昼休み
昼休みになると生徒達の大概は校舎から少し離れたところにある学生食堂に向かう。
進学校の創業者が生徒達が腹を空かせることなく学びに準じられるようにと創設した学食はとんでもなく美味しく、とんでもなく量が多く、とんでもなく安かった。
その変わりメニューは日替わりで限定され、A定食は和食、B定食は洋食、C定食は麺類、そしてアレルギー等で制限のある生徒限定の特別メニューと限られている。
負債を無理やり払わされるような物価高騰に嘆く貧乏学生にとっては学食はとんでもなく有難いもので今日もたくさんの生徒が食券を買って注文口に並んでいた。
幸は、本日のA定食の豚の生姜焼きをおばちゃんから受け取ると空いている席に座る。
甘辛いタレに溺れる大きな豚肉、マヨネーズのたっぷりかかったてんこ盛りのキャベツ、漬物、湯気上がるワカメのみそ汁、そして白く輝く山盛りご飯。
思わず笑ってしまうような昼食に幸の口元にも漏れなくヘラっと笑みが浮かぶ。
そして両手を合わせて「いただきます」と食べようとする、と。
「珍しい」
頭の上から声が掛かる。
皆月海凪だ。
「貴方が食堂で食べるなんて」
海凪は、黒真珠のような目を丸くして言う。
そういう彼女の手にはトレイが握られている。
「座っていい?」
「ご自由に」
幸は、ヘラっと笑って答える。
その言葉に海凪は、少し不服そうに顔を歪めるもトレイを静かに置いて向いに座る。
幸は、前髪に隠れた目でじっとトレイを見る。
「どうしたの?」
海凪は、怪訝そうに言う。
「そんなメニューあった?」
彼女のトレイに乗っていたのもの。
それは温かな湯気の上がる大きな海老やキスの乗った天丼だった。
今日のA定食は幸の購入した生姜焼き。
B定食はオムライス。
C定食はきつねうどんとお稲荷さん。
天丼の登場する余地なんてどこにもない。
「特別メニューよ」
幸の言葉の意味を察した海凪は、小さな笑みを浮かべて言う。
特別メニュー。
アレルギー等の理由で他者と同じメニューが食べれない生徒の為の作る学食オリジナルのサービスだ。
「皆月さん、アレルギー持ちなの?」
そんな話しは聞いたことがなかったので幸は驚く。
実際、成績は争っていても話すようになったのは隣の席になってからなので知らないからと言って驚くことではないのだが……。
「特にアレルギーはないわ」
海凪は、恥ずかしそうに言う。
「ただ、魚介類を食べれないの」
「魚介類?」
幸は、口を紡ぐ。
海凪は、頷く。
「魚だけ?」
「ううんっ。海老とか蟹のような甲殻類も貝も、なんならワカメや昆布や鰹節なんかも。とりあえず海から上がったものは全部ダメ」
「徹底してるね」
幸は、呆れると言うか感心してしまう。
「それじゃあその天丼は?」
幸は、天丼を指差す。
「擬似食よ」
海凪は、にこっと微笑むとプラスチックの箸を手に取って綺麗に大海老を掴み、口に運ぶ。
サクッと心地よい音が耳に届く。
海凪は、嬉しそうに口の中に入った大海老を咀嚼し、静かに飲み込む。そして齧った海老の断面を幸に向ける。
「……肉?」
海凪が齧った海老天の断面は幸の知るものではなかった。肉汁の溢れる、温かな薄いピンクだった。
「つくねよ」
海凪は、してやったりと言わんばかりに言う。
「鶏肉を叩いて、コラーゲンや軟骨を砕いて混ぜた物を海老や魚に似せて揚げてくれたの。少しでも食感が近付くようにって。味もお塩だけにして海老に近づけてるって」
「へえ……」
特別メニューの噂は聞いていたがまさかここまで高度な技術を使って作るなんて。
「彼が作ってくれたのよ」
海凪は、厨房に目を向ける。
