幕間-1
ラヴィリエがイグナに抱いた第一印象は、冴えないおっさんだった。
無精ひげを生やし、鬱々としたため息をついた彼。そのため息があまりにも絶望的だったから、思わず声をかけてしまったほどだ。
だが、その第一印象はすぐに吹き飛んだ。
故障した魔導車に向き合うと、彼は鋭い眼差しで迷いなく作業を始めたからだ。他愛もない話を続けながらも、彼はてきぱきとした手つきで作業を続ける。
その姿に目を奪われながら会話するうちに、あっという間に彼の作業は終えていた。
その手際にラヴィリエは、その場で彼をファムルスに誘うことを心に決めていた。
それから彼と話して口説き落とし、ファムルスに迎え入れたその日。
ふとラヴィリエは思い立ち、夜にある試みを行っていた。
「魔導製品を分解してみましょう。ロゼリカ」
自室。数日ぶりに戻ってきた自分の部屋の机に、一つの魔導製品を置いていた。それを前にして、ラヴィリエはロゼリカに声をかける。
ロゼリカは手にした工具を置きながら困ったように首を傾げた。
「唐突ですね。お嬢様。今回はどのようなお考えで?」
「考えてみれば、私は魔導製品の仕組みを知らないと思って」
カラクリは知っている。
魔導製品の中には魔術式が刻まれており、それに魔力を流すことで機能を発揮することができる。例えば冷蔵庫の場合は、冷凍効果のある魔術式が内部に刻まれているのだ。
魔力は使用者のものや都市から供給される生活魔力を利用する、あるいは魔導車のように小型の炉心を搭載し、そこで魔力を生み出す場合もある。
だが、それがどういう風に組み合わさっているか、この目で確かめたことがない。
「イグナを雇ったのもいい機会だし、少しでも知っておこうと思って」
「それで私に工具を用意させた、と」
「そういうこと。折角だからロゼも手伝ってくれる?」
「……自信がありませんが」
「大丈夫、私もないから」
とはいえ、イグナの作業を見ている限りだと、パーツを分解するのは割と簡単にテキパキとやっていた。分解だけなら簡単なはず――。
そう、思っていた。
「……この留め具を外せばいいのよね? どの工具を使うの?」
「どれも同じような棒ばかりでよく分かりませんね……形状から察するに、これでは?」
「違うわ。留め具の頭に上手く嵌まらない」
留め具の一つを外すだけでも四苦八苦する。手当たり次第に工具を試し、留め具を外せるもので慎重に外す。ようやく留め具を外せたのもつかの間、カバーが今度は外れない。
「どこかが引っ掛かっているのかしら……」
「若干横にずれるので、動かしてみれば……あ」
ぽろり、とカバーが外れ、中から別のパーツがこぼれだす。思わずラヴィリエとロゼリカは顔を見合わせてしまう。
「……ひとまず、分解を進めてみましょう」
「そ、そうですね」
試行錯誤してようやく、配線と一枚の金属板を取り出すことに成功する。金属板には模様と言語が入り交じった魔術式が刻まれている。
なんと書かれているかは分かる気がしない。
ラヴィリエは近くの机に置いてあった分厚い本を引き寄せ、ページをめくる。
「お嬢様、それは?」
「魔術式の参考書――これによれば……この模様で魔力をこの魔術式で流して、これが発光、いえ、発熱……あ、違う、これ逆さまだから冷却?」
細かく刻まれた模様の違いが全く分からない。しばらく参考書と魔術式を見比べていたが、どれがどのような作用をしているかは全く分からない。
(こんな緻密なものを、イグナは描いていたのね……)
ふと彼が作業している様子を思い出す。話しながらもその指先は真剣に動き、ゆっくり、だが的確に動いていた気がする。
(この魔術式は量産品っぽい気がするけど)
薄く小さな金属板を持ち上げる。掌に収まるその金属板は表面に凹凸が刻まれている。恐らくここをプレスすることで魔術式を刻み込み、そこにインクを流しているだけの代物だ。
