うそ
アクエリアスの表情が張り詰める。
しかし、それは一瞬のこと。
アクエリアスの表情は直ぐに余裕のあるものに戻る。
「まったく何を言うかと思えば……」
アクエリアスは、喉を震わせ笑う。
幸は、彼女の胸の泡を洗い流す。
柔らかな胸部が屍蝋のように固く、青玉のように青く輝く。
幸は、喪服のまま両手を聖水の中に沈める。
「さっきも言っただろう?私たちにとって子を成すのは本能であり摂理。そこに情など……」
「嘘ですね」
幸は、アクエリアスの背中に触れる。
「貴方は、嘘を吐いてます」
幸は、聖水の中で手を動かし、アクエリアスの背中を洗う。
「何を嘘だと言う⁉︎」
アクエリアスは、貫くように幸を睨む。
「全てが嘘だとは言いません」
幸は、表情一つ変えずアクエリアスの背中を洗う。
「最初は……貴方の言う通りだったんでしょう?アクエリアスとなり、生人の心を失った貴方は本能の赴くままに子を成した」
「その通りだ。今だってそうだ」
「でも……悠久にも近い長い時の中で貴方は本能とは別のものを得たのではないですか?」
「本能とは……別のもの?」
アクエリアスは、眉を顰める。
「母性です」
幸は、短く呟く。
「えっ⁉︎」
その声を上げたのはアクエリアスではなく、呆然と二人の会話を聞いていた海凪であった。
海凪は、驚愕に表情を固めて幸を……母を見る。
アクエリアスは、そんな娘を一瞥し、そして幸に目を向ける。
「何を根拠にそれを口にする?」
「貴方との会話です」
幸は、両手を聖水から抜く。
水底から強い光が溢れる。
不思議なことに白い喪服はまるで揺れてなかった。
「貴方はこの屋敷に越して来た時に成した子ども達のその後の様子を事細かく知ってました。今までは興味も示さなかったのに。なのに貴方は知っていた。関心が無ければ……愛情がなければそんなことはしません」
幸は、両手を重ねて柄杓のような形を作る。
宙に浮かんでいた青いジャポン玉が幸の両手に集まっていく。
「勘違いだよ」
アクエリアスは、鼻で笑う。
「たまたま一つの地に定住したので興味本位で探っただけだ。書物を読むのとなんら変わらん」
「その後のこともですか?」
幸は、両手に集まった青いジャポンを擦る。
「その後?」
「あの執事たちです」
海凪の脳裏に魚介類の頭を持った大切な人達の姿が浮かぶ。
「彼らは貴方たちの生活を維持する為だけでなく、皆月さん達を育てる為にも尽力しました」
「私が命じたのだから当然であろう?」
アクエリアスは、不快げに表情を歪ませる。
「何が言いたい?」
「術というのは投影です」
幸は、小さく呟き、アクエリアスの頭元に移動する。
「それぞれの持った特性や個性、性格によってその性質は左右されます。貴方の場合は水と海。だから執事達もその属性に反った姿になってます」
「それがなんだと言う?」
「しかし、それは貴方の特性と個性が反映したもの。性格は違います」
アクエリアスの目が大きく震える。
「彼らの行動は貴方と言う主に反映されている。だからこそ彼らは行動してるんです。この家を繁栄させ、子育てをする。貴方の意に沿って……つまり……」
幸は、アクエリアスの髪に触れる。
「貴方は、皆月さんを愛してます」
「嘘だ!」
海凪は叫ぶ。
「嘘だ!嘘だ!嘘だ!!」
黒真珠のような目を怒らせ、一糸纏わぬ身体を震わせ、胸に抱いた赤い聖卵を砕かんばかりに握り締めて叫んだ。
アクエリアスは、そんな娘を不快げに睨みつける。
「騒ぐな失敗作」
アクエリアスは、嘆息まじりに冷たく言う。
「これ以上、私を失望させるな」
氷柱で抉るような言葉に海凪は、目を震わせて唇を噛んで押し黙る。
アクエリアスは、海凪が静かになったのを見てから幸の顔を射抜くように見る。
「貴様も変なことを口にするな。そんなことで死前湯灌が中断したら困るのは貴様もだろう?」
「中断して欲しかったんじゃないですか?」
幸は、恐る様子など微塵も見せずに冷徹にアクエリアスの髪を洗い出す。
「なん……だと⁉︎」
アクエリアスは、野犬のように鼻に皺を寄せ、幸を睨みつける。
「怒っているのがその証拠ではないですか?」
幸は、アクエリアスの髪の根本を洗う。
「貴方は……皆月さんに逃げて欲しかったんでしょ?」
幸を睨みつけるアクエリアスの目が震える。
それは明らかな動揺だった。
「だから、失敗作と罵り、嫌われる行動を取り、クロノスから解放された時、逃げ出していることを願った。そして今も……」
幸の手がアクエリアスの髪から離れ、宙を切るように真横に振る。
刹那。
青い泡が礫となって海凪に向かって走る。
海凪の黒真珠のような目が大きく見開く。
しかし、青い泡が海凪の身体に当たることはなかった。
青い泡が取られたのは……。
羽虫が泣き叫ぶような声が部屋中に轟く。
大きな海老と蛤を頭部の代わりに乗せた黒いタキシードもメイド服を来た執事達が青い泡に襲われ、悶え苦しむ。
海凪は、黒真珠の目を大きく見開き、震わせる。
「貴方達……」
「オジヨ……サマ」
海老の執事と蛤のメイドの身体に張り付いた青い泡はバクテリアのように侵食していく、
二体は、断末魔のような悲鳴を上げながら全身を青く染め、屍蝋のように固まる。
海凪は、悲鳴を上げる。
幸は、前髪で隠れた目で固まった執事とメイド、そして叫び声を上げる海凪を見る。
アクエリアスの表情が歪ませる。
形の良い唇を窄め、口笛を吹く。
深海に揺らぎのような甘い音色が広がる。
扉が音を立てて開く。
魚介類の頭部を持った執事とメイドがなだれ込んでくる。
「貴方たち……」
海凪は、声を震わせる。
執事達は、それぞれの頭部が発する独特な異音と鳴き声を威嚇するように上げながら一斉に幸に襲いかかる。
異様な光景と威圧、そして貫く殺意。
しかし、幸はまったく動じることなく、襲いくる執事達の向かいあい、両手を×を描くように振るう。
青い泡が十時の刃となって放たれ、執事達にぶつかり、青く染める。
執事達は、断末魔のような声を上げ、悶え苦しみながら青く固まっていく。
海凪は、前衛彫刻のように固まってしまった執事達を見て再び悲鳴を上げる。
「いやぁ!いやあ!」
海凪は、泣き叫び、その場に崩れ落ちる。
幸は、表情一つ変えずアクエリアスを見下ろす。
「証明されましたね」
幸は、ほそりっと呟く。
「貴方の愛が」




