修羅の目覚め①
城は、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
広間には魔王さんを中心に、ザント、ロザリア、軍の幹部たちが集められていた。俺たち四人と、エレンとミラもその隅にいる。誰も俺たちを追い出そうとしなかった。もう、そういう扱いではなくなっていた。
「敵軍、およそ三万。聖王国の正規軍を中心とした、連合軍です」
ロザリアが報告する。
「これまでの侵攻とは桁が違います。加えて、先頭に立つ勇者と聖女が、確認できただけで五組。全軍の士気は、異様なほど高いと」
広間が、重くざわめいた。
三万。数字だけではピンとこなかったが、幹部たちの顔色を見れば十分だった。魔族の全軍をかき集めても、まるで届かない数らしい。
「籠城は」
「もちません。城に至るまでに村がいくつもあります。民を見捨てることになります」
「では、迎え撃つしかありませんね」
魔王さんは静かに言った。声は落ち着いていたが、握った手が白くなっていた。
「これまで通り、出陣前に音の儀式をいただければ、兵たちは何倍にも強くなります。ですが──」
ザントが、言いにくそうに続けた。
「儀式の力は、時とともに薄れまする。城で授かった力が、戦場に着く頃には半分。戦の半ばには、素の力に戻ってしまう。これまでの規模の戦なら、それでも足りました。ですが此度は……」
広間の視線が、ちらちらとこちらへ集まってくる。誰も口には出さない。出さないが、言いたいことは全員同じだった。
先に言ったのは、ハヤトだった。
「……なあ、レイジ。これってつまり、あれだろ。現地でやってくれって話だろ」
「だろうな」
「戦場でライブって、正気か?」
正気じゃない。だが、理屈は通っていた。城で演ってから送り出すより、戦場のど真ん中で鳴らし続けたほうが、効果は落ちない。むしろ上がり続ける。要するに野外ライブだ。客が三万の敵軍と隣り合わせなだけで。
魔王さんが、深々と頭を下げた。
「四候の皆様。このようなお願いをする資格が、我々にないことは承知しています。ですが──どうか、戦場で、音の儀式を」
俺は、すぐには答えなかった。
怖い。単純に、怖い。俺たちは剣も振れないし、魔法も使えない。ただの四十過ぎのバンドマンだ。戦場に立ったところで、流れ矢一本で終わる。
だが、断ったところで、行き着く先は分かっていた。この城で飯を作ってくれる侍女も、菓子をくれる子どもらも、三万に飲み込まれる。それを城の中で、報せを待ちながら聞くのか。俺には無理だった。
ハヤトたちの顔を見回した。三人とも、もう腹を決めた顔をしていた。ハヤトが小さく頷き、シンジは青い顔のまま、それでも逃げる素振りはない。シンイチが、いつも通りの無表情で言った。
「やるしかない」
そうだよな。
「分かりました。やります」
俺が言うと、広間がどよめいた。魔王さんが顔を上げる。
「ただし、条件が一つ。俺たちは戦えません。演奏しかできない。だから、音を出してるあいだ、俺たちを死なせないでください。それだけです」
「無論です。この命に替えましても」
ロザリアが拳を胸に当てた。周りの幹部たちも、次々と膝をつく。やめてほしい。プレッシャーが増えるだけだ。
「私も行く」
エレンだった。
「剣なら振れる。四候の護衛に加えてくれ。言っただろう。魔族の側につくと。口だけではないと、証明させてくれ」
その隣で、ミラも小さく、けれどはっきりと言った。
「私も、行きます。傷を癒すことなら、できますから」
魔王さんが二人を見て、少し迷ってから、静かに頷いた。止めても聞かない、と分かる顔だった。
「では、決まりですね」
♮ ♮ ♮
出陣は、翌朝だった。
俺たちの機材は、巨大なトカゲが引く車に積み込まれた。アンプ、ドラムセット、マイクスタンド。戦支度の兵列の中に、黒い機材の山が、揺れながら運ばれていく。
「なんか、ツアーの搬入思い出すな」
シンジが呑気に言った。
「ツアーで三万人に命狙われることはねえよ」
「まあね」
丘をいくつか越えると、視界が開けた。
なだらかな平原の先に、聖王国の旗が並んでいた。整然と組まれた軍列は、地平線の右から左まで、途切れずに続いている。端が、見えない。三万と聞いたときはぴんとこなかったが、こうして目の前にすると、笑うしかなかった。
こちら側の丘の上には、夜のうちに組まれたステージがあった。木組みの土台に板を渡しただけの、無骨な代物だ。それでも、ちゃんとステージだった。魔族の工兵が、徹夜で建ててくれたらしい。
機材が運び上げられ、ケーブルが繋がれていく。
俺はギターを担いで、ステージに上がった。
眼下に、魔族の全軍。正面の彼方に、人間の大軍。
こんなにでかい客前に立つのは、二十年やってきて初めてだった。




