死前湯灌
星空が崩れる。
塩を浴びた蛞蝓のように身を震わせながら縮こまり、小さくなっていき、足元に置かれたスキットルの中に入っていく。
星空が全て入ると自然と蓋が閉まる。
「どれだけ時は進んだ?」
アクエリアスは、妖艶な笑みを浮かべて問う。
時の狭間に追いやられ、彼女にしてみたら一瞬で様相が変わったと言うのにその声にも態度にも動揺は見られない。
「三十分程度ですかね?」
幸は、ヘラっと笑って答える。
「クロノスの力でか?裕に百年は経ったかと思ったぞ」
アクエリアスは、面白い書物を読んだように喉を震わせて笑う。
「所詮は血の一滴ですから」
幸は、ヘラっと笑ってスキットルを内ポケットに入れる。
「それでも人の身で行えることとしては脅威と思います」
「確かにな」
アクエリアスは、両目を鋭くし、辺りを見回す。
大きな車輪のトレイ。その上に置かれた甘い香りの残るカップ。
陶磁のような青色の泡の山。
大きな瓶いっぱいに入った青い水。
質素な木の杯。
そして鮮やかな真紅に金の筋の入った卵。
「聖灰に聖水に聖杯、そして聖卵か」
アクエリアスは、ふっと笑う。
「イチャついてた訳ではなさそうだな」
「大切な娘さんに手は出しませんよ」
幸は、ヘラっと笑って後頭部を掻く。
アクエリアスは、海凪に目を向ける。
「逃げなかったのか?」
アクエリアスは、嘲笑するように言う。
「……お母さん」
海凪は、お腹に乗せた両手をぎゅっと握る。
「私は……貴方になります」
海凪は、細い身体を震わせながらも力強く母を見る。
アクエリアスは、すぅっと目を細めて娘を見る。
「この失敗作が……」
アクエリアスは、ぽそっと呟く。
海凪は、俯き、身体を震わせる。
「聖人」
「はいっ」
幸は、ヘラっと笑って答える。
「初めてくれ」
「……はいっ」
幸の表情から笑みが消えた。
「皆月さん、服を脱いでくれるかな?」
幸の言葉に海凪は、黒真珠のような目を大きく震わせる。
しかし、それは一瞬のこと。
海凪は、小さく頷くと黒のアンティークドレスを丁寧に脱ぎ、純白の下着とガーターベルトをつけた可愛らしい姿になる。
「下着も脱いで」
幸は、海凪の下着姿を見ても動揺することなく平然と伝える。
海凪は、頬を赤らめながらも下着を脱ぐ時小振りだが綺麗な胸と小さなお尻が露わになる。
「これを」
幸は、真紅に金の筋の入った卵……聖卵を海凪に差し出す。
「心臓に近い位置でそれを抱きしめるように持って」
「分かったわ」
海凪は、聖卵を受け取り、左乳房に沈めるように抱きしめる。
幸は、それを確認すると聖杯を取り、アクエリアスに近寄ると鎖切った尾鰭の前に置く。
内ポケットから黄金のナイフを取り出し、指先に先端を突き刺し、流れる血を杯の中に落とす。
刹那。
聖杯の木の筋が青玉のような輝きを放ち、木の根のようなもの無数に生え、アクエリアスに向かっていく。
アクエリアスは、微動だにすることなく自分に向かってくる木の根を見る。
木の根はアクエリアスを取り囲むように伸び、交差し、編み込みながら広がり、抱きしめるように腐りかけたアクエリアスの身体を持ち上げ、その身に沈める。
それはまるで赤子を揺らす揺籠のようであった。
幸は、聖杯の揺籠に横たわるアクエリアスを見下ろす。
「死前湯灌を始めます」
「任せた」
アクエリアスは、にっと笑う。
幸は、右手を真横に伸ばす。
青い水の入った瓶が大きく揺れる。
瓶の口から青い水が天高く昇り、蛇のように身をくねらせながら聖杯の揺籠に向かい、入り込む。
揺籠の中が青い水に満たされていく。
「ふふっ苦しんでおるわ」
アクエリアスは、楽しそうに笑う。
海凪には何が起きているか見えない。
しかし、幸とアクエリアスの目には青い水に触れて苦しみ悶えるそれらの姿が見えていた。
