ユニコーン
「いやぁぁぁぁぁ!」
海凪の悲鳴が響き渡る。
暴水竜の顎が閉じる。
今だ燃え続ける青い炎を目を細めて睨みつける。
「船頭くん……みんな……」
海凪は、身体を震わせ、口に手を当てて青い炎を、その中で燃え消えた幸と執事達を呆然と見る。
暴水竜が海凪に首を向ける。
硬く、醜い顎を醜く歪めて笑う。
海凪は、背筋を震わせ、白い布を掴む。
白い布が再び海凪の身体を離れ、大柄な鎧騎士へと姿を変える。
鎧騎士は、床を蹴り上げ、跳躍し、暴水竜に拳を振り上げる。
しかし、暴水竜は、歯牙にもかけない。
硬く醜い顎から青い炎が放たれる。
鎧騎士の身体は、青い炎に包まれ、そのまま消し炭となる。
海凪は、息を飲む。
暴水竜は、硬く醜い顎を花が開くように大きく開く。
そして海凪に向かって一気に首を伸ばす。
食われる!
海凪は、目を硬く閉じた。
刹那。
青い炎がシャボン玉となって舞い上がる。
大地を砕くような音が響き渡る。
シャリンッ!
暴水竜の首が切断され、海凪に触れる直前に青いシャボン玉となって舞い上がる。
残った身体が悶えて暴れ、切断面から青色のシャボン玉を噴き出す。
海凪は、目の前で吹き荒れた青色のシャボン玉を呆然と見る。
「皆月さん」
頭の上から降りてきた声に海凪は我に帰る。
そこにいたのは火傷と血に塗れ、ボロボロの白い喪服に美しい黄金の聖剣を携えた幸と……。
海凪は、黒真珠のような目を大きく見開く。
そこいたのは今の今まで超常な現象を見せつけられた海凪を驚かすには十分なものだった。
「ユニコーン?」
滑らかなで柔らかく。そして神々しく銀色の短毛、その毛に覆われる雄々しい美しい四つ脚の巨軀。天を貫くように伸びた銀色の鬣、燃え上がる凛々しい青い目、そしてこの世のどんな彫刻にも再現できないであろう長く伸びた銀色の面に額から伸びる貝のように渦を巻いた紫の光を放つ鋭い角……。
それは神話に登場する一角獣そのものだった。
傷だらけの幸を背に乗せたユニコーンは、美しく、凛々しい目で海凪を見る。
「幸くんこの……」
ユニコーンはなに?と聞く前に幸が口を開く。
「あいつらは無事だ」
幸の言葉に海凪は目を震わせ、青い炎の火柱が上がったところを見る。
執事達は糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちる。近づかなくても無事であることは海凪の目にも分かる。
海凪は、込み上げる感情を抑えるように口元に両手を当てる。
「助かった」
幸は、空いている左手でユニコーンの首筋を撫でる。
ユニコーンは、嬉しそうに青い目を細める。
「火柱が迫る直前にこいつが現れて執事達を引き剥がしてくれたんだ」
そして自由になった幸は聖剣で迫り来る火柱を縦横無尽に切り裂き、シャボン玉へと変えた。
「ありがとな」
幸は、小さな女の子の頭を撫でるようにユニコーンの首筋を撫でる。
「怪我はないか?」
「はいっご主人様」
ユニコーンの声が直接頭に響くように入ってくる。
女の子のような高い声。
海凪は、その声をどこかで聞いたことがある気がした。
「ご主人様を守るためならどんな傷も些細なことです」
そう言ってユニコーンは、首を垂れる。
幸は、辛そうに顔を歪める。
傷が痛むのだろうか?
海凪は、大丈夫?と声をらかけようとする、と。
海凪の身体に温かいものが掛けられる。
幸と同じ、しかし、海凪の身体をすっぽりと覆うような大きな白い喪服だ。
海凪は、顔を上げる。
波を打つような黒髪の筋肉質の逞しい美丈夫がいつの間にか立っていた。
「乙女を剥いたままにしておくのは感心しないな」
そう言って男は見惚れるような美しい笑みを浮かべる。
海凪は、一瞬何のことを言われているか分からなかった。
そして今更ながらに自分が裸体であることを思い出し、死前湯灌で麻痺していた羞恥という感覚が襲いかかってくる。
海凪は、声にならない悲鳴を上げて赤面し、喪服で身体を隠して縮こまる。
「田中」
幸は、忌々しげに表情を歪め、言葉を擦り潰す。
「こんにちは聖人」
田中は、にこっと友好的な笑みを浮かべる。
「なんでここにいる?……いや……なんで……」
幸は、自分を背に乗せたユニコーンに目を見る。
「連れてきた?」
幸は、ぎゅっと目をきつく細める。
「ご主人様……」
ユニコーンは、青く丸い目を幸に向ける。
「ご主人様と呼ぶな」
幸は、唇を噛み締めユニコーンを睨む。
「俺はお前の……主人じゃない」
冷たいとも感じる口調。
しかし、その言葉の端に血が滲んでいるように海凪には感じられた。
ユニコーンは、寂しげに幸を見上げる。
「苦戦してるのではないかと思ってね」
田中は、戯けるように肩を竦めてにっと笑う。
「声をかけたんだよ」
「余計な……」
幸は、ギリっと奥歯を噛み締める。
「実際に苦戦してるだろう?」
田中は、火傷と血で汚れた幸の身体を見てほくそ笑む。
「見たまえ」
田中は、首の無くなった青い異形を指差す。
青色のシャボン玉が音を立てて弾ける。
青い異形の震えが止まり、破断面から竜の頭が形成されていく。
それも一つだけではない。一つ、また一つと増え、天井まで伸ばし……。
「ヒュドラ……いやこの国風にいうなら八岐大蛇か?」
七つ目の竜の頭が形成されたのを見て田中は、面白がるように言う。
青い異形は、口蓋から青い炎を噴き上げ、幸達を睨みつける。
幸も鋭い目で冷徹にその光景を見る。
「何故消えない?」
「未練でもあるのではないか?」
田中の目が聖杯の風呂で横たわる青い屍蝋を見る。
「未練?」
その言葉に幸の鋭い目が小さく震える。
「未練を断ち切れ。聖人」
田中は、厳かな声で言う。
「それが出来ねばお前の死前湯灌は終わらんぞ」
「お前に言われるまでもねえ」
幸は、ユニコーンから飛び降りる。
聖剣を垂直に構え、左手を黄金の刃に乗せる。
「死前湯灌は必ず終える」
黄金の刃を握りしめる。
赤い血が吹き出し、黄金の刃を染めていく。
「思い出は……俺が守る」
黄金の刃が激しい光を放つ。
田中は、ニタァと笑う。
「吉報を待つ」
「縁起でもない言葉使うな」
幸は、ギンっと睨みつける。
田中は、笑みを消さないまま空間に溶け込むように姿を消す。
海凪の身体を覆う白い喪服だけが残った。




