3 陽編 馬に乗せられたお飾り妻
今回のフレデリックの休暇は三日程ある。
さてと、何から始めようか。
私室に着いてふと気づく。
そういえば・・・。
結婚してからソフィアに必要なものを
買いそろえたのか、侍女に確認していなかった。
仕事のミスはほとんどないのに、
お飾り妻のことは忘れていた。
侍女長のベルを呼ぶ。
「・・必要なものは、何でも買うように。と彼女に伝えておいてくれ」
それだけ言えば、あとはベルが上手くやるだろう。
そう思っていた。
しかし、ベルは困った顔をする。
「それが・・旦那様。
奥様はご自分のために何も買おうとしません。」
そういって、もうすでに何度もソフィアに提案したことを話す。
「ドレスの一枚。部屋着の一枚も必要ないとおっしゃって、
旦那様の前では持参した服を着ておられますし、
旦那様が留守の日は私どもと同じ使用人の服をお召しになっておられます」
その表情は、侍女長としての対応が十分できていない、申し訳なさからくるものだ。
…なんだ、それは?
そういいながら、昨日のソフィアの服を
思い出すこともできない。
結婚した翌日から、屋敷に住むことになる彼女のために、自分は何を準備したか思い返す。
ほとんど荷物ももたずに輿入れしたのに
部屋を整えたくらいで、ドレスを贈ったこともなければ、宝石を買ったこともない。
お飾り妻といえども“妻は妻”である。
使用人として契約したわけではない。
想定していなかった出来事に
気が回らなかった自分を反省する。
先ほどから指示を待つべルに、
これからどんなものが必要か確認し、
準備させることにした。
相談中、
「せっかくですから・・」
といって、柔らかくほほえみ
「旦那様からプレゼントされてはいかがでしょうか?」
と提案されたが、
「プレゼントではない。必需品を買いそろえただけだ。」
と答え、仕事に戻らせた。
ひと月屋敷を空けているといろいろなことが起こるものだ。
今回の三日間の休暇は、
結婚後、長期休暇を取らなかったため、
ボルソワーレ侯爵に“無理やり取らされた休み”だった。
本当は“一週間”といわれたが、そんなに長く休んでは
仕事に支障をきたす。ということで、
三日間になった。
急な休みで特に予定をいれてなかったので、
屋敷の日常を見る良い機会だと思っている。
さっそく、領地の資料に目を通す。
父の代から仕える執事、トマスは、領地のことも理解しており、いろいろと任せている。
本来、結婚したら妻にもその役割を
一部頼みたいところだが・・・
ソフィアとその契約はしなかったので、
今までと同様に管理する。
ギルフォード伯爵家の領地は複数あるが、
その一つは
国の名産であるフルーツの栽培が盛んだ。
今住んでいる、伯爵邸敷地内の片隅にもフルーツ庭園を造っている。
今年の出来具合を確認しておこう。
おもいたって、
フレデリックは敷地の隅にある
フルーツ庭園へむかうことにする。
伯爵家といえども、ギルフォード伯爵家の屋敷は
歴史が古く、敷地がかなり広い。
したがって、馬で敷地内を移動することもある。
久しぶりに馬にまたがり十分程度走る。
書類とにらめっこする日々と違って、
馬に揺られて受ける風は
気持ちがいいものだ。
奥にあるフルーツ庭園のわきに人影が見える。
お抱えの農業研究員とソフィアだった。
手にはメモとペンを握り、
二人で真剣に何やら話をしているようだ。
「・・では、手入れとしては、実がなったあとに枝を剪定して肥料をまくのは同じですね」
ん?
すこし聞こえたその内容と声から
ソフィアはフルーツを育てようとしているのか?
と思ったほどだ。
ゆっくり二人に近づく。
「おはようございます」
研究員がすぐに挨拶をする。
ソフィアもこちらに意識をむけ、
笑みを浮かべる。
「旦那様。こんなに立派なパオの実。
初めて見ました!私もお手伝いしてみたくて。
教えてもらっているところです」
見ると、手元のメモには細かな文字がぎっしりと書かれている。
こんな若い令嬢が農業に興味を持つとは。
研究員もソフィアが熱心なので楽しそうだ。
「ここには、パオしかないが、領地の一つが、一大フルーツ農園だ。
興味があれば、研究員に案内してもらうといい」
そういうと、ソフィアの顔はますます華やぐ。
「私、植物を育てるのが大好きなんです。
ここにきて、良かった」
観光程度のつもりの言葉だったが、
彼女は栽培に興味があるようで驚いた。
置かれた状況でも満足そうなソフィアをみて、
フレデリックも満足した。
しかし気になる点があった。
「ところで」
「屋敷から遠いこの場所まで君は歩いてきたのか?」
と聞く。
すこし沈黙がながれた。
研究員は さぁっと青ざめる。
ん?
ソフィアも目を泳がせていたが、
「あ、いえ、あの・・実は馬に
乗せていただいて・・」
と、言いにくそうに小声で答えた。
そうか。二人乗りできたのか。
フレデリックはなぜかすこしだけ、
モヤモヤしたが、
これは、
今回の休暇で初めて知ることが多かったからだ。
と結論付けた。
ソフィアがお飾り妻なことは
屋敷の者は全員知っている。
特にいうこともない。
「そう・・か。」
すると思い立ったように、研究員が
「あの・・あとは私がやっておきますので、
奥様は旦那様の馬でお戻りください」
といって、頭を下げた。
(いや。そんな気遣いは不要だが?)
ぽかんとしていると、
ソフィアが遠慮がちにこちらの様子をうかがうので、
「もう、用が済んだなら屋敷まで送ろう」
今着いたばかりだったが、
二人で馬にまたがり、屋敷に向かうことにした。
揺れる馬上はかなりの密着具合だ。
(研究員め。油断ならん)
ん?まてまて、この感情は。
研究員がお飾り妻に惚れる。などという
面倒な構図を避けたいだけだ。
納得。
目の前にいるソフィアの柔らかい髪が
風によって
フレデリックに触れる。
(いい香りだ)
穏やかに一日が過ぎていた。




