第11話
イグナがファムルスの魔技士として加わってから早一か月が経過した。
ノウハウは基本的に前職と同じであり、扱う炉心もラプラス型だったこともあり、業務の把握は円滑に進んだ。最初の一週間はガストンが傍についていたが、それ以降は一人で通常業務は任されるようになった。他の職員もイグナの手腕を見ると遠慮がなくなり、もうすでにタメ口で和気藹々と作業をしている。
炉心を始めとした魔術式の改良も順調だった。ガストンたち魔技士が優秀なことも手伝って、イグナがイメージを描くだけで大体の意図を把握し、意見を出してくれる。彼らの熟練の意見は参考になった。そうしてできた改良案はラヴィリエが即採用。
炉心は見違えるように力強く魔力を都市に送り出し始めた。
もちろん不具合があってはならないので、できるだけ炉心の様子は交代で逐一確認。異常があればすぐに報告できる体制を作り、様子を見ながら炉心の改良を進める。
たくさんの仲間たちと作業を進める、充実した日々が続いていた。
「楽しそうなのは結構だけどイグナ――貴方、休んでいる?」
不意に魔導区画に響いた不機嫌そうな声に、イグナを始めとした技士たちは揃って振り返った。近づいてきたのは彼らの上司であるラヴィリエ。
ロゼリカと共に魔導区画に足を踏み入れると、イグナの方に近寄る。
「貴方の家の大家さんから聞いたけど、家に全然帰っていないそうじゃない」
「……帰っているつもりだけど。三日に一回」
「なんで三日に一回なのよ……」
ラヴィリエは呆れたようにため息をつき、技士たちも顔を見合わせる。
「確かに昨日も朝からいたな」
「俺が夜勤のときもいたぜ。てっきりシフトかと思ってが」
「休憩室で眠りこけているときもあったな。魔術式を書きかけで」
その声を聞いていたラヴィリエのこめかみがひくひくと動く。ガストンは深くため息をつくと、腕組みをして視線をイグナに向けた。
「薄々知っていたが、イグナ、お前は働き過ぎだ」
「……いや、充分休みをいただいている気も……」
「前職の基準で考えるのを辞めろ。普通は八時間労働。毎日家に帰るのが当たり前だ。その前提で作業の予定も組んでいる。お前もそれに従え」
「そうだぞ。お前が働いていると、俺が休んでいることに罪悪感を覚える」
「お前のおかげで定時に上がれるようになったんだ。お前も休め」
技士たちが思い思いに声を上げるのに、イグナは思わず戸惑ってしまう。
(……前は『手が空いているなら手伝ってくれ』と懇願されたくらいなのに)
「仕方ありませんね……」
その様子を見守っていたロゼリカが進み出ると、視線をガストンに向けた。
「ガストンさん、今の作業状況は問題ありませんか?」
「どっかのバカが作業しまくったおかげで、順調すぎるくらいだよ。なぁ、嬢ちゃん、技士たちに有給消化の機会をやってもいいか?」
「きちんと業務ができているなら問題ないわよ。しっかり休むのも仕事の内よ」
ラヴィリエがにっこりとして許可を出すと、魔技士たちから歓喜の声が上がった。ロゼリカは一つ頷き、ガストンにさらに訊ねる。
「でしたら、イグナさんが数日休んでも問題ないと」
「もちろん。俺たちで充分ここは対応できる」
「ではお嬢様、イグナさんに今日から三日間はお休みを与えるのでいかがでしょうか」
「ええ、いい考えね。というわけだから、イグナ、休むこと。いいわね?」
ラヴィリエの有無を言わさぬ口調にイグナは頷くしかない。
「……はい」
しかし、まとまった休みなど久々である。何をしようか悩んでいると、ロゼリカがその顔を覗き込んで訊ねる。
「休みを何しようかお考えの様子ですね」
「ええ……どうしたものか」
「ではお嬢様、イグナさんのお休みに付き合って差し上げたらいかがでしょうか」
「え……私が?」
きょとんとするラヴィリエにロゼリカは深々と頷いて言う。
「働きすぎのイグナさんのことです。きちんと休みを取らないことがあり得ます。それに――お嬢様も全然、休みを取りませんよね」
「……仕方ないじゃない。私が今、辺境伯代理なんだから」
「上司が休まないと部下も安心して休めません」
「そうだぞ、お嬢」
ガストンと魔技士たちも同調する。ロゼリカは淡々とした口調でラヴィリエに告げる。
「お嬢様のお仕事も今は落ち着いています。ここでお休みいただければと思います」
「う……」
「それにきちんと部下に休みを取らせるのも上司の務めだと存じ上げますが」
「……わ、分かった、分かったから」
「でしたら、お嬢様、イグナさんを今ここで遊びにお誘いください」
「い、今? ここで……?」
「はい、今です」
ロゼリカは真剣に、だが力強く告げ、ラヴィリエは言葉を詰まらせる。
彼女は少し迷うように視線を彷徨わせていたが、イグナの視線に気づくと一つ咳払いした。それからイグナを振り返り、小さな声で告げる。
「――その……イグナ、悪いけど、今日は付き合ってもらえるかしら……い、嫌なら断ってもいいのよ?」
そう言いながら若干、視線が泳いでいるラヴィリエ。若干、頬が上気しているように見えるのは気のせいだろうか。
(……まあ、こんな場所で遊びに誘っているんだからな)
真顔のロゼリカはともかく、ガストンを始め、魔技士たちがにやにやとイグナとラヴィリエを見守っているのだ。気恥ずかしくもなってくる。
イグナも思わず咳払いをすると、真っ直ぐにラヴィリエを見て答える。
「嫌じゃないよ。俺で良ければ、ぜひご一緒させてくれ」
「あ、ありがとう。イグナ」
ほっと一息ついた彼女の表情は少し緩んで。
だけど、野次馬の視線に気づくと、慌てて表情を引き締め、腰に手を当てて振り返る。
「貴方たちは休みじゃないでしょう! 見ていないで働きなさい!」
「へーい」
「いいなぁ、イグナはお嬢とデートで」
苦笑をこぼした魔技士たちはのろのろと動き出す。ラヴィリエは誰かがこぼした言葉に目を見開き、噛みつくように言葉を返す。
「デートじゃないわよ、ただ遊びに行くだけ! ほら、イグナ、行くわよ!」
そう言うと、ラヴィリエはイグナの手を掴んでずんずんと歩き出す。行ってらっしゃい、とロゼリカに言葉を背に受けながら、イグナは為されるがままについていくしかなかった。