だが、彼の技術はそういった量産品ではない。魔術式を見て分析、理解して、答えを導き出すという、その場の工夫があるのだろう。
この一つの魔導製品からも、彼の技術の凄まじさが伝わってくる。
それなのに自分の技術を誇示しようとせず、陰で努力をし続けている。恐らく彼は今後も自分の技術に満足せず、研鑽を続けていくのだろう。
(あの人柄は、そういった真っ直ぐなところから来ているのかしら)
どんな人に対してもきちんと挨拶し、話を真面目に聞いてくれる。そしてこちらが歩み寄れば、気さくに接してくれる。身分や肩書には敬意を示すが、それとは関係なく、人としてきちんと向き合ってくれるのが分かるのだ。
ラヴィリエを辺境伯代理と知っても、気さくに接してくれるように。
使用人に対しても、その仕事の一つ一つにきちんと礼を言うように。
(――そういった人は得難いわ)
ラヴィリエは辺境伯代理であり、貴族令嬢だ。
都市の住民から敬われることもあれば、その裏で女のくせに生意気と言われることもある。社交界では田舎者と言われることだって少なくはない。
肩書と身分の世界で生きるのには、ラヴィリエにとって窮屈過ぎた。
だが、イグナはラヴィリエの素性を知っても態度を変えず、仕官するときも真剣に向き合って決めてくれた。
『むしろ、他の都市ではなく、ラヴィリエの都市で働きたい』
『つまり、俺も望んでいるんだ。ラヴィリエの力になることを』
脳裏に蘇った彼の言葉に、少しだけ思い出し笑いをする。
彼の言葉は飾らない分、ひどく真っ直ぐに感じる。
(そういえば、今晩の食事のときの言葉も、真っ直ぐだったわね――)
『ラヴィリエは今まで出会ったどんな女性よりも美しいと思う』
「……っ」
思い出した言葉に思わず頬が火照ってしまう。
辺境伯令嬢とはいえ、社交界でも褒められたことはある。だが、その言葉はどれも薄っぺらく、あまりに美辞麗句過ぎた。だからこそ笑って受け流してきた。
だが彼は目を逸らさず、飾らない言葉で褒めてくれた。
それはあまりにもラヴィリエにとっては信じられなくて、でも嬉しくて――。
(……こんなに動揺させられるとは、思わなかったわね)
こほん、と一つ咳払い。思考を切り替えて呟く。
「ともかく、彼のことを知りたいわね」
彼はどこでこんな技術を学んだのか。作業中は何を考えているのか。魔技士という仕事をどう思っているのか――。
彼の笑顔を思い浮かべると、話したいことがどんどん湧き出してくる。
「彼の真価をもっと見極めてみたいわ」
ラヴィリエはロゼリカを振り返りながら告げると、彼女は微笑んで頷いた。
「ええ。明日から存分にご親睦を深められればよろしいかと――時にお嬢様」
「ん、何かしら」
「これはどのように復元しましょうか」
「……あ」
困ったようにロゼリカが視線を向けるそこには、ばらばらに分解された魔導製品。正直、どうやって戻すかはラヴィリエにも分からない。
少し考え込んだ末、ふと妙案を思いついた。
「これでイグナをテストするのはどう?」
「……つまり、これを組み立てていただく、と?」
「さすがに難易度が高い気もしますが……」
確かに、とラヴィリエは苦笑いをこぼした。
目の前にあるのはほとんど残骸といっても過言ではない。きちんと分解した順番に仕分けておけば分かりやすかったかもしれないが、後の祭りである。
「まぁ、ダメならダメで構わないわ。念のため、他の人たちも呼んで組み立ててもらいましょうか。それでイグナの実力も確かめられるわ」
気持ちを切り替えて告げると、ロゼリカは少しだけ困ったように笑い、頷いた。
その後、ガストンや使用人に復元を頼んでみたが、誰一人として為せなかった。
そして、その翌日――。
「直った。確認してくれるか?」
そう何事もなく告げて、復元した魔導製品を手にしたイグナにラヴィリエが驚愕するのは、また別の話である。




