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猟奇V系バンド、魔王城へ転移したら「黒き冥府の四候」として崇められた  作者: たま8


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修羅の目覚め③

 少女は軽い足取りで、伏せる魔族たちの間を抜けて、こちらへ駆けてきた。神とは思えない、ただの浮かれた若者の動きだった。


「アタシ、こんな音初めて聴いた! ねえ、もっと聴かせてよ! もう一回!」


「いや、あの……」


「ねえってば! ケチんないでさ! アタシ、何百年ぶりかに目ぇ覚ましたんだよ? 起きて早々こんな面白い音に出くわすとか、ツイてるじゃん。ねえ、やってよ!」


 伝説の魔神が、目をキラキラさせて、ライブのアンコールをねだる客とまったく同じ顔をしている。


「あの、ちょっと待ってくれ。気持ちは嬉しいんだが、今はそれどころじゃないんだ」


「えー、なんで?」


「見ろよ、これ」


 俺は戦場を指し示した。白い軍勢と、魔族の軍。一触即発の、戦の真っ最中だ。


「戦争中なんだよ。悠長にアンコールなんて、やってる場合じゃない」


「せんそー?」


 少女は心底どうでもよさそうに戦場を眺めた。数万の兵が睨み合う光景を、そのへんの石ころでも見るような目で。


「ふーん。で?」


 で、と言われても困る。


「で、じゃない。放っておいたら、大勢死ぬんだよ。俺たちは、それを止めたくて……いや、止めるっていうか、せめて魔族が一方的にやられないように、こうして音を鳴らしてるんだ」


「ふーん」


 少女は、しばらく爪をいじっていた。だが、ふと、何かを思いついたように顔を上げた。


「ねえ。じゃあさ。この戦、アタシが終わらせたら、もっと音楽聴かせてくれる?」


 俺は固まった。


「……終わらせる?」


「うん。だってアタシ、そういうの得意だもん」


 少女は胸を張った。


「何を隠そう、魔神の中でもアタシの担当は戦《いくさ》だからね! 争いごとなんて、アタシの庭だよ。こんなの、終わらせようと思えば一瞬!」


 その言葉に、嘘の匂いはなかった。浮かれたギャルの顔をしているくせに、その一言だけは底が知れなかった。さっきから俺の体を強張らせていたものの正体は、これだったらしい。


 できるのか、と訊くまでもなかった。こいつにはできる。だが。


「ただし、条件がある」


 俺がそう言うと、少女は不満げに口を尖らせた。


「えー、なに。注文多くない?」


「殺しは、なしだ」


 少女の動きが止まった。


「この戦を終わらせてくれるのはありがたい。でも、殺すのはなしだ。人間も魔族も、一人もだ」


「なんで? 戦争なんでしょ。殺し合うもんじゃん」


「あそこに、俺たちの仲間がいる」


 俺はステージの脇のエレンとミラを指した。二人ともこの状況に呑まれながら、じっとこちらを見ている。


「あいつらは人間だ。それに俺たちだって、元は人間だった。人間を皆殺しにされたら寝覚めが悪い。それに魔族のほうも、無駄に殺せば恨みが残る。恨みが残れば、また戦になる。そういうのは、もうたくさんなんだ」


 少女はしばらく俺をじっと見ていた。それから、ふっと笑った。今度は寝ぼけた顔でも、はしゃいだ顔でもない。もっと底の知れない、古い笑みだった。


「アンタ、変なこと言うね」


 くるりと背を向ける。


「いいよ、殺しなし。そういう縛りのほうが、たまには燃えるっしょ。退屈しのぎには、ちょうどいい」


 少女が戦場のほうへ一歩踏み出した。


 その瞬間、昼だったはずのあたりが、すっと暗くなった。


 太陽が翳ったのではない。空の色はそのままに、光だけが世界から抜き取られたようだった。魔族も人間も、ステージの上の俺たちも、突然の薄闇の中でぽつんと立ち尽くしている。


 何が起きたのか分からなかった。


 分からなかったが、次の瞬間、正面の白い軍勢のほうから悲鳴が上がりはじめた。


 一人ではない。何十人、何百人。やがて三万の軍勢のあちこちから、堰を切ったように絶叫が湧き上がってきた。


「うわああああっ!」


「い、いやだ、来るな……来るなあっ!」


「死にたくない……死にたくない!」


 人間の兵たちが、次々と得物を取り落として頭を抱えていく。剣を杖にしてかろうじて立っている者も、顔面は蒼白で、目の焦点が合っていない。まるで、そこにいない何かを見て怯えているようだった。


「……何をしてる?」


 俺が問うと、少女は振り返らずにけだるげに答えた。


「見せてやってんの。アタシと戦ったら、どうなるかを」


「見せてる?」


「そ。あいつら一人一人にね、この先をちょっとだけ。アタシに逆らったら、自分がどんなふうに終わるのか。剣を抜いた瞬間からどうなるのか。ぜーんぶ、先に見せてあげてんの」


 背筋が冷えた。


 殴るでも焼くでもない。ただ、勝てない未来を頭の中に直接流し込む。実際には、まだ指一本触れていない。触れていないのに、兵たちは自分の行く末を、これ以上ないほど鮮明に見せられている。


「これでもう、誰もアタシとやろうなんて思わない。ほら」


 少女が指を鳴らす。


 光が戻ってきた。


 昼があたりに帰ってくる。だが、戦場の景色は一変していた。


 白い軍勢は、もう軍勢の体をなしていなかった。武器を投げ捨て、我先にと背を向けて逃げ出していく。押し合いへし合い、転がるように丘の向こうへ。あれほど整然と並んでいた三万が、統率も何もない、ただの怯えた群れになって散り散りに潰走していく。


 指揮官らしき声が、必死に制止をかけていた。だが、もう誰の耳にも届いていない。


 誰も死んでいなかった。


 血の一滴も流れていない。だが、聖王国の大軍は、完膚なきまでに敗走していた。


 少女は、その光景をつまらなそうに眺めていた。


「はー。やっぱ、こういうの好きじゃないんだよね」


 伸びをしながら、ぼやく。


「アタシ、戦の魔神だよ? 本当はさ、正面からドンパチやって、力ずくでねじ伏せるのが専門なわけ。斬った張ったの真っ向勝負。そういうのが、いちばん燃えるんだって」


 少女は、逃げ散る人間たちを心底物足りなさそうに見送った。


「なのに、殺すなって言うからさあ。仕方なく、こういう地味なやつで済ませたわけ。戦う前から心折って、追い返すだけ。ぜんっぜん面白くない。アタシの趣味じゃないの、こういうの」


 趣味じゃない、と言いながら、三万を一人残らず指一本触れずに追い返している。


 これが「地味なやつ」で「済ませた」結果なら、こいつが本気で暴れたら、どうなるのか。


 考えたくもなかった。

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