第17話
「そういえばお嬢様からお伺いしましたが、魔石関係のお店に興味がおありとか」
ロゼリカがそう告げたのは、食事を終えた後だった。
食べた場所は都市にある大衆食堂。巷で流行りだという炒飯を二人で食べた後だった。ロゼリカの声にイグナは一つ頷いて答える。
「ええ……昨日、ラヴィリエと行こうかと話していましたが、結局行けずじまいでして」
「でしたら、折角ですし、私がご案内しましょうか?」
「それは……ありがたいですが」
ふと昨日の夜を思い出す。食事を共にしたラヴィリエは都市にある工房通りのことを楽しそうに話し、次は絶対に連れていくから、と力強く告げていた。
(それを差し置いて、ロゼリカさんに案内を頼むのもな……)
少し迷っていると、ロゼリカは付け足すように告げる。
「実はお嬢様からも頼まれていまして」
「え、そうなんですか?」
「ええ。もしかしたら仕事関係で必要になるかもしれないから、と仰られて。余程、ご自分で案内したかったのか、非常に残念そうでしたが」
こほん、と一つ咳払いをして、ロゼリカは言葉を続ける。
「このように伝言を預かっています――『もし工房通りをロゼに案内してもらったら、今日の夜、屋敷に来なさい。ご飯をしながら感想を聞かせてもらうわ』と」
「……なるほど、ラヴィリエらしいというか」
「ついでにお嬢様のお仕事の愚痴も聞いていただければ」
ロゼリカの言葉にイグナはつい笑ってしまう。
「分かりました。では、ご案内よろしくお願い致します」
「承知しました――といっても、あまり広い都市ではないので、すぐですよ」
そう言いながらロゼリカは都市の道を迷いなく歩き始める。
向かうのは都市の外壁の方向。どうやら、都市の外れの方にあるらしい。
しばらく彼女について歩いていくと、ふと空気の匂いが少し変わるのを感じる。鉄や木が焼ける、どこか香ばしい煙の匂いだ。
歩みを進めれば、聞こえてくるのは金属を叩くような音。行き交う人々は屈強な男たちが増え始める。そして、その通りに入ると一気に雰囲気が変わった。
どこの軒先にも魔導製品や魔石、金属などが並んだ、特徴的な通り。
「――ここが工房通り?」
「はい、鍛冶屋や魔石加工、あるいは魔導製品を手掛ける工房などが多く店を連ねています。ですから通称、工房通りですね」
分かりやすいロゼリカの説明の合間に、金属を叩く音や男たちの低い声が響く。目抜き通りのように呼び込む声はなく、作業をする職人たちの音と声が響く。
蒸気や煙も絶えず上がっており、通りはどこか煙たい。
「鉱山から産出された魔石は主にここで加工されます。なので、魔石はもちろん、それを加工した製品も数多く並んでいますね」
「なるほど、だからこんなに工房沿いにいろんな建物が」
二人で会話しながら工房通りをゆっくり歩いていく。軒先には様々な製品が並んでおり、ついつい目が奪われてしまう。
何軒か軒先を除きながら歩いていくと、ふと一軒の工房が目に留まった。
(……お?)
近づいてみると、そこには魔石がずらりと並んでいた。綺麗に加工された一級品の魔石が並んでいる。
「ここは魔石専門の工房です」
「ええ。加工が見事です」
産出された魔石はそのままでも使えるが、不純物が多いこともある。そういった魔石は魔力炉心に組み込む前に調整する、あるいは加工する必要がある。
この店ではその加工をすでに行っているらしい。そのうちの一つに目を留め、鮮やかさに感心する。
「……いい魔石ばかりだ」
「おう、兄ちゃんはいい目利きみたいだな」
思わずこぼした感想を聞いたのか、奥から一人の職人が顔を出す。髭面の厳めしい男はイグナが見ていた魔石を無造作に持ち上げ、手渡してくる。
「こいつは弟子じゃなく、俺が直々に削った奴だ。どうだい」
綺麗な緑色の魔石。ほんの少し魔力を流すと、瞬時に弾けるような感触が返ってくる。一瞬で増幅した魔力が一気に放出された衝撃だ。
その感触は鋭く大きい。思わず感心してしまう。
「素晴らしいと思います。瞬間的な出力に長けている」
「へえぇ、兄ちゃん、分かるねぇ。じゃあ兄ちゃん、こいつはどう見る?」
イグナの手から魔石を取り上げると、別の魔石を手渡してくる。手触りを確かめ、光に透かす。魔力をわずかに通し、返ってくる魔力の量を確認。
「すごく安定しています。安全性は非常に高いですね」
「ほほう、兄ちゃん、あんた腕がいいが……見ない顔だな」
「新しく入った魔技士です。フランツさん」
ロゼリカがイグナの後ろから告げる。職人は視線をそちらに向けると、少し眉を吊り上げた。
「おう、見た顔だと思ったら、お嬢のところの護衛か。なるほど、新入りを案内していたんだな」
