聖戦 〜真の目的〜
その日、エレンとミラは、いつもとどこか様子が違っていた。
飯のあと、二人がそろって俺たちの前に座り直した。エレンは背筋を伸ばし、ミラはその隣で膝の上の手をきゅっと握っている。何かを切り出すときの顔だった。
「レイジ。お前たちに、話がある。ちゃんと、聞いてほしい」
「ああ。なんだ、改まって」
エレンは少しだけ言葉を探すように間を置いてから、口を開いた。
「私たちは決めた。もう人間側へは戻らない。お前たち魔族の側につく」
ハヤトが茶を吹きかけた。シンジは果物を齧る手を止めている。
「いやいや、待て。気持ちはありがたいけどな。お前ら、人間だぞ。勇者と聖女だ。そんな簡単に決めていいことじゃ──」
「簡単に決めたわけではない」
エレンの目に、迷いはなかった。この城へ来たばかりの頃、縄で縛られて「殺せ」と繰り返していた、あの追い詰められた目とはまるで別物だった。
「ずっと考えていた。この城で暮らして、毎日考えていた。そのうえでの結論だ。私たちは教わってきた。魔族は神に背く穢れだと。情を持たぬ獣で、滅ぼすことが正義なのだと。疑ったことは一度もなかった。だが、ここで暮らしてわかった。全部、嘘だ」
「魔族の人たちは、優しいです」
ミラが、消え入りそうな、けれど芯のある声で続けた。
「私が粗相をしても、笑わずに気遣ってくれました。子どもたちは可愛くて、兵士の人たちも家族思いで。人間と、何も変わりません。獣なんかじゃ、ありませんでした」
「むしろ、攻め込んで土地を焼いて、命を奪っているのは私たち人間のほうだ。どちらが獣か、わからなくなった」
俺は何も言えなかった。
二人がこの結論にたどり着くまでに、どれだけのものを捨てたのか。生まれてからずっと信じてきた神を、国を、教えを。それを全部、自分の目で見たものを信じてひっくり返した。生半可な覚悟でできることではなかった。
「それでだ。お前たちには話しておきたいことがある。私たちが知っている、人間側のことだ」
エレンは、そう前置きして、ゆっくりと語りはじめた。
「人間の国は、一つではない。いくつもの国が、北の大陸に散らばっている。だが、こと魔族との戦に関しては、ほとんどの国が一つの旗のもとに集まっている。その中心が、聖王国だ。人類連合の盟主。最も豊かで、最も兵が多く、最も古い」
「で、その聖王国が、戦をやりたがってるってわけか」
「正確には、聖王国の中の、聖教会だ」
エレンの声が、一段低くなった。
「神の教えを説き、人々の信仰を束ねる組織だ。その教えでは、魔族は穢れ。この世から拭い去るべき、汚れた存在とされている。魔族を殺すことは罪ではない。むしろ神聖な務めなのだと。私も、そう教わって育った」
「で、その聖教会を、束ねてる奴がいる、と」
「大神官だ」
初めて聞く名だった。いや、役職か。エレンの口ぶりからして、ただの坊主ではなさそうだった。
「聖王国の王は、表向きの頂点にすぎない。だが、戦を本当に動かしているのは王ではなく、その大神官だ。神の言葉を伝える者として、王ですら無視できない力を持っている。魔族との戦を、最も強く望み、最も巧みに焚きつけているのが、その男だ」
「会ったことは、あるのか」
「顔くらいは、な。私もミラも、その大神官に選ばれた。勇者と聖女として」
俺は、前に聞いた話を思い出した。二人が、神に選ばれた象徴として、いちばん前に立たされた。その張本人が、その大神官というわけだ。
「ただ、正直に言うと、私にもあの男の本当の狙いは、わからない」
エレンは、窓の外へ目をやった。城の向こうに広がる、魔族の領土。
「ずっと、神の教えだからだと思っていた。魔族は穢れだから滅ぼす。それが大義なのだと。だが、この城で暮らすうちに、別のものが見えてきた。この土地の、豊かさだ」
「豊かさ?」
「来るまでは知らなかった。魔族の地は、痩せた呪われた土地だと教わっていたからだ。だが違った。畑は実り、森は深く、川は澄んでいる。地下には上等な鉱物が眠っているという。食料も資源も、人間の国よりよほど豊かだ」
言われてみれば、そうだった。この城の飯はいつも妙にうまい。シンジが毎日あれだけ食っても、食料が尽きる気配がない。
「だから、私は思うのだ。あの男が掲げる聖戦も、神の教えも、本当はただの建前なのではないかと。魔族を穢れと呼んで滅ぼし、この豊かな土地をそっくり奪う。それが本当の狙いなのではないかと」
「身も蓋もない話だな」
「ああ。だが、案外そんなものかもしれん。土地を得れば、国は潤う。民も喜ぶ。神の名さえ掲げておけば、誰も簒奪とは呼ばない。聖なる戦、ということになる。よくできた仕組みだ」
神の名で飾った、ただの土地の奪い合い。そう考えると、これまでの戦の理屈が、妙にすっきり通る気がした。
「もっとも、それだけかもわからん。あの男の頭の中には、もっといろいろな思惑が重なっているのだろう。権力か、名声か、私の知らない何かか。結局、私にわかるのは、この戦が語られているほど聖なるものではない、ということだけだ」
部屋に、しばらく沈黙が落ちた。
その沈黙を破ったのは、廊下を駆けてくる慌ただしい足音だった。扉が勢いよく開いて、ロザリアが飛び込んでくる。その顔は、これまで見たことがないほど強張っていた。
「四候の皆様! エレン殿、ミラ殿も!」
「どうした」
「人間側の軍が、国境を越えました。これまでとは規模が違います。それに──先頭に、勇者と聖女が。それも、一人や二人ではありません。何人もの勇者と聖女が、軍を率いています」
エレンの顔色が変わった。
「……そんな、馬鹿な。何人も戦場に出してくるとは。あの男、ついになりふり構わなくなったか」
窓の外。遠い地平線の向こうに、うっすらと土煙が上がりはじめていた。
でかい戦がそこまで来ている。