ワイン色のエプロンとバンダナを身につけた年配の女性達に混じってバスケ選手と勘違いされそうな体躯の同じ年くらいの男子が忙しそうに手を動かしてる。
「彼ね。私たちと同じ二年生なんだけど管理栄養士を目指してるらしくて昼休みに学食を手伝ってるの」
「そうなんだ」
「一年生の時一緒のクラスだったんだけど、彼ひどいアレルギー持ちで子供の頃は苦労したらしいの。だからアレルギーやいろんな理由で食べれない生徒の為にメニューを考えて提供してくれてるんだよ」
「凄いね」
幸は、心から感心したように言う。
「彼に感謝してる人結構多くてね。密かにファンクラブも出来てるのよ」
そう言って海凪は、周りに目を向ける。
彼女の言う通り、食堂で食べている女子生徒の何人かが恋焦がれる目で厨房で働く男子生徒を見ている。
「じゃあ皆月さんもファンクラブの一人なの?」
幸が何の悪気もなく素朴に訊くと海凪の顔がさっと青ざめる。
「馬鹿なこと言わないで!」
彼女は、小さな声で必死に言うと唇に人差し指を当ててシーシーする。
「この場にいる人間を全滅させたいの?」
「へっ?」
幸は、意味が分からず首を傾げる。
海凪は、周りをキョロキョロ見回しながら身を乗り出して幸に耳打ちする。
「彼にはちゃんとお付き合いしてる人がいるの」
「そうなんだ」
まあ、顔は見えないけど背も高く、人柄も良いのなら彼女がいても驚くようなことではない。
「彼女ね。物凄く嫉妬深いの。それこそ彼と親しくする女子を見つけようものならアサシンされてもおかしくないくらい」
「そんな漫画のヤンデレじゃあるまいし……」
真面目な海凪もこんな冗談言うんだ、と幸はヘラっと笑うが……。
海凪は、青ざめた表情と真剣な目で幸を見る。
その表情と目が今の話しを事実と物語っていた。
見ると女子生徒達達も憧れの眼差しこそ向けるがそれ以上のアクションを起こそうとしてない。
「……分かった。もう言わない」
幸は、コックリと頷く。
「本当にそうして。彼に何もしなかったら特に問題はないから。普段はクールで知的な良い子だから」
そんな事後情報を渡されてもイメージがヤンデレで固まってしまって拭うことが出来ない。
「それじゃあそのメニューは魚介類を食べれない皆月さんの為に考案されたんだね」
幸は、話しを戻す。
「そう。私がクラスでの自己紹介の時に魚介類が食べれないって話してたのを覚えててくれたみたいで。それから特別メニューに加えてくれたの」
そう言ってキスの天ぷらを齧る。
熱々の衣の中に薄く伸ばされたつくねが見える。
「食材のイメージで食感と味も変えてくれてるの。本当に凄いよね」
そう言って嬉々とした顔でキスの天ぷらもどきを食べ、タレの染み込んだ白米を口に運ぶ。
「でも、アレルギーじゃないんだよね」
みそ汁を啜ってから幸は言う。
「味がダメなの?」
「味なんて知らない。口に入れたこともないもの」
そう言って自分もみそ汁を飲む。
ちなみに彼女のみそ汁は幸の鰹出汁ではなく鳥の骨から煮出してると言う。
「じゃあ何が嫌なの?」
幸は、首を傾げる。
「臭い」
「生臭いってこと?。じゃあ、ちゃんも下処理して火を通せばいいんじゃ……」
それこそ天ぷらみたいに。
「ううんっ。火を通そうが煮込もうがダメなの」
海凪は、首を横に振る。
「死臭がする。あと見た目。それだけでもうダメ」
「死臭……」
幸は、前髪で隠れた目でじっと彼女の天ぷらを見る。
「ねえ、私が質問されてばかりだけどさ」
海凪は、ジトっと目を細める。
「貴方こそ何で学食にいるの?普段はお弁当でしょ?」
海凪の言葉の通り、幸は普段はお弁当を持参し、自分の机で文庫本を読みながら箸で突いている。
「深い意味はないよ」
