ゲーム開始
注文したゲームと本体が届いたとき、早まったかもと少しだけ後悔した。
前世がいわゆるファンタジーだったせいか、今の僕はそういったことに全く興味が無い。
魔法をバンバン打つのも魔物をバサバサなぎ倒していくのも前世で飽きるほどやってきた。それに伴う汚い部分も嫌というほど見てきた。いまさらそれを娯楽として楽しめるとは思えない。
ゲームのパッケージを手にとり、ぼんやりと眺める。
キャラクターが集合したイラストの中央近くに前世の僕とよく似た男がいる。
公式ページによれば、このゲームは三部構成になっていた。
一部が主人公の村が魔獣に襲われ壊滅し、復讐のために自らを鍛えて軍に志願する。二部は従軍し帝国との戦いに身を投じる。三部は帝国との闘いを終えて魔獣を生み出す魔王との戦い。
前世の僕が出てくるのは一部の後半からだそうだ。
「…………とりあえず、そこまでやってみるか……」
紹介されていた記事の中では難易度が高いと何度も書かれていた。ゲームに慣れていない僕が遊んでも大丈夫だろうか。
「進めなくなったら攻略サイトでも探すか」
僕は慣れない手つきでパッケージを開いた。
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慣れないながらもゲームそのものは比較的あっさり進んでいく。戦略でつまることもない。その代わりにゲーム用語がわからなくて検索をかけたり、操作システムに慣れなくてどこを開いたらいいかわからなくなることはよくある。
操作で苦労しているが、たぶん面白いと思う。戦略を練るのが楽しい。前世に戻ったような不思議な気持ちになる。
ストーリーが記憶とほぼ同じというのも理由の一つだろう。
前世と現在が入り混じるような、不思議な気持ちを抱いたままゲームを進め二部に入る。
二部は帝国編だ。隣接する帝国が魔獣災害そっちのけで国土拡大を狙うのを阻止する、という内容らしい。記憶にあるのと変わりない。
ここで僕は、ストーリーを進めることにためらいを覚えた。
なぜなら、記憶によれば次のステージは前世の僕が命を落とした場所だから。
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ストーリーを進めるのが怖くなった僕は、しばらくゲームを離れてネットで情報を集めることにした。ネタバレ万歳。今は先を知らないほうが怖い。
そして知った衝撃の事実。
「あれ? 生きてる……」
ゲームの僕が死んでいないのである。
「このゲームは、前世とは違うのか……?」
旅立ち編と名付けられた第一部では死亡退場するキャラがいない。
記憶の中でもそうだった。彼ら彼女らはこの時点では生きていたはずだ。
だけど、この先はどうなるのか僕も知らない。
帝国との激しい戦いで、ゲームに登場している知り合いが死んでいるかもしれない。ここに登場している人物たちはほとんどが顔見知りだ。僕は、この中の誰かが命を落とすところを見たくはなかった。
しかし。
「全員生存高難易度チャレンジか……」
一部の敵キャラを含めた登場人物全員を魔王討伐完了まで生き残らせることがクリアスコアを高くするためには必須らしい。
複数あるエンディングの中で最高。であれば、やるしかない。
僕も含めて全員を、生きて帰らせる。
かつてのように、闘争心に火が灯る。
もう怖くはない。
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緊張と共にゲームを再開した。
僕が命を落とした帝国との国境近くにある辺境の砦。そこには帝国から追いやられてきた魔物がひしめきあっていた。人為スタンピードだ。これをすべて倒さないと、後方にある村や集落に被害が出る。絶対に阻止しなければ。
ステージ開始。主人公が出撃する場所を選び、他の人物も配置していく。ここは記憶を頼りにするよりもゲームのキャラクター性能を重視した。
