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船頭 幸

謎の多い陰キャ男子のお話しです。

一見、普通の高校生に見えますが実は・・

 二年三組の船頭(せんどう)(ゆき)は、死体を洗っている。


 それは港町として日本で一番有名な市の中心区にある進学校で地を這う汚泥のように流れる噂だった。

 船頭幸は、特待生として進学校に入学した。

 公表された訳ではないが試験の総合成績は上位三名に入ってると噂され、その後の成績でもそれが事実であることを物語っている。

 光を吸収するような長い黒髪は、彼の目元をすっぽりと隠している。前髪の下半分の顔は鼻筋は整っており、唇も綺麗な線を描いているが肌が白いためどことなく貧相に見える。背は高校二年生の平均より二、三センチ高いが、線が細いため逆に貧弱に見えてしまう。

 そして彼はあまり話さない。

 授業で指されれば模範的な解答を答えるもそれ以上のことは話さず、休憩時間は常にスマホを開いて電子書籍を読んでいる。

 それらを総合して彼はこう呼ばれている。

 陰キャ、と。

 そして死体を嬉々として洗う死体愛好家(ネクロフィリア)である、と。

 結果として彼に訪れたのは陰湿なイジメというマイナスの相乗効果であった。

「どうしたの?船頭くん?」

 船頭(ゆき)の隣の席に座る皆月海凪(まな)が怪訝そうな顔で彼を見る。

 幸は、机の中を手で探り、スクールバックの中身を探っていた。

「数学の教科書がないんだよ」

 幸は、口元にヘラっとした笑いを浮かべて言う。

 海凪は、形の良い眉を顰める。

「忘れたの?」

「うーんっトイレに行く前までは確かにあったはずなんだけどな」

 幸は、ヘラっとした笑みを浮かべたまま長い黒髪を掻く。

「皆月さん知らない?」

「さあっ私もトイレに行ってたから……」

 海凪は、言いかけて気付き、前の席に目を向ける。

 黒板の近く、机を椅子がわりに座り、制服を校則に引っかからない程度に着崩した数人の男女のクラスメイト達がこちらを見てニタニタしている。

 それを見た瞬間に海凪は教科書消失の黒幕が彼らであると気づく。

 海凪は、眉を逆立て、椅子から立ちあがろうとする。

「いいよ。皆月さん」

 幸は、ヘラっとした笑みを浮かべたまま海凪にしか聞こえない程度の小声で彼女を静止する。

「君が騒ぐと大事になるから……話し合わせて」

 幸の言葉に海凪は、大きく目を見開き、睨む。

「貴方……分かってたの?」

「そりゃあ毎日やられてますから」

 幸は、ヘラっと笑う。

「あの人たち……僕のことが気に入らないみたいなんだよね」

「なんで笑ってるのよ?」

 海凪は、苛立ちを顔に浮かべる。

「嫌がらせされてるのよ?もっと怒りなさい」

「僕が怒ったところであの人たちに甘いお菓子をあげるようなもんだよ。調子づいて、面白がって、さらにエスカレートするだけ」

「質が悪いわね。本当に」

 海凪は、ニヤニヤとこちらを待て笑ってるクラスメイト達を一瞥する。

「それに彼らの言ってることは間違ってないよ」

 幸は、鞄を漁るのをやめて机の端にひっかける。

「僕は、ご覧の通りの陰キャだし、ご遺体を相手にしてるからね」

 

"ご遺体を相手にしている"

 

 文章にするとあまりにも短い言葉が威力を持って海凪の胸に小さく刺さる。

「それって……」

「適当に困ったフリしとけばこれ以上はしてこないよ。彼らも内申点は欲しいだろうから」

 陰湿な嫌がらせこそするが彼らも一応は進学校の生徒。大学進学を希望しているはず。なのでこれ以上の問題になりそうな行動は起こそうとはしないはず……。

「とにかく君は何もしなくて平気だよ。生徒会長が注意しようものならそれこそ大問題に発展しちゃうからね」

 皆月海凪は、二年生から進学校の生徒会長を務めている。

 本来は一年生で異例の生徒会副会長に抜擢された学年どころか全国模試でもトップを争う和的美人がエスカレート式に会長になるはずだったが彼女は自分はトップの器ではないと(うそぶ)き、会計をしていた海凪を推薦し、押し上げられたのだ

 当確当初は学年中、いや学校中から批判されたが元々副会長に次ぐ成績を収めた特待生で腰まで伸ばした光沢のある長い黒髪に黒真珠のように輝く大きな目、体つきこそ小柄だが清楚な雰囲気を漂わせる知的美人の彼女はすぐに頭角を現し、今では生徒のみならず教師達からも信頼を集めている。

