れた目で俺を見た。
「あれは……そういう、歌だったのか」
まずい。完全に、信じる側に傾いている。
「最初に聞いたときは、私も、耳を疑った」エレンが、ぽつぽつと続ける。「だが、ザント殿があまりに、本気で泣くものだから。……それに」
エレンは、言いにくそうに、俺たちを見回した。
「貴様らは、見た目はこうだが。私たちと、同じ卓で飯を食った。ミラが笑ったときは、嬉しそうにしていた。悪い者には……見えなかった」
いや、待て。飯は飯、歌は歌だ。話が混ざっている。
「そんな者たちが、ただ悪趣味なだけの歌を、歌うだろうか」
歌うんだよ。歌うの。それで二十年食ってきたんだよ。
だが、エレンの中では、もう答えが出てしまっていた。一度そう思い込むと、あとは何もかもが、その証拠に見えてくるらしい。
「私は、間違っていた」エレンの声が、震える。「恐ろしい言葉ばかりに気を取られて。その奥の、本当の悲しみを、見ようともしなかった」
「私も」ミラが、目元を押さえた。「耳を、塞いでしまって。あんなに、深い想いの歌だったのに」
二人が、揃って頭を下げてくる。
「すまなかった。貴様らを、誤解していた」
「ごめんなさい……」
頭を、下げないでくれ。罪悪感で、胸が痛い。
これは、もう、俺が嘘をついて謝らせているのと変わらない。本当のことを言うべきだ。あれはただの悪趣味な歌で、深い意味なんて一個もない、と。
俺は、口を開きかけた。そして、エレンとミラの、憑き物が落ちたみたいに穏やかな顔を見て、言葉を呑んだ。
ここで「全部適当でした」と言えば、この空気は一瞬で凍る。元の、警戒だらけの関係に逆戻りだ。
……言えるわけが、なかった。
「……まあ、そういうことだ」
我ながら、最低の相槌だった。
すると、隣でハヤトが、しみじみとした声を出した。
「レイジ……お前、そんなこと考えてたのか。俺、お前のこと、ちょっと誤解してたわ」
おい。
「もっとこう、何も考えてない奴だと思ってた。見直した」
その誤解のほうが、正しいんだよ。
俺は、見えない角度でハヤトの脇腹を小突いた。ハヤトが小さく呻く。だが、その仕草さえ、周りには照れ隠しに見えたらしい。ザントもエレンもミラも、温かい目で俺を見ている。
居心地が、最悪だった。
そのとき、部屋の隅にいたシンイチと、目が合った。
こいつは、何も言わなかった。ただ、すべて分かっているという顔で、口の端だけを、わずかに上げた。お前も大変だな、とでも言いたげに。
助けてほしいときには、絶対に助けてくれない男だった。
とにかく、場は丸く収まった。とんでもない勘違いの上にだが、収まってしまった。エレンとミラの怯えは、嘘のように消えている。それどころか、二人が俺を見る目には、うっすらと尊敬みたいなものまで混じりはじめていた。
その日の午後には、エレンの口は、嘘みたいに軽くなっていた。
「貴様らになら、話してもいいかもしれん」
そう前置きして、エレンは人間側のことを語りはじめた。
「私たちが、なぜ戦場に立たされたのか。誰が、この戦を、望んでいるのか。……聖堂の、上の者たちのことだ」
その声に、これまでなかった、苦いものが混じる。
俺は、姿勢を正した。頭蓋の花の話で緩んでいた空気が、ここでようやく、引き締まる。
ただ、一つだけ。
二人が俺を見る目が、すっかり「深い詞を書く、尊敬すべき男」になってしまったことだけは、もう、どうしようもなかった。