小隊長同士の相性が悪く隣り合って配置すると途中で手柄争いを始めて先走ることも無ければ、目が届かないところに配置するとサボって周りに迷惑をかける書記官もいない。食事が足りないと持ち場を勝手に離れて糧食を漁りに行く小隊も無ければ、戦いの合間にある休息時間のたびに女性問題で逮捕される竜騎士もいない。
誰をどこに配置してもきちんと役割を果たしてくれる。なんて素晴らしい。
「がんばってたな僕」
思わず遠い目になるのも仕方ないだろう。
諸事情により若くして魔術師団長になった僕は、ずっとなめられていた。
この砦のステージは団長就任から五年ほど経ったときのものだ。五年かかっても部下からは親の七光り扱いされ、協力関係にある騎士団や竜騎士隊からも本当の戦いを知らない坊ちゃん扱いされていた。騎士団や竜騎士にとって魔術を使って遠距離で薙ぎ払うのは戦いではないらしい。治癒師や事務方からの理解はあったことだけが救いだった。
魔術の実力を示すまではお客様扱いで、実力を示してからは便利な砲台扱いだ。
しかし、ゲームを始めて理解した。
「僕、ほんっと便利だわぁ……」
出撃ユニット最後の一人である僕を、迷わず魔物が集中する場所に配置した。
射程が長くてどこにでも攻撃が届くうえにMPが多い。敵が集中するところで範囲攻撃を打って数を減らし、手が空いた隙に苦戦している所へ援護射撃をする。使える魔法の種類も豊富で敵に合わせた攻撃ができる。それだけでほとんどのステージがクリアできた。いいのかこれ?
ゲームらしく物理攻撃力と体力は低く足が遅く調整されているため、敵に追いかけられるとやや厳しいし物理攻撃を受けると簡単に死ぬ。それを補ってあまりある火力が搭載されていた。ここまで火力頼みだった記憶はないぞ美化されてないか?
まあいい、ステージ開始だ。
迫りくる魔物を蹴散らし、順調に進めてきた5ターン目。
ステージの端に謎の勢力が登場し、ゲームの僕を倒そうと進軍してきた。
「やっぱり来たか」
ゴクリと唾を飲み込む。手汗が酷くて気持ち悪い。服に手をこすりつけて汗をぬぐう。
この謎の集団は前世で実際に現われている。僕は防衛任務の半ばで彼らに殺された。
犯人の素性は推測できる、帝国だ。
前世の僕は侯爵家の次男で見た目がそこそこ良かったらしく、女性から声をかけられることが多かった。父が宰相を務めていて地位が高かったのも理由のひとつだろう。
声をかけてくる女性の一人に帝国皇妃の姪がいた。外交の場で出会った僕をなんとかして帝国に連れて帰ろうと、こちらへ薬を盛ったり誘拐未遂をしたりと国内に滞在している期間でやりたい放題してくれた。問題行動が理由で帝国に帰ってからも僕を諦めてくれなかった。
移動すれば襲撃され、実家や職場である魔法研究所の寮には侵入者が訪れる。婚約者には脅迫状や暗殺者が送られ、耐えられなくなった彼女からは婚約の解消を求められた。
お互いに好きだったわけでもなく政略の調整も上手くいったため、婚約はあっさり解消された。それで彼女が安全になるならいいかと思っていた矢先に暗殺されてしまった。
彼女の葬式に押しかけてきたあの女と会ったとき、帝国に婚約解消の情報が来なかった依頼を止める時間が無かったと主張していた。きっと嘘だろう。あれだけ醜悪な顔で笑っておきながら暗殺依頼を平気で口にしておきながら、自分は悪くないと主張するその心が魔物のようだった。
醜悪な女に執着され国内に何人もの不審者を送り込まれた僕に、国は表立って護衛をつけるために役職を与えた。それが魔術師団長の地位だった。ちょうど当時の団長がケガで引退するタイミングだったこと、暗殺を防ぐために騎士団含め団長職には護衛を兼任する側近が配置される決まりがあったことが理由だ。
国としては僕に送り込まれた不審者を捕まえて帝国とのつながりを明らかにし、外交カードのひとつにしたかったようだ。誤算があるとすれば、帝国が暗殺者やならず者を送ってきたことをこれっぽっちも悪いと思っていなかったこと。
