メンバー紹介②
うちのボーカル、ハヤトとはいちばん付き合いが長い。
なにしろ幼稚園からの腐れ縁だ。砂場で一緒に泥団子を作っていた頃からの仲だと言えば、どれだけ古いかわかってもらえるだろうか。あの頃から、あいつは何も変わっていない。図体ばかりでかくなって、声が低くなっただけだ。中身は泥団子の頃のままだった。
まさかこいつとバンドを組むことになるとは、思ってもみなかった。
ハヤトは頭が、その、あまりよくない。
いや、言い方が悪いか。バカではある。だが不真面目なバカではない。むしろ人一倍真面目なのだ。真面目なのにバカ。これがいちばんたちが悪い。
たとえば何かを思いつくと、後先を考えずに全力でやる。ライブで火を吹こうと決めたら、本当に強い酒を仕込んできて客の前で吹く。盛り上がればやる。盛り下がっていてもやる。とにかく決めたらやる。
歌詞を覚えるのも苦手だ。あれだけ歌っているのに本番で飛ばす。飛ばした穴を例の「fuckin'」で埋める。本人はそれで乗り切ったつもりでいる。乗り切れていない。
だが不思議と憎めない。
あいつには裏がない。考えていることが全部、顔と態度に出る。嬉しければ笑い、悔しければ泣く。腹が減れば不機嫌になる。子どもみたいにわかりやすい。二十年以上一緒にいても、こいつに裏切られるとか出し抜かれるとか、そういう心配をしたことが一度もなかった。
それにハヤトには、守るものがある。元の世界に、嫁と娘がいるのだ。
あの単純な男が、家族の話をするときだけは少し顔つきが変わる。ライブの帰りに牛乳を買って帰るのが、あいつの日課だった。今頃、家族がどうしているか。それを思うと、笑っていてもふと寂しそうな目になる。
たぶんこの四人の中で、いちばん元の世界に帰りたがっているのはハヤトだ。口には出さないが。まあ出さないというより、うまく言葉にできないだけかもしれない。あいつは難しいことを言うのが苦手だから。
最後に、俺のことも少し話しておくか。
レイジ。Jesus Painのギターで、リーダーで、詞のほとんどを書いている男だ。バンドの中ではまあ、いちばんまともな役回りということになっている。火を吹くわけでも、釘が刺さってるわけでも、幼稚園児のままでもない。常識的にツッコミを入れる係。それが俺だ。
元々やっていた音楽は、メタルだった。重くて、速くて、骨太な、そういうやつだ。若い頃の俺は、それに本気で打ち込んでいた。あの地の底から響くようなドスの効いた音を、心底鳴らしたかった。
ただ、それを馬鹿正直に鳴らすだけでは、なかなか客の間口が広がらない。そういう時代だった。それに、メタル一本だと、どうにも女性客が少ない。ゼロではないが、フロアを見渡せばむさ苦しい男ばかり。これが地味にこたえる。
とくにシンジやハヤトあたりは、客席に華がないと、てきめんにモチベーションが下がる。あいつらにとって、可愛い女の子の声援は、ギャラの次くらいに大事な燃料だった。バンドを長く続けるには、そのへんの士気も馬鹿にできない。
そこで俺たちは、化粧をすることにした。
間口を広げて、あわよくば女性客も呼び込むための、試行錯誤の末の選択だった。多少はV系というものも勉強して、曲調もいくらかそっちへ寄せた。芯のメタルはそのままに、化粧と聴かせ方の工夫を足したわけだ。
もっとも、始めた頃の化粧は、もっとまともだった。
白塗りに、目元を濃く取って、唇を黒く。耽美で、退廃的で、まあ言ってしまえば王道だ。あれはあれで、それなりに様になっていたと思う。少なくとも、女の子が悲鳴を上げて逃げ出すような面相では、なかった。
それが、どこでこうなったのか。
年を追うごとに、メイクは少しずつ過激になっていった。もっとインパクトを、もっと目立つものをと欲を出すたびに、血糊が増え、傷が増え、爛れが増えていく。気づけば、白塗りの美形はどこにもいなくなっていた。残ったのは、腐って崩れたこの死体面だ。
誰かが「やりすぎだ」と止めるべきだったのかもしれない。だが、四人とも止めなかった。むしろ面白がっていた。そうやって、俺たちは後戻りできないところまで来てしまった。
猟奇、殺戮、破壊、絶望。
Jesus Painのこのコンセプトも、元をたどればそこだ。メタルの連中が昔から好んで歌ってきた世界。死だの屍だの終末だのを、これでもかと並べ立てる、あの美学。俺の書く頭蓋だの内臓だのの歌詞は、要するにその延長でしかない。
そんな俺たちが、巡り巡って異世界で、本物の「冥府の四候」として崇められている。
売れるために塗った化粧。食うために掲げたコンセプト。そのどれもが、ここでは嘘みたいに本気で通用している。魔族は俺たちの音で本当に強くなり、俺たちの歌詞を本気でありがたがる。
皮肉なものだと思う。元の世界では狭かった間口が、異世界ではこれ以上ないほど大きく開いていた。
そんなことをぼんやり考えていると。
「四候の皆々様」
声に振り向くと、宰相のザントがいつものように恭しく頭を下げていた。
「本日の音の儀式も、何卒よろしくお願い申し上げます」
今日も、ライブの時間らしい。
「行くぞ!」
俺が音を鳴らした瞬間。今日も、歓声が聞こえる。
元の世界では満員にできなかった俺たちの音に、異世界のフロアが、これでもかと沸いていた。
まったく、おかしな話だ。