 二年生になってから初めて一緒のクラス、そして隣の席になってからは同じ特待生ということもあってか?何かと話しかけられるようになった。

「君の影響力なら直ぐに広まっちゃうからね。静かにしててもらえると嬉しいな」

「でも……」

「下手に騒いで巻き込まれると君も内申点に影響しちゃうかもよ。せっかく推薦で進学出来るくらい頑張ってるのに」

「推薦でいける大学なんてたかが知れてるわ。でもそんなこと言ったら貴方だってそうでしょ?こんなことされていつか問題になったらそれこそ内申に響いて……」

「それは大丈夫」

 彼は、ヘラっと笑う。

「僕、進学しないから」

 その言葉に海凪が大きく見開く。

「それよりさ。教科書見せてくれる?」

 幸は、ヘラっと笑って言う。

「今からだと探しに言ってる時間がないからさ」

 海凪は、ちらりっと彼らの方を見る。

 彼らは、幸がまるで慌てた様子を見せないからかつまらなそうに苛立っている。

「……いいわよ。机くっつけましょうか?」

「うんっありがとう」

 幸は、嬉しそうに笑い、机をくっ付けようとする。

 刹那。

 教室の扉が開く。

 幸と、海凪と、クラスメイト達の目が一斉に扉に向く。

 視界に入ったのは艶やかな銀色の輝き。

 教室に入ってきたのは長い銀色の髪の美少女であった。

 アーモンド型の鋭く細まったカラコンを入れているのであろう青い目、流れるような鼻梁、形の良い唇、身長も女子にしては高く、綺麗な身体のラインをしていることが着崩した制服越しにも分かる。

「銀狼」

 生徒の一人ぽそりっと呟く。

 その瞬間、銀髪の少女の目が鋭く細まり、呟いた生徒を青い目で睨みつける。

 睨みつけられた生徒は「ひっ」と小さな悲鳴を上げて椅子から落ちそうになる。

 銀髪の少女は、興味を失ったかのように視線を反らす。

 その目が次に向いたのは……。

 銀髪の少女は、足音を立てずに大股でまっすぐと、幸と海凪の方に寄っていく、

 海凪は、目を大きく開き、幸は前髪越しに迫る銀髪の少女を見る。

 銀髪の少女の足が二人の前に止まる。

 少女の目が二人を……幸を見下ろす。

 幸は、ヘラっとした笑みを浮かべたまま前髪で隠れた目で少女を見上げる。

 緊迫した空気が教室に流れる。

 危険を感じた海凪が止めに入ろうと立ち上がりかける。

 しかし……。

「キュリオス」

 キュリオス?

 海凪は、彼女の発した言葉の意味が分からず眉を寄せる。

 銀髪の少女は、右手を幸の前に差し出す。

 その手に握られてたのは土で汚れた数学の教科書だった。

  表紙には"船頭 幸"と綺麗な字で書かれている。

 その瞬間まで誰も少女が教科書を持ってるなんて気づかなかったので海凪も、制服を着崩した生徒達も動揺する。

「落ちてました」

 少女は、むすっとした顔で言う。

「ありがとう」

 幸は、動揺の一つも見せず土で汚れた自分の教科書を受け取る。

「指……汚れてるよ」

 幸は、少女の土で汚れた綺麗な指先と土の食い込んだ綺麗なピンクの爪を見る。

「ちゃんと洗うんだよ」

「はいっ」

 銀髪の少女は、表情一つ変えずに頷き、背を向ける。

 そして制服を着崩したクラスメイト達を青い目で一瞥する。

 生徒達の表情が一斉に青ざめ、女子達は小さく悲鳴を上げる。

 しかし、銀髪の少女は、それ以上のことは何もせず、そのまま教室を出て行った。

 安堵の息が一斉に漏れる。

「こえぇ」

「なに?あの威圧感?」

「殴られるかと思った……」

「えっ?てかまさか教科書届けにきたの?」

「銀狼が⁉︎」

「あの陰キャ(船頭)に⁉︎」

 生徒達の視線が一斉に幸に集まる。

 しかし、幸は、気にした様子もなく、嬉しそうに口元を緩めて教科書についた土を払う。

「船頭くん……」

 海凪は、じっと幸を見る。

「あっ皆月さん。教科書戻ってきたからもう机くっつけなくていいよ。ありがとうね」

 そう言ってヘラっと笑う。

「それはいいんだけど……」

 海凪は、眉を顰める。

「貴方……花園さんと知り合いなの?」

 花園鈴音(すずね)

 それがあの銀髪の少女の名前。

 今年入学した一年生で進学校唯一の不良にいつの間にかなっていた少女。

 その端正な顔立ちと銀色の髪、そして冷徹な雰囲気から"銀狼"と呼ばれ畏怖されてる。

 そんな不良少女と成績しか取り柄のない陰キャ男子がどうしても結びつかない。

「知り合いじゃないよ」

 幸は、ヘラっと答える。

「じゃあ、なんで教科書を届けにくるのよ?」

 腑に落ちないと言わんばかりに海凪は口を尖らす。

「名前書いてあったからでしょ?」

 幸は、簡単に返す。

「名前だけで分かる?何百人もいるのに?しかも二年生だよ⁉︎」

 確かに幸も特待生で試験の総合では海凪の一つ下に必ず名前があり、上位メンバーとして順位表に掲載されているが、上級生の成績なんて彼女が興味を示すなんてとても思えない。

「超能力でも使ったんじゃない?」

 幸は、ヘラっと笑って教科書を置き、机を元の位置に戻す。

「それよりももう先生来るよ。話してると内申下がるよ」

 幸は、ヘラっと笑いながら言うともう話すことはないと言わんばかりに前を向く。

 海凪は、むっと頬を膨らますも幸の予言通り先生が入ってきたので話しを止めた。

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