幕間-2
辺境都市ファムルスから南方に遠く離れた場所。
国内でも有数の面積を誇る都市、ミスティア。
ミスティア伯爵が代々管理するその都市は平原の中心に位置しており、魔獣の脅威も少ないことから多くの人が集まり、交易の中心地として栄えている。
そして、その人々の生活を支えるのが魔導製品であり、その動力になる魔力である。
その日も都市の地下にある魔導区画では炉心が稼働し、魔力を生んでいる――。
その、はずだった。
「はい……はい、迅速に対応いたします。はい……では」
都市の中心に位置する管理庁舎。そこに一室では一人の男が受話器を持って頭を下げていた。やがて通話を終えると、受話器を置いて深くため息をこぼす。
男の名はジョン・ザウエル。都市の行政を管理する長官だ。
彼の職務は上水道、下水道、生活魔力といった都市機能を管理することも含まれる。当然、それには魔力を生み出す魔導区画の管理もあるのだが――。
「くそ……っ、何故、こんなに魔導区画でトラブルが頻発するんだ……っ」
ザウエルは頭を抱えて呻く。ただでさえ少なかった頭髪がここ数日でさらに薄れている気がする。彼は机の上の胃薬に手を伸ばしながら思う。
(やはり、管理人員を削ったのが良くなかったか……)
思い返すのは一か月以上前にミスティア伯爵から命じられた事業仕分けである。不必要な人員を洗い出し、削減するように命じられたのだ。
ザウエルとしては気が進まない仕事であるが、ミスティア伯爵に推挙してもらい、この椅子に座れた手前、断ることはできない。彼は多くの部署を統合し、管理を一括化すると一部の作業員との契約を解除することを決めた。
その結果、人件費は大きく削減され、ミスティア伯爵からはお褒めの言葉をいただいた。統合された管理も上手く行っていた――最初の一ヵ月は。
最初の問題が浮上したのは、一週間前。
魔導区画の炉心が緊急停止し、生活魔力の供給が一斉に止まったのである。
原因は全く不明。作業員がマニュアルに従い、再起動をかけてすぐに供給は再開されたが、急激に生活魔力が止まったことで市民からは戸惑いの声が上がった。
その後も頻繁に魔力炉心は運転を停止。そのたびに魔力の供給は不安定になっている。ザウエルは何とかそれをごまかしてきたが、とうとうミスティア伯爵の耳に入り、叱責されることになった。
これ以上失態が続けば、ザウエルはクビになりかねない――。
(それだけは、避けなければ……っ)
このポストは報告書を読んでいるだけで、かなりの給料が入るのだ。また食事や備品で経費も使い放題――そんな快適な椅子からは絶対に離れたくない。
ザウエルは深くため息をついていると、扉がノックされる。
「……入れ」
彼は顔を上げて威厳を保つと、扉を開いて一人の年若い技術者が入ってきた。
現在、魔導区画の管理を行っているのが、この男だ。以前はダニエルという冴えない中年の男が務めていた。使い勝手がよく仕事を断らない男だったので、仕分ける人員に加えずに残しておいたが、結局辞表を出して職場を去った。
そのため、ザウエルが見つけてきた一人の技術者を雇い、管理をさせているのだ。
「なんだ、不具合の原因が見つかったのか」
「ええ、整備の結果、安全装置の誤作動だと発覚しました」
「……安全装置だと?」
「はい、本来はついていないはずなのですが、前任の技術者が魔術式を書き足していたようです。それを削除したところ、正常に稼働し始めました。他にも複数の安全制御の魔術式が刻まれていますが――」
(余計なものを刻みおって)
舌打ちを一つし、ザウエルは背もたれに深く背を預けながら命じる。
「安全装置は一つで構わん。余計な機能は廃し、安定して稼働できるようにしろ」
「畏まりました。では、そのように致します」
技術者は頭を下げ、部屋を出ていく。従順な部下の姿に満足しながらザウエルは机の上に手を伸ばす。そこには経費で買ったブランデーが置かれていた。
ザウエルは知らない。
彼が想定している以上に、ラプラス型魔力炉心は強力かつ不安定な出力をしていることを。慎重に出力を上げなければ、すぐに魔力循環のバランスが崩れ、暴走する。
いわば、爆弾を使って魔力を生成しているようなものなのだ。
そのため温度、魔力量、出力など、どれかに異常が発生すれば機能を停止するように、イグナとダニエルは相談して魔術式を刻んでいたのだ。
そしてその上で彼らは慎重を期し、苦心しながら魔力炉心を安全に運用できる範囲内でギリギリまで出力を上げて運転していた。それでようやくこのミスティアに必要な生活魔力を生み出すことができた。
だが、その苦心はザウエルの無知によって無に帰そうとしていた。
やがて、ラプラス型魔力炉心はミスティアの地下でひっそりと悲鳴を上げ始める。
高すぎた温度で徐々に魔術式が刻まれた内側が溶け始め、制御を失った魔力が徐々に魔石へと蓄積され始め――炉心にヒビが入り始める。
だが、そんなことは魔導区画に足を運んだことがないザウエルに知る由もなかった。