青い水に浸され、白い煙を噴き上げ、醜く爛れながら苦悶の声を上げ、消えていく。
「聖人の霊血と聖水の混じりもの。子奴らにとっては何よりも恐るる猛毒であろう」
「表面についた汚れを流してるだけですよ」
幸は、静かに左手を真横に伸ばす。
青い泡が舞い上がる。
大きなシャボン玉の群れが鬼火のように揺れながら幸の左手に集まっていく。
海凪は、目を震わせて聖卵をぎゅっと抱きしめる。
「聖灰と霊血で作った石鹸か」
「現代風に言うとボディーソープみたいなものですね」
幸は、静かに答える。
「この泡は腐りかけた貴方の身体を清め、殻を砕いていきます」
「知っている」
アクエリアスは笑う。
「崩れた私の身体から神性を抜き取るのであろう?垢のように」
幸は、青い泡を持つ左手に空の右手を重ね、ゆっくりと擦り合わせていく。
泡が輝き、朝焼けの空のような光を放つ。
「足から洗っていきます」
「これを足と言うなら頼む」
面白がるように尾鰭をばたつかせる。
幸は、青く輝く泡のついた両手でアクエリアスの尾鰭に触れる。
青い泡に触れた尾鰭が輝く。
それに呼応するように海凪の抱きしめる聖卵が赤く輝く。
海凪は、聖卵が熱くなるのを感じながら離さぬように強く抱きしめる。
「洗い方は原始的なのだな」
「手当とは良く言ったものですよね」
「心地良いな」
アクエリアスの顔の険が緩む。
「痛みが快楽に変わるのはいつ以来か?」
「苦痛など一切与えませんよ」
幸は、優しく尾鰭を洗う。
アクエリアスの身体にまとわりつくそれらがさらに苦痛の声を上げる。
「話しをしませんか?」
「話し?」
アクエリアスは、顔を顰める。
「生人の湯灌をする時、残された遺族に故人に話しかけるようにお願いします。口頭でも良いし、心の中でも。でも、貴方は口を聞けます。なので……話しませんか?」
「話してどうする?」
アクエリアスは、初めて不快げに言う。
「どうせ皆忘れると言うのに。あの子も含めて……な」
あの子も含めて……。
その言葉に海凪は、唇を噛み締める。
「忘れるとしてもです」
幸は、尾鰭の付け根を洗う。
それらの苦鳴が高まる。
「これが最後になるんです。例え忘れるとしても……話してください。貴方の思いを……」
幸は、首を後ろに向ける。
聖卵を抱きしめた海凪の目が震える。
「貴方の……大切な子どもに」
アクエリアスの顔に初めて動揺が走る。
しかし、それは一瞬のこと。
アクエリアスの顔に余裕のある笑みが戻る。
「まったく……聖人というのは異なことを言う」
「聖人の前に陰キャなので」
幸は、静かに言う。
尾鰭が洗い終わる。
聖水の中に沈んだ尾鰭が屍蝋のように固まり、青玉のように青く輝く。
アクエリアスは、青く固く変化した自らの尾鰭を目を細めて見る。
「面白い話しでは……ないぞ」
アクエリアスは、語り出す。
誰も知らないアクエリアスだけの物語を。
「私には歴史はない」
アクエリアスは、燻んだ天井を見上げて言う。
上半身と下半身の間の部分を洗いながら幸は前髪に隠れた目でアクエリアスの顔を見る。
「かつては私もあの子と同じ人間だったのだと思う」
アクエリアスは腐りかけた右手を持ち上げる。
「当然……覚えてはいないがな。私が意識を持った時、私は既にアクエリアスだった」
アクエリアスの脳裏に蘇る。
古い湖の真ん中の孤島。
崩れかけた瓦礫のような神殿の真ん中に自分は立っていた。
そこには自分以外には崩れた大量の青い土塊のようなものとトーガと呼ばれる白い布を身体に巻きつけた聖人と呼ばれる存在だけがいた。
聖人は和かに笑ってここう答えた。
「神化を迎えたこと喜び申し上げます。新たなアクエリアス。どうぞこの世界と万物の摂理をお守りください」