親の地位が高く、魔法の実力がそれなりにあって、皇妃の姪が気に入っている。だから僕は帝国に所属するべき、姪の婿入り相手としてふさわしい。我が国の抗議に対して、そんな回答が返ってきたそうだ。
この返答を受けて、国の上層部は帝国とは話が通じないと判断した。僕は魔術研究所の新人研究員からいきなり魔術師団の団長に任命されてしまった。これまで魔術師団で頑張ってきた人には受け入れがたいものがあっただろう。
僕が所属する団員にいくら気をつかったところで「でも、あいつ親の権力で地位についた団長なんだよな」で終わりである。面と向かって言われたことがあるし、陰で聞こえるように話しているのを何度も耳にしている。
僕に護衛をつけるためとはいえ、いきなり団長になったゆがみはこの砦の防衛線で現れた。
まず、僕がこの砦の責任者になる予定がなかった。当たり前だ、普通は狙う相手の目と鼻の先に向かわせるわけがない。配置予定の隊長たちがあれこれ言い訳をして国内各地に散ってしまったため、僕しか来ることができなかったのだ。それぞれの隊長には後で処罰が下ったはずだ、軍務省から通達が来ていたけれどその前に死んだからどうなったか知らない。
次に、防衛戦力となる魔術師や兵士による命令無視。主に小隊長クラスからの反発が酷く、どれだけ戦略を練ったところで実際に動く相手が命令を聞かなければ意味がない。命令無視で処罰したこともあるが、それをした後に戦闘をボイコットされてしまいかき集めた農民兵だけで防衛をするはめになった。ボイコットした連中は食堂で酒盛りをしていて、ただでさえ余裕がない糧食がさらに減った。いま思い出しても腹が立つ。
最後に国がつけた近衛騎士団からの護衛。彼らは普段は王族や王城を守る騎士で、僕が魔術師団で受け入れられておらず師団内から護衛を調達できないという理由で配置された。近衛の彼らにとって守るべき相手とは基本的に王族で、僕のような貴族子息を守るのは不本意だったのだろう。明らかに手を抜いていた。砦で使っていた寝室に何度も侵入者が現れて、僕が張っておいた結界に阻まれていた。侵入者が結界を攻撃するたびに起きて対応していたせいで、寝不足になることも多かった。そして、寝不足で訓練中にあくびが出てしまい部下たちからの印象が悪くなるという悪循環も生まれていた。もうどうしろと。
近衛騎士があまりにも役に立たないため、実家に報告をして実家の騎士団から護衛を配置してもらう算段をしていたがその前に死んだから無駄になってしまった。何が「我々に命令できるのは王族だけです」だ。
「なんか腹立ってきたな」
マップの端に追加された敵ユニットを睨みつける。
こいつらが前世と同じであれば、僕を狙って進軍してくるだろう。
ゲームの中で、敵ユニットが声をあげた。
『邪魔な魔術師団長を殺せ!』
なるほど、このゲームを作った人はあの場にいなかったようだ。
真実は「持って帰れないなら殺せ」だった。
あのとき僕は近接戦闘が苦手なわりに粘って、5人いた襲撃犯のうち3人は返り討ちにしたはず。ゲーム内にいる追加された敵は7人。僕が知らなかっただけであと2人いたのか、ゲームの都合でこの人数になったのか。
「僕の敵討ちだ」
今度こそ全員返り討ちにしてやる!
敵討ちだと意気込んでみたものの、実にあっさりと防衛戦に勝利した。
アサシン職である敵は移動距離が長く、僕の足では逃げられないのがわかっていた。
向こうが距離を詰めれば状態異常や遠距離物理が飛んでくることも予測できた。
だから、初めに地形が延焼になる魔法を置いて移動先が一列になるよう制限、敵が並んで進んできたところで貫通効果がある魔法を連打したら簡単に勝てた。
残っていた魔物は、ちゃんと言うことを聞いてくれるユニットたちが指示した通りに動いて排除。
僕が襲撃犯を倒す前に魔物は全滅した。
「まじか」
あまりにも簡単に勝ててしまったため、数日間ぼうぜんとして過ごした。職場で具合が悪いのかと心配されてしまった。
簡単すぎる敵討ちに虚脱感を抱えつつ、ゲームの続きを進める。ここから先は僕が知らない世界だ。




