最後の言葉
青い異形の全ての口が開く。
青い炎が吹き荒れる。
「……巻き込んじまってすまない」
幸は、獣のように鋭い目をきつく細め、ユニコーンを見る。
黄金の刃の光が増す。
「皆月さんを守ってくれ」
「はいっご主人様」
ユニコーンは、恭しく言い、蹄を床に打ち付ける。
「私の命に変えて役目を遂げます」
「ダメだ」
幸は、切り裂くように否定する。
「死ぬことも傷つくことも許さない。ひたすらに皆月さんと自分の身を守れ。俺に何があってもだ」
「……畏まりました」
ユニコーンは、小さく頭を下げる。
幸は、小さく唇を噛み締め、獣ような鋭い目で青い異形 を睨みつける。
黄金の刃が威嚇する鳥のように桁魂しい音を上げる。
刹那。
七つの青い炎が放たれる。
放たれた七つの炎は混じり合い。重なり合い、火炎となる。
「光よ」
ユニコーンの角が紫色の光を放つ。
紫の光は衣のように柔らかに広がり、自身と海凪を包み込む。
青い火炎が幸達に落ちる。
燃え上がる青い火炎。
海凪とユニコーンを覆う紫の衣が炎の攻撃を防ぐ。
海凪は、白い喪服で身体を包みながら紫の衣を、それを支え、唸るユニコーンを、そして紫の衣の向こうで火炎の海に飲まれる幸を見る。
幸は、黄金の聖剣を垂直に構えたまた微動度にしない。
白い喪服が燃え、身が千切れて血を吹き出し、新たな火傷が広がっていく。
しかし、それでも幸は動かない。
黄金の聖剣の輝きが蛇のように刃を、幸の身体に巻きつき、激しい音を立てる。
青い炎が消える。
青い燃え滓が床を焦がし、壁を燃やす。
紫の衣が消える。
ユニコーンは、脚を震わせ、崩れ落ちる。
海凪は、呆然とユニコーンを、そして幸を見る。
幸は、白い服が焼け焦げ、全身から血を吹き出し、火傷に覆われながらも構えを解かない。
ボロボロになった幸の姿を見て青い異形の七つの首が嘲笑うように醜く歪む。
青い異形が変化する。
粘土細工のように身体を歪め、顔をぽっかりと開いた巨大な人魚の姿になる。
「お母さん……」
海凪は、黒真珠のような目を震わせて呟く。
青い異形は、両手を祈りを捧げるように大きく開く。身体中から青い雫が天井に向かって雨のよつに降り上がっていく。
青い雫達は、くっつき、重なり、歪みながら形を形成する。
それ暗い青色の三又矛の姿となった。
青い異形は、三又矛を逆手に取ると切先を幸に向ける。
切先が捻じ曲がって回転し、潮渦のようになる。
あんなもので貫かれたら肉片の一つも残らない。
「船頭くん!」
海凪は、幸に逃げるよう叫ぶ。
しかし、幸は聖剣を構えたまま動かない。
「せんど……」
「大丈夫です」
ユニコーンは、青い目を海凪に向ける。
「ご主人様は必ず貴方を救います」
ブレることのないユニコーンの言葉。
海凪は、黒真珠の目を震わせて幸を見る。
青い異形は、幸に矛先を向ける。
荒波のような声が穴から溢れる。
三又矛が幸に向かって振り下ろされる。
回転の衝撃と威力が空気を裂き、床を破壊し、幸の身体を叩く。
そして切先が幸の身体の真芯を捉える。
刹那。
黄金の聖剣が叫ぶ。
刀身から黄金の光が稲妻の如く走り、幸の全身と空間に轟く。
ギャインッ!
三又矛が渇いた音を立てて破裂する。
表情のない青い異形の顔に恐怖が走る。
「聖光」
幸の獣ような目が猛々しく燃える。
「浄化せよ」
一閃!
黄金の光が流星となって黄金の刃から放たれる。
青い異形の身体を無数の閃光が貫く。
青い異形の身体が音も立てずに破裂する。
青色のシャボン玉が部屋の中を幻想的に輝かせる。
「お母さん……」
海凪は、呆然と呟く。
ユニコーンは、青色の目を細める。
「まだだ」
幸は、短く呟き、聖剣を前に突き出す。
切先に青色のシャボン玉が止まる。
「船頭くん?」
海凪は、黒真珠の目で怪訝に幸を見る。
幸は、血で濡れた髪を掻き上げる。
青色のシャボン玉の中をゆっくりと歩き、聖杯に、青い屍蝋と化したアクエリアスの前に来る。
黄金の聖剣をアクエリアスに向け、切先に乗った青色のシャボン玉を彼女の唇に寄せる。
唇に触れた瞬間、シャボン玉がするりと口の中に入っていく。
青い屍蝋が輝く。
苦悶に歪んでいた表情が崩れ、うっすらと目が開く。
海凪の黒真珠の目が大きく見開き、唇が震える。
「皆月さん」
幸は、海凪の方を向くと小さく笑う。
「こっちに来て。あまり時間はないから」
海凪は、黒真珠のような目を震わせ、立ち上がりかけ、止まる。
行きたい……でも怖い。
海凪は、足が竦んでしまい、それ以上動けない。
お腹に温かい感触がする。
ユニコーンが大きな首を海凪に押し当てたかと思うとそのまま持ち上げて背中に乗せる。
「ちょ……」
「行きましょう」
ユニコーンは、静かに言うと幸達に寄っていく。
「皆月さん」
幸は、黄金の聖剣を血で汚れた左手に持ち替え、右手を差し出す。
「痛くないの?」
「慣れてる」
そう言って幸は笑う。
海凪は、釈然としなそうな表情を浮かべながらも幸の右手を握り、身を屈めたユニコーンの背から降りる。
「語りかけて」
幸は、海凪をアクエリアスの前に連れていく。
「なんでもいいから。伝えたいことを」
海凪は、アクエリアスの前に立つ。
薄く開いたアクエリアスの目が海凪を映す。
幸は、白い喪服の胸元をぎゅっと握りしめる。
「おか……あさん」
海凪は、恐る恐る声をかける。
アクエリアスの目がじっと海凪を見る。
海凪は、戸惑う。
何を……何を言えばいい?
もっと一緒にいたかった?
お話ししたかった?
誤解してごめんなさい?
死なないで?
私を一人にしないで?
様々な言葉と感情が海凪の頭と心を逡巡する。
「お母さん」
海凪は、小さく呟く。
黒真珠のような目から涙が一筋流れる。
「私を……産んでくれてありがとう」
涙がポタポタと落ちる。
「私……忘れないから」
唇が震える。
涙が溺れるように顔を濡らす。
「お母さんのこと……絶対に忘れないから!」
海凪は、泣く。
大声を上げて泣く。
アクエリアスは、驚いたように目を大きく見開く。
「ま……な……」
青い唇がゆっくりと開く。
「いい思い出……たくさん作りな」
アクエリアスの顔が優しく微笑む。
その顔は……まさに母親のものだった。
アクエリアスの目が閉じる。
命の火が潰えたのをその場にいる誰もが感じた。
青色のシャボン玉が揺らぎながら全て弾ける。
海凪は、聖水に沈むアクエリアスの身体を抱きしめ、大声で泣いた。
ユニコーンは、静かに目を閉じる。
幸は、聖剣を床に突き刺し、黙祷する。
「どうぞ良き思い出と共に。ゆっくりとお休みください」




