第18話
「――そろそろいい時間ですね」
工房通りにある魔導製品の取扱店を出ると、ロゼリカは視線を空に向けて言う。確かに、とイグナは頷いた。空は茜色に染まりつつある。
今からフランツの工房に行けば、加工をお願いした魔石を回収できるだろう。
「では、受け取りに行きましょう」
「ええ、こちらですね」
二人で元来た道を歩き始める。ロゼリカは見てきた店を眺め、小さく吐息をつく。
「改めて見ると、本当にいろいろ違いがあるのですね。魔導製品には」
「ええ、それはもう」
夕暮れになるまで、二人は様々な店を見て、魔石や魔導製品を見て回った。
そこで並んだ魔導製品は同じ機能を有し、同じ見た目に見えても、工房によって組み込んでいる魔術式は異なり、特徴が分かれる。イグナはそれをじっくりと見極め、ロゼリカも気になったのか、細かく質問をしてきた。
それにイグナが丁寧に答えながら店を見ているうちに、あっという間の日没である。
「今度、屋敷に魔導製品を納入する際は、イグナさんにもご協力いただきましょう。この前、導入した洗濯機ではひどい目に遭いましたから」
「何かあったのですか?」
「最初はしっかり動いていたのですが、ある日、いきなり暴走してお嬢様の服をダメにしてしまったのです……洗濯担当のメイドがひどく落ち込んでいました」
「ああ……」
この前の黒豆茶の店もそうだが、水を使用する魔導製品は良し悪しが特に分かれやすい。いくら水に強いインクを使おうとも水に浸かれば魔術式は劣化する。そのため、どのように劣化を防ぐか、あるいは漏水を防ぐかが工房の腕の見せ所だ。
逆を言えば、手抜きをすればすぐに分かる部分でもある。
「分かりました。その際はお声かけ下さい。少なくとも粗悪品は掴ませません」
「助かります……本当にイグナさんは頼りになりますね」
「魔導技術に関してのみですけどね」
何気ない雑談は途切れずに弾む。今日の休日のおかげでそれくらい、彼女とは打ち解けてきたようだ。おかげでフランツの店はすぐに見えてくる。会話を切り上げて近寄ると、フランツが丁度店の奥から顔を出した。
「お、来たか。兄ちゃん。できているぞ。ほれ」
フランツは布袋を取り出し、無造作に放り渡してくる。その中を覗き込み、その仕上げを確認すると、美しい煌めきが目に入った。
「さすがですね。頼んで正解でした」
「金具と飾り紐をサービスでつけておいた。ほれ、金を寄こせ」
「はい、もちろんです」
懐から巾着を取り出し、銅貨十枚を手渡す。フランツはその重みを軽く確かめ、ふん、と鼻を鳴らす。
「正直、クズ魔石の加工は好かんが、こういう加工なら歓迎だ。また請け負ってやる」
そう言い残すと、じゃあな、と手を振ってフランツは店の奥に消えた。
「ありがとうございます」
その背中にイグナは礼を投げかけてから振り返る。ロゼリカは興味津々といった様子で手元の布袋を見て訊ねる。
「それで――何が出来上がりましたか?」
「ええ、こちらです」
布袋からその魔石を取り出し、ロゼリカに差し出す。彼女は掌の上にそれを載せ、目を丸くした。
「……綺麗……」
その掌の上で輝いているのは、宝石のような石だった。翡翠を思わせる淡い緑色であり、わずかながら光を放っているようにも見える。石は綺麗に多角形にカッティングされ、表面は滑らか。傾ければいろんな色合いを楽しむことができる。
フランツが気を利かせてくれ、それを金具に嵌め込み、飾り紐までつけてくれている。その紐を持ち上げ、小さく言う。
「……アクセサリー、ですか?」
「ええ。魔石はこういう風にアクセサリーとしても使用されることがあるんです」
