9 陽編 心臓が忙しい
フレデリックは、何とか意識を保つ。
顔から流れる出る冷や汗を、軽く押さえて、
「・・・大丈夫です。では仕事に戻ります。」
とボルソワーレ侯爵に答え、
すっと、仕事に戻ることにする。
しかし・・
全く仕事が手につかない。
手に持つ資料の文字が読めない…
同僚が話す声が聞こえない…
さらに、
隣の同僚から、目の前で手をひらひらさせて
“意識の確認”までされている。
__そんな状況の中、フレデリックは
なんとか頭を整理する。
先ほどのボルソワーレ侯爵の話では、
今まさにお茶会が開かれているという。
ソフィアのお茶会がどうしても気になる。
ドレスは間に合ったか?
辛い思いはしていないか?
勝手がわからず、
上流貴族に、つまはじきにされていないか?
あれほど練習していたが、マナーに不安はないか・・・
思いつく限りの“心配”が頭の中を
ぐるぐると何週も回り始める。
__そうだ。
この感情も知っている。
だが、今回に限っては違う。
これはただの“心配”だ。
自分の仕事にかかわる部分を
知らずにソフィアに
任せてしまった事への
“申し訳なさ”だ。
二週間ほど会っていないソフィア。
・・・・お茶会はそろそろ終わるはずだ。
そうだ、今すぐ迎えに行こう!
突然立ち上がり、仕事を切り上げ始める。
そして
彼女を迎えに行く準備をする。
ボルソワーレ侯爵はほほえましく
その慌てぶりを見ている。
「・・君も過保護になったものだな」
とその場で、仕事を早く切り上げる許可をくれた。
百面相のようなフレデリックを
間近で見ていた同僚たちは
ニコニコして
仕事を引き継いでくれた。
飛び出すように職場を出る。
止まっていた馬車を捕まえて、
急ぎ侯爵邸へ向かう。
侍女長からドレスの話があった時に
なぜ確認しなかったのか__。
ソフィア。
どんな気持ちで今日を迎えただろう。
一日でも屋敷に帰っていたら、
状況は変わっていただろうか・・・。
※※
王都の中心部にある
立派な屋敷の前で馬車が止まる。
執事により屋敷に通されたフレデリック。
茶会という、使用人にとっては忙しい日であっても
急な訪問に丁寧に対応してくれる。
ボルソワーレ侯爵邸を訪問したのは
初めてではなかったが、
改めてその厳かな雰囲気に
緊張してしまいそうになる。
城のような本邸を抜けると、奥には
芝生のグリーンが映える中庭がある。
まぶしいほど華やかなドレス姿の夫人や令嬢が
数人見え、茶会を楽しむ声が近づいてきた。
手入れが行き届いた芝生に足を踏み入れる。
まさに今、目の前で豪華な茶会が開催されている。
(ソフィアのドレスの色すら、わからない。)
フレデリックは執事に案内された庭で
キョロキョロとソフィアを探す。
その姿を侯爵夫人が、素早く見つける。
「フレデリック様、もう奥様をお迎えに?」
手を振ってこちらに合図を送っている。
ひとまず、夫人にご挨拶だ。と
近づいていくと、夫人はにっこりほほ笑む。
その反応で、ソフィアが辛い思いはしなったようだと。心からホッとする。
そして、隣にいるとても美しい女性の背中を支えるようにして、夫人は話を続ける。
「フレデリック様、本当に今まで奥様を
よく隠していらっしゃったわね。」
夫人はほほ笑む
「私たち、驚いていますのよ?」
そういって、隣の美しい女性に笑みを向けている。
フレデリックは
こちらを見ている女性と、
目を合わせないようにしていた。
そして夫人に、
「妻を目にかけていただいた事」に対する
礼を笑顔で述べた。
しかし・・
その心の中は
早くソフィアを探しださなければ。という
思いしかない。
焦る気持ちを抑えながら
フレデリックは、そのあとも夫人と少し言葉を交わし、キョロキョロと当たりを見渡し、
ソフィアを探す。
その様子に夫人は
クスリ。
と笑う。
「まぁ・・まぁ・・フレデリック様。
お忙しくて最近、帰宅されていないと
主人から聞いておりましたが・・」
すこし、間があいた。
「一段と美しくなられた奥様に驚いていらっしゃるのかしら?」
といって、先程から夫人の隣にいた美しい
女性に向けて、
「ねぇ。ソフィア様」
といった。
なんと。
先ほどから夫人の隣にいた女性は
ソフィアだった。
・・・・。
驚きすぎて、言葉を失うと同時に
顔がボッと赤くなるのがわかる。
その様子を見て夫人はニコリと笑い
「・・よほど愛していらっしゃるのね。
お茶会に迎えにいらしたのは、
フレデリック様だけでしてよ?」
とソフィアにもほほ笑む。
色白の美しいソフィアは
ペールピンクのシフォンのような生地に身を包み
長い髪を緩く巻いて胸には、以前贈った、
イエローゴールドの宝石を身に着けている。
美しい。
「旦那様。
お忙しい中、お迎えに来ていただいて、
ありがとうございます」
と嬉しそうにほほ笑んだ。
その時、フレデリックの心臓は発作を起こした。
その動悸は激しく、息苦しい。
胸を押さえたフレデリックを
心配そうにのぞき込むソフィアとともに、
そっと、お茶会を退席する。
馬車に乗るまでの間。
か細いソフィアの腕が、
フレデリックに優しく巻ついている。
薄いペールピンクのドレスは
とても彼女に似合っている。
「ドレス、似合っているよ」
その言葉だけは、何としても伝えたかった。
そして、二人を乗せた馬車が
伯爵邸に着いた途端。
倒れたのは、ソフィアだった。
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