青い土塊が風に巻き上げられ消えていった。
「神化したからと言って何かをするわけではない」
アクエリアスは、ぼそっと呟く。
幸は、アクエリアスの左手を洗い始める。
アクエリアスの身体にまとわりついたそれらが小さく悶え苦しむ。
「生人の書く聖書のような恩恵を与えるようなことをするわけでもなければ破滅に導く災害を起こす訳でもない。漫画やラノベのようにラスボスになって勇者とやらと戦う訳でもない」
「漫画やラノベを読むんですか?」
左手を洗いながら幸は驚く。
「暇つぶしにな。あれらはよく出来てる。生人の作る書物の中で最も偉大なものと言っていいかもしれん」
「日本のクリエイター大号泣ですね」
幸は、洗い終えた左手をそっと聖水の中に沈める。
聖水に沈んだ左手は、尾鰭のように屍蝋の如く固く青く変化する。
「とにかくアクエリアスになったからと言って何かをする訳でもしないといけないこともない。ただそこに在る。それだけでいい」
「存在することこそが理由であり摂理……ということですよね?」
「対」
「なんで中国語?」
幸は、右側に回る。
「七百年ほど前に住んでたことがある。竜吉公主というのを聞いたことは?」
「確か封神演義に出てくる仙女ですよね?かなりの強キャラなのに目立ってない」
「目立ってないは余計だね」
アクエリアスは、喉元を震わせて笑う。
「アレのモデルが私だよ」
アクエリアスは、ニヤッと笑う。
「妲己ではないんですね?」
「妲己は狐だよ。酒池肉林の趣味はない」
アクエリアスは、むっと頬を膨らませる。
その顔は海凪のむっとした顔に良く似ている。
「確かに中国で人魚伝説はあまり聞かないですね」
人魚と言う概念は西洋から流れてくることがほとんどで逆にアジア地方だと半魚人……この屋敷に仕える執事たちのようなイメージが多い。日本で人魚がポピュラーなのは全世界に展開している有名テーマパークの創始者であり、天才クリエイターが世に送り出した人魚のイメージがあまりに強いからだ。
「中国じゃ鱗のある奴は大概、竜の幼生ってことにされるからね。竜以外は単なる雑魚なのさ」
「世界中の人魚ファンがブチ切れますね」
同じように竜ファンも人魚なんかと一緒にするな、とブチ切れるだろうが。
「まあ、どっちでもいいさ。どう転んだって私は竜にはなれないし、人魚と言うにはあまりにも歪んでるからね」
アクエリアスは、自身を嘲笑しながら一糸纏わぬ姿で聖卵を抱える海凪に目を向ける。
海凪は、母に見られ、身体を震わせる。
「あの子なら……世間が抱く人魚に慣れそうだ」
「可憐ですからね」
幸は、アクエリアスの右手を洗い出す。
アクエリアスは、目を細めてじっと見る。
「あんた人たらしって言われたことないかい?」
「いえ、陰キャと呼ばれたことはあってもそんな名誉な称号をいただいたことはありません」
幸は、アクエリアスの右手を洗いながら答える。
「別に人たらしも良い言葉って訳でもないけどね」
アクエリアスは、眉を顰める。
「まあ、気をつけな。人たらしに女難の相はつきもんだからね。背後から刺されないようにな」
アクエリアスが何に忠告してる分からず幸は「はぁ」と曖昧な返事をする。
「話しが反れたね」
アクエリアスは、ふうっと息を吐く。
「自分で思ってた以上にリラックスしてるようだ」
「どうぞお寛ぎください」
幸は、青い泡を肘まで付けて、揉むように洗う。
「……アクエリアスとして意識を持った瞬間……私に何が訪れたと思う?」
「さあっ?」
幸は、肘を優しく揉み洗う。
「世界の理の一部としての逃れられぬ運命とそれを絶やしてはならぬと言う使命さ」
アクエリアスは、ふっと笑う。
「世界の理を守るため、絶やさぬために私に訪れたのは子をなすと言う抗いようのない本能。つまり性欲さ」