幸は、生姜焼きに齧り付く。
「昨日はバイトで遅くなったからおかずの作り置きが出来なかった。それだけだよ」
甘辛い生姜焼きをゆっくりと味わって飲み込み、白米を口に放り込む。
「バイトって……」
「死体洗いだよ」
幸は、ヘラっと笑う。
海凪の黒真珠のような目が大きく見開く。
「ああっごめん。食事中に」
幸は、両手を合わせて謝る。
「いえ……別に」
海凪は、ぽそりっと言う。
「私も死臭なんて言葉を無遠慮に使ったし……」
「魚とは違うでしょ」
幸は、ヘラっと笑ってお茶を飲む。
「でも……それ本当だったんだ」
「嘘だと思ってたの?」
「だって死体洗いなんて……都市伝説じゃあるまいし……」
死体にまつわる都市伝説はかなりの数存在する。
大学の医学部で使う解剖用の死体のホルマリン漬け。
冷暗所の死体処理。
電車の人身事故の後処理。
臓器売買の為に拉致子どもの臓器摘出と衛星管理。
そんな不吉なワードが海凪の頭を過ぎる。
幸は、そんな海凪の推察を察したのか?ヘラっとした笑みを深める。
「湯灌だよ」
「蜜柑?」
「炬燵で食べるのが最高だよね?ってそうじゃなくて湯灌ね」
幸は、ヘラっとした笑みを引き攣らせる。
「"おくりびと"って映画知ってる?」
「知らない」
海凪は、首を横に振る、
「だよね。ちょうど僕らが生まれたくらいの年に上映した映画だし」
そう言って幸は、生姜焼きを口に放り込み、みそ汁を啜る。
「その映画がどうしたの?」
「僕がしてるバイトがまさにそれなの」
幸の言葉の意味が分からず海凪は眉を顰める。
「田中葬儀社って知ってる?」
その言葉に海凪の目が大きく震える。
「知ってるみたいだね」
幸は、ヘラっと笑う。
「そりゃ……この辺じゃ唯一の葬儀社だし……ね」
海凪は、声を吃りそうになるのを誤魔化すようにお茶を啜る。
「まあそうだね」
幸は、ヘラっと笑って生姜焼きを齧り、白米を口に放り込む。
「僕は、そこで納棺師見習いをしてるんだ」
「納棺師……?」
海凪の目が大きく見開く。
「故人を棺に納めるまでの作業をするお手伝いをする人のことだよ。ドライアイスで内臓が腐らないように冷やしたり、固くなった表情を整えて化粧したり、白装束を着せて整えたり……ね」
「土管っていうのは?」
「赤い帽子の髭面おじさんが異世界でも行くのかな?じゃなくて湯灌ね」
幸は、ヘラっとした笑みにイラっを少し加えて言う。
「湯灌って言うのは故人の身体を清める儀式のことだよ」
「清める?……洗うってこと?」
海凪の言葉に幸は頷く。
「そうそう。こうやってさ……」
幸は、箸をぎゅっと握ってその先をみそ汁に近づけて何かを掬う真似をする。
「桶から水を掬ってご家族に足からゆっくり掛けてもらうんだ。今までの感謝や別れの気持ちを込めてね。そして生前にお気に入りだったシャンプーやボディソープを使ってゆっくりと洗っていく」
幸は、無意識に手を動かして身体を洗う真似をする。
「それが死体洗い?」
「そう言うこと」
幸は、ヘラっと笑って箸を握り直し、タレの染み込んだキャベツを食べる。
「簡単に聞こえるけどけっこう大変なんだ。健康に亡くなった人ばかりじゃないからね。病気で亡くなった人は薬の影響で骨が脆くなってるし、事故で亡くなった人は洗う以前に縫合した痕跡や傷を隠さないといけないし、加齢で痩せた人なんかは綿とか詰めて見栄え良くしてあげないといけないしね」
「エンバーミングとは違うの?」
海凪は、口を丸くして言う。
エンバーミング。
日本語で遺体衛生保全言い、遺体の殺菌、消毒、防腐、修復をして生前の姿に近づける特殊な技術のことで火葬が主とする日本でも少しずつ取り入れられている。
