第16話
「……こんな休日の過ごし方もあるのですね」
思わずそんな声がこぼれたのは、ゆっくりとしたお茶の時間が過ぎてからだった。
(美味い食事と紅茶。これがあるだけでこんなに心が安らぐとは)
しみじみとその時間を噛みしめていると、ロゼリカは淡く微笑んで頷いた。
「他にもいろんな過ごし方がありますので、それをお手伝いさせていただければと思います――もちろん、私もこの休日を楽しませていただきますが」
彼女はそう言いながら紅茶のカップを軽く持ち上げる。イグナは頷きながら少し笑う。
「ええ、それはもちろん。というか、お付き合いさせて申し訳ないです」
「お気にしなくて大丈夫です。私も人をお世話するのは楽しいので」
ロゼリカは紅茶を机に置いて目を細める。
「私もお嬢様と休日をお供し、紅茶をお出しするのです。お嬢様も気が付けば休みの日でも仕事をされる方ですので、予めこうしてお休みセットをご用意して」
「お休みセット……」
「はい、お仕事を始めそうになったら、すぐに紅茶であったり、もしくはお嬢様の好物であったり。あるいは、街にお誘いしたり。そうしないと、すぐにお嬢様は仕事をされるので。そういうところは、イルグさんもそっくりですね」
そう話す彼女は心なしか楽しそうだ。カップを机に置くと、金属瓶を差し出してお代わりを注いでくれる。それを受け取りながらふと思う。
(……こうしてロゼリカさんとのんびり話すのは初めてだな)
業務上のやり取りはよくあり、端的な会話は彼女とよくする。
そのときはいつも表情を変えず淡々としており、いかにもデキる女性、と言う感じだ。ラヴィリエが絡むと、少しお茶目な部分も出るが。
とはいえ、こういう風に他愛もない会話は初めてだ。意外と饒舌な彼女の表情に表情を緩めていると、ふと彼女は口を噤んで、すみません、と眉尻を下げた。
「私ばかりが話し過ぎてしまいましたね」
「いえ、お気になさらず。聞いていて楽しいですから」
イグナは笑いながら言い、前から気になっていたことを訊ねてみる。
「ラヴィリエとはどれくらいの付き合いなんですか? 長いとはお伺いしていますが」
「実は子供の頃の付き合いなんです。私は辺境伯に仕える侍女頭の娘で、父は騎士をしているので、両親が働いている間、旦那様の厚意でお屋敷に置いていただいていたのです」
「それでよくラヴィリエと一緒に?」
「はい、幼い頃はよく一緒に遊び、共に勉強をしていまして。昔はお嬢様は寂しがり屋ですから、自然とこの人の傍にいないと、という気がして」
「それでラヴィリエの傍で仕えていらっしゃる、と」
「ええ、武術の心得があったため、茶を淹れられる護衛として重宝していただいています」
(そういえば、ロゼリカさんは護衛だったか)
いつも綺麗な所作で案内したり、お茶を淹れてくれることで忘れがちだが、ラヴィリエの傍にいるときは常に剣を佩いている。
彼女の護衛を任される、ということはきっと、かなり腕が立つのだろう。
「すごいですね、ロゼリカさんは」
思わず尊敬の眼差しを向けると、首を振って真っ直ぐにイグナを見つめ返した。
「すごいのは、イグナさんも同じです。私は魔導製品など使えても、理解できません。いえ、そもそもイグナさんに会うまでは理解しようともしませんでした」
そこで少しだけ躊躇うように口を噤んでから、ロゼリカは声を少し小さくして続ける。
「すみません、お嬢様に内緒のお話なのですが、よろしいですか?」
「え、ええ、構いませんが」
「イグナさんが仕事を始めた初日、試験と称してお嬢様がばらばらにした魔導製品をお渡ししましたよね。これを組み立てるように言われたものです」
「ええ、確かに」
初日のことを思い出す。あまりにもバラバラ過ぎて苦労したものだが――。
「あれはその前日の夜に、お嬢様と私で分解したのです。お嬢様が思いつかれ、私が工具を借りてきて」
「それであそこまで分解したんですね」
「ええ。簡単にできるだろう、と思っていましたが、部品を固定する留め具は一つ一つ種類が違い、どの工具を使えばいいかも分かりませんでした。留め具を外した後も、どうやって蓋を外すか分からなくて、いろいろ弄っていたら勝手に取れてしまったり」
ロゼリカはそこで言葉を切ると、わずかに視線を彷徨わせた。
「で――結果的に、組み立て方が分からなくなりまして」
「……え」
「どの留め具がどこに収まっていたかも分からなくなり、製品に詳しい使用人を呼んで来ても、さすがにここまでバラバラだとどう戻したらよいか分からない、と」
その申し訳なさそうな態度からイグナは少し表情を引きつらせた。
「それを試験と称して、俺に組み立て直させた、と?」
「……はい。まさか、本当に組み立ててしまうとは、お嬢様と私も思っていませんでした」
(だからあんなにびっくりしていたのか……)
そのときのラヴィリエの挙動不審さを思い出し、納得した。ロゼリカは深々と頭を下げて告げる。
「試験と騙してそのようなことをさせ、申し訳ございません」
「い、いえ、気にしないでください。というか、あの程度なら魔技士なら誰でもできると思いますが――」