幸の手が止まる。
海凪は、赤い光を強める聖卵をぎゅっと抱きしめる。
「そして私は沢山の子を為し……そして捨てた」
「一番最初の行為のことは良く覚えていない」
アクエリアスは、天井を見つめながら呟く。
幸は、洗い終えた右手を聖水の中に沈める。
聖水に沈んだ右手は屍蝋のように固く青く輝く。
幸は、彼女の腹部に青い泡を付ける。
「相手が何だったのかも覚えてない。生人だったのか?それとも白い雄牛か白鳥だったのかもしれん」
「神話のようですね」
幸は、優しくアクエリアスの腹部を洗う。
その度に海凪の抱く聖卵が輝きを増す。
「そんな良いものではない」
アクエリアスは、自虐的に笑う。
「どんなに良い言葉で見繕うとも本能に従った交渉もない性行為であることには変わらんからな。それにその時の私はまだこの世に降誕したばかり。滅びる恐れなどないのだから子作り自体必要はない。それなのに私は子を成した。本能に逆らえなかったのだ」
アクエリアスは、幸に洗われる腹部を、その下にあるであろう子宮を見る。
「初めのお子さんは?」
「知らん。一緒にはおらなんだからな。恐らく一人で生きて死んだか、番を得たかしたであろう」
「冷たいですね」
「顔も知らんからな。それこそお前の言う神話にも似た時代のことだ」
「それからも子を成し続けたんですよね?」
「ああっ本能のままにな」
アクエリアスは、渡った世界の先々で目星を付けた雄達と交渉のない性行為を重ね、子を産んだ。
子どもがどうなったかは知らない。
顔も覚えていない。
恐らくこうなったであろうと言う予想もなければ興味も湧かない。
アクエリアスにとって子作りと出産は本能。
鶏が生理現象で無精卵を産むのと何ら変わらないものだった。
「だが、長い年月を重ねると本能であろうとも飽きるし、思考も変わる」
黒船が日本にやってきたのと同じ頃にアクエリアスも日本に訪れ、貿易で財を成した男を垂らし込み、子を成すと同時に財と屋敷を手に入れた。
男は、アクエリアスの魅力に溺れ、毎日のように性行為を行い、子を成した。
「その時の子達は男の親族にくれてやった。それなりに成功し、それなりに子孫を作って繁栄してるようだ」
アクエリアスは、目を細めて言う。
男が死んでからもアクエリアスはこの屋敷に住み続けた。
男の行っていた仕事はアクエリアスの術によって作られた執事達が引き継いだ。優秀な人間達の遺体を使って作り出された異形のもの達は男と変わらぬ、いやそれ以上の仕事をこなし、発展させていった。
その間もアクエリアスは子作りを続けた。
本能の赴くままに。
しかし……。
「ある時から性行為が面倒になった」
幸の手が止まる。
「男どもは知らんが私にとって性行為はただの子どもを作るための動作だ。そこに快楽などは存在しない。それならわざわざ無駄な動きなどする必要はない。だから私は目星を付けた男達に精子だけを提供してもらうようにしたのだ。対価を払ってな」
幸の脳裏に葬儀社で行った湯灌の光景が浮かぶ。
そしてその時にした会話も……。
「生人が行う体外受精と同じ要領だ。私の子宮に選んだ男の生きた精子を入れて子どもを成す。今までよりも格段に楽になった」
幸は、腹部の洗いを再開する。
「しかし、どんなものにもメリットもあればデメリットもある。父親無しに産むと言うことはその子どももある程度までは育てないといけないと言うことだ」
アクエリアスは、うんざりしたように海凪を見る。
「面倒だったよ」
海凪の表情が青ざめ、黒真珠のような目が大きく震える。
幸は、前髪に隠れた目で海凪を見る。
「下僕どもがいなかったらとっくに食い殺してた」
アクエリアスは、態とらしく歯を噛み鳴らす。
幸は、腹部の泡を聖水で洗い流す。