「そんな大仰しいものじゃないよ」
幸は、ヘラっと笑う。
「僕がやってるのはあくまでご遺体を洗うことだけ。それにエンバーミングをするには高度な知識とライセンスを取得しないといけないからね。今の僕にはとても」
幸は、みそ汁を啜る。
「じゃあ、そのバイトのせいで貴方は死体洗いなんて呼ばれてるのね」
海凪は、露骨に顔を顰める。
「みたいだね」
幸は、気にした様子もなく生姜焼きを齧る。
「バイト先に僕が入ってくのを誰かが見て調べたんだろうね。暇だよねまったく」
幸は、ヘラっと笑う。
「なんでそんなこと……」
「中学時代から何かと妬まれてたからね。陰キャの癖に成績がいいとか」
幸の教科書を隠したのも中学時代の同級生だと言う。
「貴方はそれでいいの?」
海凪は、目をきつく細めて幸を睨む。
「それでって?」
幸は、首を傾げる。
「彼らが言ってることは間違ってないよ。形はどうあれ僕は死体を洗ってる。それは事実だよ」
「でも、誹謗中傷を受けるようなものではないはずよ。君がやってることは……」
「立派なことだって?」
言おうとした言葉を吐かれ、海凪は思わず言葉を飲み込む。
「あいにくと僕は、君が考えてるような高尚な思想を持ってる訳でも宗教的な観点からやってる訳でもないよ」
「じゃあ、なんの為に?」
「生活のため」
幸は、生姜焼きを口に放り込む。
「生活?」
海凪は、眉を顰める。
「うち、ずっと母子家庭だったんだけど進学する前に母親が亡くなったんだ」
幸の言葉に海凪は、大きく目を震わせる。
「だから僕達の生活を守る為に働かないといけないんだ」
「僕達?」
「妹がいるんだ。目に入れても痛くないくらい可愛いね」
幸は、前髪に覆われた目を指さしてヘラっと笑う。
「妹……?」
海凪は、黒真珠のような目を丸くする。
確か彼は一人っ子だと同じ中学出身の友達から聞いた。
信用できる友達だ。しかし、彼の話しを聞いてると友達付き合いも希薄だったようだから間違って知った可能性も十分にある。
「妹を守る為にも僕は働かないといけないし、成績もキープしないといけない。特待生は学費免除だから」
「進学しないのもそれが理由?」
「そう。僕にお金を掛けるくらいなら妹に掛けたいから」
いつの間にか食べ終わっていた幸はトレイの上に器を片付け始める。
「国立ならそんなに学費高くないんじゃない?君なら合格出来ると思うし、奨学金をもらえば……」
「思うしじゃ動けないな。それに奨学金だって最後には返金しないといけない。我が家にはリスクが大きいよ」
幸は、残ったお茶を啜ってトレイに置く。
「今のバイトね。とても時給がいいんだ。母が残してくれた遺産と合わせれば卒業までは何とか生活出来る」
幸は、ヘラっと笑う。
「だから、荒波立てたくないんだ。問題起こしてバイト禁止になっちゃうと困るんだよ。だから、皆月さんもしぃーしといて」
そう言って唇に人差し指を当てる。
「……分かった」
海凪は、力なく頷くもその表情はどこか納得してなかった。
「心配ありがとう。それに高尚な思想こそないけどやり甲斐は感じてるんだ」
「やり甲斐?」
幸は、小さく頷く。
「思い出ってさ……死んだ後の方が色濃く残るんだよね」
幸の言葉に海凪は、大きく目を見開く。
「お母さんが死んだ時がそうだったよ」
幸は、ヘラっと笑って天井を見上げる。
「いつも美味しいご飯作ってくれたな、とか。公園で遊んでくれたな、とか。授業参観には必ず出てくれたな、とか。いつも頭撫でてくれたな……とか」
幸は、ヘラっとした笑みを浮かべながら淡々と言う。
その笑みも言葉もどこか嬉しそうで、どこか切なそうだった。