「ええ――イグナさん、紹介します。ここの工房長のフランツさんです」
「始めまして、イグナです」
イグナが手を差し出すと、おう、とフランツは頷いて手を握り、目を細める。
「……若えのに大した手だ。ガストンにも負けてねえな」
「恐縮です。今後、お世話になります」
「ああ、何か魔石が欲しけりゃ俺に言いな。大概の魔石は揃っているが、なければどっかの工房を勧めてやる。今日は何か探しに来たわけじゃなくて、様子見ってところか」
「そんなところですね。もう少し見てもいいですか?」
「もちろんだ。勝手に見てな」
ひらりとフランツは手を振り、工房の奥に戻っていく。イグナは並べられた魔石に視線を向けて眺めていると、ふとロゼリカの声が響く。
「すごいですね、イグナさんは」
「ん、何がですか?」
視線を上げ、隣に並んだロゼリカを見る。彼女は工房の奥を見ていたが、イグナに視線を向けて告げる。
「フランツさんは腕のいい職人ですが、気難しい人でして。そんな方がすぐにイグナさんを認めたので、少し驚きました」
「……自分としては正直な感想を伝えただけのつもりなんですがね」
そう言いながら一つ一つの魔石を眺める。
中には少し仕上げの荒いものもある。だが、それはちゃんと割安になっており、きちんとした価格設定がされているのが分かる。
中でもフランツが加工したと思しき魔石は最高級品――もちろん、その仕上げも抜群だ。惚れ惚れする美しさに思わずため息がこぼれてしまう。
そのまま順番に魔石を眺めていき――ふと隅に置かれた籠に目を留める。
そこには雑多にいろんな魔石が放り込まれている。
「……イグナさん、これは?」
「多分、クズ魔石です」
「クズ魔石……?」
「質の悪い魔石のことです」
純度が著しく低いため、使用するためにはかなり加工する必要がある。だが、その手間の割には儲けにならないから、こういう風に投げ売りしているのだろう。籠には手書きで『一つ、銅貨一枚』と乱暴に書かれたメモが貼られている。
(まぁ、加工すれば使えることは使えるし、別の使い道もあるからな)
質が低い魔石は魔力を注いでも空気中に魔力を放散してしまう傾向がある。だが、その放散する際、魔力は淡い光や熱を放つのだ。
(……あ、そうだ)
一つ思いつき、籠の中を見て手頃な魔石を二つ取り出し、奥に声をかける。
「フランツさん、少しいいですか」
「あん、なんだ、買うのか?」
「この魔石ですけど。ついでに加工をお願いしたくて」
「構わねえが、魔石として使うには手間ぁかかるが――」
「いえ、カッティングだけで大丈夫です」
面倒くさそうにしていたフランツはその言葉で理解したようだ。不思議そうにしているロゼリカに視線をやり、ふん、と鼻を鳴らした。
「いいだろう。んな細けえ仕事は普段はやらねえが、特別だ」
「この魔石なら切れば綺麗に見えると思います」
「……確かにな。兄ちゃん、本当にいい目利きだな」
「手間賃はどれくらいで?」
「負けてやる。素材費含めて二つで銅貨五枚」
「十枚払います。その代わり、オーバルブリリアントで」
「難しいことを言いやがる。んな加工したら、魔石が崩れるぞ」
「でも、この魔石とフランツさんの腕なら行けますよね?」
「……なるほどな、面白ぇ。俺の腕を見せてやらぁ」
いつの間にかフランツの目つきは意欲に満ち溢れていた。イグナの手から魔石を二つ引っ掴むと、獰猛に歯を剥き出しにした。
「しばらく散歩してやがれ。そうだな、夕方には仕上げてやる」
そう言い残すと踵を返し、ずんずん工房の奥に歩いていくフランツ。
ロゼリカには二人のやり取りが全く理解できなかったのだろう、珍しく表情に困惑を滲ませて訊ねる。
「加工をお願いしたのは分かりましたが――その、オーバル……なんとか、とは?」
「カッティングの仕方の一つです。ある形状にカットしてください、とお願いした感じですかね。ただ少し複雑で魔石の場合、綺麗に仕上げるのは難しいのですが」
工房の奥に視線をやり、イグナは確信と共に告げる。
「フランツさんなら、できるはずです」
「なる、ほど……難しい加工をお願いしたのは、分かりました。ですが、その魔石をイグナさんは何にお使いになるのですか?」
ロゼリカの質問に、イグナは少し迷ったが小さく笑って首を振った。
「今は申し上げません。ですが、完成すれば分かります」
「……分かりました。ではそれまで、工房通りをご案内させていただきます」
ロゼリカは少し首を傾げていたが一つ頷くと、工房通りに視線を向ける。その凛々しい横顔を見やりながらイグナは少しだけ楽しみに思う。
(完成品を見て、ロゼリカさんはどんな顔をしてくれるのかな)