腹部が屍蝋のように固く、青く輝く。
幸は、流れるように胸部に手を触れる。
「愛情は?」
「んっ?」
「愛情は湧き上がりませんでしたか?」
幸は、アクエリアスの左乳房の下を擦る。
「……さてな」
アクエリアスは、喉が詰まるように呟く。
「子どもを産む、育てるというのは広義に言えば種の繁栄だ。滅びぬ為の本能だ。今の私を見れば分かるだろう」
アクエリアスは、幸に洗われて青く変化した自分の身体を見る。
「私の身体こそがその証拠。滅びないようにする、世の摂理を守ると言う広義の前に愛情などと言う曖昧なものは不必要だ」
うっ……。
海凪が聖卵を握りしめたまま身体を丸めて嗚咽する。
アクエリアスは、冷めた目で海凪を見る。
「苦しいのは悲しいのも今だけだ。私になればそんなことも忘れる」
アクエリアスは、きつく目を細める。
「そうでしょうか?」
幸の声にアクエリアスは反応する。
「何が言いたい?」
その目は肉を求める肉食獣のように震える。
幸は、ゆっくりとアクエリアスの乳房の下を洗う。
「僕の知り合いにとても愛情に溢れた方がいます」
アクエリアスは、幸を凝視する。
「可愛いくて、明るくて、柔らかくて、そして優しい。彼女に惹かれない人なんて誰もいないんじゃないか、そう思える女性です」
「恋人か?」
「いえ、会社の先輩です」
幸は、アクエリアスの胸の周りを洗う。
「彼女は、シングルマザーです」
「伴侶はどうした?」
「知りません。聞いたことはないので」
幸は、じっとアクエリアスの胸を洗う自分の手を見る。
「彼女……ずっと子どもにご飯を作ってあげられなかったそうです」
「食事?子はずっと飢えていたのか?」
「いえ、出来合い……他人の作った物を食べていたそうです」
「なら良いではないか。少し前までは飢饉が当たり前のように起き、餓死する子で地面が埋まっていた。餓鬼というのもその時の子を見て偉そうに講釈を垂れるだけの生臭坊主が描いたもの。それに比べれば飢えを知らないなど幸福以外のなにものでもない」
「そうでしょう……そうなんでしょうね……でも……」
幸は、アクエリアスの胸の上で右手を握りしめる。
青い泡が破裂し飛び散る。
「彼女は……とても悔いてました」
「悔いる?衣食住はしっかり与えていたのだろう?」
「それはあくまで基礎の話しです。彼女が悔いていたのはその基礎を与える為に心を与えられてなかったんじゃないか……と言うことです」
幸の舌に彼女が大好きな我が子のために作った程よく甘い卵焼きの味が思い出す。
そして明るい彼女が浮かべた憂いのある表情を。
「心……か」
アクエリアスは、ふうっと息を吐く。
「生人とは面倒なものだな」
「そうですね。面倒です」
幸は、アクエリアスの胸の上部分に両手を持っていく。
アクエリアスは、じっと幸を見る。
「それで……その母親は心を与えることは出来たのか?」
「さあっ?」
幸は、アクエリアスの左胸の上部分に手を置く。
「ついさっきの話しなんで。でも……きっと……」
幸の脳裏に食卓を囲んで彼女特製の卵焼きを食べる息子ちゃんと桃の姿が浮かぶ。
涙を浮かべて笑い、愛する我が子を抱きしめる桃の姿が。
「伝わったと思います」
そう言って幸は、ほんの少しだけ唇の端を釣り上げた。
「そうか……」
アクエリアスは、吐くように呟き、目を閉じる。
「貴方も……そうなんじゃないですか?」
アクエリアスの目が開く。
岩を打ち砕く激流のような目で幸を射抜く。
「どう言うことだ?」
「言葉のままです」
幸は、動じることなく、アクエリアスの胸を洗う。
「貴方も……本当は愛してるんですよね?皆月さんを」
海凪の目が大きく震える。
「自分の……子どもたちを」
幸の手にアクエリアスの心臓の高鳴る音が伝わった。