「だからさ。僕が亡くなった方を綺麗にすることで残された人の思い出も磨かれて、鮮明な思い出として残ることがが出来ればその人が亡くなっても決して存在は消えない。いつまでも生き続けることが出来る。僕はそう思ってるんだ」
そう言ってヘラっと笑う彼はいつもの幸だった。
「思い出……」
海凪の目が小さく震える。
「思い出が……全部いいものとは限らないんじゃない?」
そう呟いてからふいっと目を反らす。
「忘れたいことだって……あると思う」
「そうだね……」
幸は、お茶を手に取って口を湿らす。
「僕は、たまたまお母さんといい思い出ばかりだったからそう思うだけなのかもしれない」
「だよね。だったら……」
「でも、全部嫌なことばかりとは限らないんじゃない?」
「えっ?」
「嫌な思い出の中に埋もれたいい思い出もあるんじやないかな?」
「どう言う意味?」
海凪は、困惑の表情を浮かべる。
「積雪みたいにさ。その下には芽が眠ってるかもしれないってこと。綺麗な思い出っていう芽吹くことが出来なかった小さな思い出が」
海凪の目が大きく見開く。
「ご遺体を綺麗にすることで嫌な思い出に埋もれた大切な思い出が顔を出して芽吹くかもしれない。それだけでも意味があることだって……僕は思うんだ」
幸は、ヘラっと笑う。
「埋もれた……思い出……」
海凪の目が小さく震える。
「ねえ……船頭くん」
海凪は、箸を置く。
「なに?」
「もし……もしだよ」
海凪は、胸元できゅっと右手を握りしめる。
「その思い出自体が消えたら……どうなるのかな?」
海凪は、ぽそりっと呟く。
幸は、顎に皺を寄せる。
「皆から忘れられて……痕跡も消えて……でも名前と存在だけは残るの。それって……生きていたって言えるのかな?」
海凪は、震える目で幸を見る。
前髪の奥に隠れた幸の目が海凪を見る、
「皆月さん……それって……」
その時、食堂内で小さな騒めきが起きる。
幸と海凪が騒めきの方を見ると銀色の輝きが目に飛び込んでくる。
銀髪に端正な顔立ちの女子、銀狼こと花園鈴音が学食に入ってきた。
海凪は、黒真珠のような目を大きく見開く。
幸は同様、彼女が学食を利用することなんてない。それは他の生徒達も当然のように把握しており、尚更に入ってきたことの衝撃は強く、驚き、騒めき、恐怖した。
鈴音は、そんな周りの反応なんて気にも止めずに注文口に堂々と歩いていく。
そして右手に持った食券を受付のおばちゃんに渡す。
おばちゃんは、オドオドと食券を受け取る。
「ご……ごめんなさい。もうB定食は終わっちゃったの」
おばちゃんは、小さく声を震わせて言うと鈴音は一瞬驚いた顔をしてからぎゅっと青い目を細める。
獲物を狙う獣のように。
おばちゃんは、小さく「ひっ」と声を出す。
「……どうすればいいですか?」
鈴音は、食券を握ったまま小さく、低い声で訊く。
「C定食なら出せるけど……」
「Cって?」
「きつねうどんとお稲荷さん……」
「きつねうどん……」
鈴音は、ぼそっと呟く。
おばちゃんの顔が青ざめる。
不穏な空気が食堂に流れ出す。
(まずい……)
海凪は、青ざめながらも生徒会長としての矜持が前に出て、止めようと立ち上がろうとする。
刹那。
「きつねうどん美味しいよね」
いつの間にか幸が鈴音の背後に近寄り、ヘラっと笑いながら言う。
周囲の視線が一斉に幸に集まる。
海凪は、いつの間にか移動していた幸に驚く。
鈴音が青い目でじっと幸を見る。
「関西風でお揚げに味が染みて、噛めば噛むほど幸せになれるよ」
幸は、ヘラっと笑う。
「麺もコシがあって食べ応え抜群」
「ちょ……船頭君?」
この男は、一体何を言い出してるんだ?