主に使われるのは魔光石など、光を放つ特性があるものだが、クズ魔石でも代用は可能だ。今回は耐久性が高く、かつ、わずかながら魔力を放つ特性がある魔石を選んだ。
そして、それをカッティングして綺麗に研磨すれば、このように宝石のようになる。
「今日の記念に、ロゼリカさんにはこちらをプレゼントいたします」
その言葉にぴくりと彼女は肩を震わせて顔を上げた。
「い、いけません、こんな高そうな――」
「高くないのは、聞いていましたよね?」
銅貨十枚。一つあたり、銅貨五枚分だ。
それを思い出したのか、ロゼリカは言葉を詰まらせる。迷うように視線を彷徨わせる彼女に、イグナはダメ押しのように訊ねる。
「こんな安い贈り物で恐縮ですが――紅茶のお礼も兼ねて、受け取っていただけますか?」
「……そう言われると、断れるわけないじゃないですか」
彼女の表情が崩れ、仕方なさそうに少しだけ笑う。その無防備な笑顔はやはり素敵だ。それに見惚れていると、彼女はアクセサリーに視線を落として考え込み。
わずかに視線を上げ、上目遣いでイグナを見つめる。
「いいんですか? 本当に」
(……っ)
普段は冷静で落ち着いた女性の、上目遣いでの質問。
それに一瞬、言葉を詰まらせかけ、だがすぐに答えを押し出す。
「……ええ、もちろんですよ」
「ありがとうございます……ふふっ」
控えめに笑った彼女は愛おしそうにそのアクセサリーを眺める。それからそっと自分の首に飾り紐を回し、後ろで括っていく。
その姿を眺めながら、まだ高鳴っている胸を意識して苦笑する。
(ロゼリカさんの笑顔は、威力がすごいな)
それだけについ見とれてしまう。次から気をつけなければ。
イグナが胸に刻んでいると、ロゼリカは髪を整えて彼に向き直る。その胸元で翡翠色の魔石が淡い光を放っていた。
「ありがとうございます。イグナさん」
「いえ、どういたしまして」
彼女は胸元の魔石の感触を確かめていたが、ふと自分の手元の布袋に視線をやる。
「――ちなみに、もう一つ入っている感触がしますが、これはもしかして……?」
「そちらはラヴィリエに、と思っています」
「なるほど、それは妙案です。お嬢様も喜ばれるでしょう」
そう頷くロゼリカはいつもの落ち着いた表情に戻っていた。その布袋を眺めていた彼女はふと何か思いついたようにイグナに視線を向けて言う。
「イグナさん、少し考えがあります」
「へぇ、何でしょう。お伺いします」
「折角ですので、お嬢様を驚かせませんか?」
彼女の茶目っ気たっぷりな片目閉じ。思わずイグナは表情を緩めて訊ねる。
「といいますと?」
「見た目はかなり綺麗な宝石です。なので、木箱を用立ててそれを梱包しようかと」
「いいですね。包装もしますか」
「いいアイデアです。それで渡せばかなり驚かれると思いますよ」
想像してみる。箱に収められた魔石を見てラヴィリエがどう反応するか。
(驚いて、お金の心配をして、かな)
他のどんな反応をするか、想像するだけで楽しくなってくる。
「材料費は折半で」
「加工の際は少しだけ、イグナさんのお家をお借りします」
二人は頷き合うと、少しだけ共犯めいた表情を浮かべる。
(……まさか、ロゼリカさんとこんなことを考えられるようになるとはな)
仕事を休んでみるものだ、としみじみ思いながら。
二人で企みを実行するべく会話を弾ませ、家への道を歩いていく。
その後、屋敷で出迎えてくれたラヴィリエに畏まってその魔石を渡したところ、彼女が真っ赤な顔をして狼狽える、という可愛らしい反応を見せてくれた。
その反応にロゼリカがご満悦そうな表情を浮かべていたのもまた新鮮であった。