「いえ、ガストンさんに任せましたが、彼も匙を投げました」
「え」
「元の製品を見たことがなく、他人が適当にばらした製品を直せるはずがない、と部品の山を見てそう言いましたよ」
(そうかな、大分予想はつくと思うけど)
ただ、あれは割と特徴的な魔術式であり、加えて照明用の魔光石もあったことから、照明器具だということはすぐに分かった。
そこまで分かれば、後は推理である。消去法で選択肢を特定し、組み立てていくだけだ。
内心で首を傾げていると、ロゼリカはカップを置いて小さく微笑んだ。
「何事もなく組み立てていくイグナさんの姿を見て、お嬢様の目に間違いはなかった、と確信いたしました。少なくとも、私には真似できません。きっとこれからお嬢様のお力になってくれる方だと思えました」
そこで彼女はカップに視線を落とし、小さく言葉を続ける。
「私は戦いのときならまだしも、平時では紅茶を淹れることしか、できませんから」
「でもそれはすごいことだと思いますが」
彼女の淡々とした声にイグナは自然と言葉を返していた。視線を上げたロゼリカにイグナは紅茶を飲みながら再確認する。
(……美味しい)
「紅茶を淹れるのは難しいと思います。淹れ方でいろんな味が出ると思いますし、それにラヴィリエは結構、舌が肥えています」
昨日の食べ歩きで飲み物を頼める場所ではラヴィリエは必ず紅茶以外を頼んでいた。それをふと疑問に思って聞いてみると、彼女は笑っていったのだ。
「『どんな紅茶よりもロゼの淹れた紅茶が一番美味しいから』――ラヴィリエは昨日、そう言っていましたよ」
ロゼリカはその言葉に微かに目を見開いた。そんな彼女にイグナは言葉を続ける。
「それに護衛も大事な仕事ですよ。自慢じゃありませんが、自分は剣なんてできませんよ。振ることもままならないと思います」
「それは――訓練したからですし」
「俺の技術も、経験の積み重ねです」
今、魔導製品を分解、組み立てできるのも、多くの経験があるからだ。
学院で様々な製品を学び、現場でも魔術式をうんざりするほど刻んだ。その経験則は自分の技術として身についている。
「一つ一つの経験は取るに足りません。ロゼリカさんとラヴィリエが魔導製品を全部分解してみたような経験を何度もしてきました」
分解した魔導製品が元に戻せなくなる、なんてことは多くあった。
何度もやり直しては結局、元に戻せずに捨てたこともある。
それでもその経験や教訓は生きてくるのだ。
「俺の技術はそれの積み重ねです。武術もそうでしょう? 日々の鍛練の積み重ねで、武術というのは成り立っている」
魔技士はベテランになればなるほど、その積み重ねの重要をよく知っている。
だからこそ、イグナは胸に――心臓に辺りに拳を当てる。ガストンがイグナにそうして見せたように、イグナもロゼリカに敬意を示す。
「ロゼリカさんのことを、俺はいつも尊敬しています。裏でラヴィリエを支えている、貴方のことを」
その言葉にロゼリカは微かに瞳を揺らし、イグナの目を見る。そのままどこかぼんやりとした瞳で瞬きし――。
やがて少しだけ視線を逸らして小さくつぶやいた。
「――なるほど、これは破壊力がありますね……」
「……ロゼリカさん?」
「いえ。この前の食事のときのお嬢様の気持ちを理解しただけです」
こほんと彼女は一つ咳払いをしてから、視線を戻して続ける。
「ありがとうございます。イグナさん」
そう言いながら、彼女ははにかんだ。少しだけ頬を染めて、嬉しそうに。
イグナはその表情に一瞬だけ見惚れかけ、だが彼女の視線に気づいて意識を戻す。
「……どういたしまして。これからもお互い、頑張りましょう」
「ええ、そうですね」
ロゼリカはそう言いながら紅茶のおかわりを注ごうとする。だが、残りはもうわずかしかなかったのか、もうなくなってしまう。
「……残念ですね。もう少しお話ししたかったですが」
「紅茶がなくとも充分ですが――そうですね」
懐中時計を取り出し、時間を確かめる。丁度、昼前だ。
「折角ですから、外でご飯を食べに行きませんか?」
「いいですね、ぜひご一緒させてください」
その言葉にロゼリカはすぐに頷いた。紅茶を飲み干してからカップを手早く片付ける。イグナも席を立ちながら財布の巾着を手に取る。
彼女も支度を終えて席を立つと、少しだけ目を細めて小さく言う。
「――お外で食事は大分久々ですね」
「そうなんですね。何か召し上がりたいものはありますか?」
「いえ、よろしければイグナさんのオススメを」
「といっても、俺はあまり知らないのですが――」
ふと昨日のことを思い出す。ラヴィリエからいくつかお薦めの食堂を教えてもらったのだった。よし、と一つ頷き、扉を開けながらロゼリカを振り返る。
「じゃあ、ラヴィリエに勧めてもらった食堂で」
「なるほど、お嬢様のお墨付きなら間違いなしですね」
ロゼリカは目を細めて頷く。その表情は少し柔らかく、わずかに微笑んでいるように見えて。イグナも思わず笑みをこぼして頷いた。
「ええ、では決まりですね」
「はい、行きましょう」
二人で家の外を出る。施錠を確認すると、休日を楽しむべく都市へと繰り出した。