周囲の奇異な目が槍のように幸を突き刺す。
海凪は、慌てて止めようとする、と。
「チキンライスなら少し残ってるよ」
厨房の奥から男子生徒が穏やかな声で言う。
「おにぎりにしようか?」
男子生徒が可愛らしい笑みを浮かべて言うと女子生徒達の顔がキュンッと赤く染まり、小さな悲鳴が上がる。
鈴音は、少し悩むように形の良い眉を顰める。
「じゃあ……それで」
「りょ」
男子生徒は、嬉しそうに頷くと手早くきつねうどんとチキンライスのおにぎりをトレイに乗せてカウンターに置く。
「お箸じゃなくてフォークがいいです。
鈴音がぼそっと言うとおばちゃんは「えっ?」と言いながらも慌てて箸からフォークに入れ替える。
「ありがとうございます」
鈴音は、食券をおばちゃんに渡し、トレイを受け取る。
「熱いならゆっくり食べて」
幸は、ヘラっと笑って言う。
鈴音は、青い目でじっと幸の顔を見てから小さく頷き、端の席に座る。
「いただきます」
鈴音は、静かに言うとフォークを持ってうどんを食べ始める。
「あちっ」
鈴音は、うどんの熱さに驚いて小さく舌を出しながらもフーフーしながらゆっくりと食べる。
見かけからは想像もできない子供っぽい、しかし可愛い食べ方に海凪を始め、生徒達は驚く。
鈴音は、そんな生徒達のリアクションなど気にも止めずにうどんを啜る。
幸は、前髪越しに鈴音が食べてる様子を見て小さく笑む。
「……ねえっ」
いつの間にか寄ってきた海凪が幸の顔を見上げる。
「やっぱ貴方達って知り合いなの?」
「違うよ」
幸は、ヘラっと笑って否定すると自分達のテーブルに戻って置きっ放しにしたトレイを持ち上げる。
「それじゃあお先に」
そう言って返却口に向かおうとする。
「待って」
海凪が慌てて止める。
幸は、唇をへの字に曲げて振り返る。
「なにっ?」
「いや……あの……」
海凪は、少し恥ずかしそうに俯いて指をモジモジさせる。
「お母さんとの思い出……大切にしてね」
「うんっ?」
幸は、顎に皺を寄せる。
「私ね……お母さんと仲良くないの」
海凪は、ぎゅっと両手を握る。
「お母さんとの思い出なんてほとんどなくて……私の面倒はずっとお付きの人達が見てくれて……」
「皆月さんってお嬢様だったんだ」
幸は、ヘラって笑う。
「どうりで上品な訳だ」
「茶化さないで」
海凪は、頬を赤くしてむくれる。
「ごめんっ」
幸は、ヘラっとした笑みを浮かべて謝る。
「だからね……その貴方のこと羨ましいと思うし……そのやっぱり立派だと思う」
海凪は、幸の顔を見る。
幸の表情に驚きが浮かぶ。
「みんなの思い出……消えないように守ってあげて」
海凪は、祈るように幸を見る。
幸は、前髪に隠れた目でじっと海凪を見て……ヘラっと笑った。
「ありがとう……皆月さん」
そう言葉にする彼の笑みは……嬉しそうだった。
「皆月さんも思い出、大切にしてね」
幸の言葉に海凪は目を震わせる。
「どんな思い出だっていつかは輝くから」
幸は、ヘラって笑う。
「きっといい思い出になるよ」
「そ……だね」
海凪は、戸惑いながらもに小さく笑う。
「貴方も……忘れないでね」
「うんっ」
幸は、ヘラっと笑う。
「それじゃあ教室で」
「教室で」
そう言って二人は短い別れを告げた。
その際、海凪は幸に聞こえない声で小さく呟いた。
忘れないで……私のこと……無理だろうけど。




