第10話
「話を戻そうか。ガストンさん」
「あ、ああ、そうだな――改めて意見を聞かせてくれるか。兄ちゃん」
イグナの声に我に返ったガストンに、イグナは図面に視線を向け直して指先で軽く叩いた。
「今までの経験を元に考えると、内部を書き換えることでこの子の性能をもう少し引き出せるようになるはず。街で使える魔力を増やせるようになるのは間違いない」
「……まぁ、魔力を増やせるのは分かったけどよ、兄ちゃん」
ガストンは腕を組みながら眉を寄せて訊ねる。
「その増やした魔力で一体何をするっていうんだ? 現状、生成している魔力だけでこの都市は充分、生活魔力を賄えているぜ」
「本当にそうか? 先ほど聞いた話だと、魔力供給が不安定になったことで、照明に不具合が出たと聞いたけど」
イグナが視線を上げて指摘すると、ガストンは微かに言葉を詰まらせる。
「……確かに、そういう意味では賄えていないな」
「余剰魔力が生産できるようになっていれば、そういった不安定化にも対応できるようになるはずだ」
特にラプラス型の魔力炉は大都市の生活魔力を支えられるだけあって、瞬間的な出力にも対応できる。その性能にイグナは何度も救われてきたのだ。
なるほど、とガストンが唸った一方で、ラヴィリエは笑って口を挟んだ。
「イグナの意見には一理あるわよ。今は確かに魔力が回っていても、このファムルスでは冬場の魔力運用は厳しくなるんじゃなかったかしら?」
「……まぁ、確かに。融雪装置はかなり魔力を食うからな……」
「……融雪装置?」
イグナは思わず問い返すと、ラヴィリエは頷きながら説明してくれる。
「ほら、この都市は冬場、豪雪に見舞われるの。だから路面に雪が積もって歩きにくくならないように、雪を融かすためのシステムがあるの。えっと、どういう風になっているんだっけ、ガストン」
「この街の地中には地下水が流す配管が網羅されている。そこに地下水を魔力で循環させ、雪が降ったときはその地下水を地面に噴出させて雪を融かすって仕組みだ。ちなみに融けた雪水は排水溝から配管の中に流れ込む仕組みになっている」
「なるほど、地下水を循環……」
豪雪地帯の都市ならではのシステムらしい。ガストンが取り出した図面を見せてもらいながらイグナは納得し、ふと思わず眉を寄せる。
「……これ、改良できないかな」
「これにも手を加えるのか? といっても、どうやって――」
ガストンの声に少し考えながら、イグナは空いた紙にペンを走らせる。
(これは単純な水を循環させるための魔術式になっている――)
やり方は魔力によって圧力を生むシステム。それによって地下水を一方向に流しつつ、地面から噴き出させている。
ならば、その魔術式に加熱の術式を書き加えてみたら?
書き上げた魔術式を見てガストンは意図を察して息を呑んだ。
「地下水の温水化……! なるほど、これをすれば」
「融雪の効率化――ううん、それだけじゃないわね。地面が温かくなるわけだから、全体的に都市を温めることができる。そうすれば、薪の消費量を抑えられるわ」
ラヴィリエもガストンの言葉で理解し、さらに飛躍した考えを示す。ガストンは素早く魔術式と手元の地面を見比べる。
「ファムルスの都市の面積を考えると、書き換える魔術式はべらぼうに多いが、このやり方なら比較的手間が少ない。ネックになるのは、魔力の量だが――」
「それもイグナのアイデアなら賄うことができる。融雪や暖房の効率化ができれば、と市民の負担も大いに減らすことができるわね」
「こりゃあ……試算を繰り返す必要はあるだろうが、実現不可能じゃねえ」
ガストンも感心したように告げ、ラヴィリエを振り返って力強く頷く。
「行けるぜ、お嬢!」
「分かったわ。なら、やってみましょう」
ラヴィリエは即決即断だった。てきぱきとその場で指示を出す。
「まずは改良する部分を検討と検証、一部区画で試験運用し、効果を確かめるわ。それで問題なければ、順次導入していく――次の冬までに普及することを目指しましょう。それに関するスケジュールは私が組むわ。イグナとガストンは悪いけど、通常の管理業務の合間に、検討と検証をお願いするわね」
「問題ねえよ、なんせ人手が増えたわけだからな」
「炉心も改良すれば、もっと作業を楽にできる部分があると思う。ガストンさん、後で少し話そう」
「ああ、兄ちゃん――いや、イグナ」
ガストンは背筋を伸ばすと、拳を持ち上げた。そのまま、それを自身の胸の前にとん、と添える。その仕草にイグナは思わず目を見開いた。
(……これは)
魔技士を始め、技術職がよくする仕草だ。状況によって意味合いが異なる。例えば作業中で胸を軽く叩けば『俺に任せておけ』という意味だったり、ちょっとした挨拶の場合もある。だが、この雰囲気は恐らく――。
「俺はお前さんを歓迎する。これから存分にその知恵を分けて欲しい」
歓迎。そして、同じ技術職としての敬意だ。
思わずイグナは目を細めると、自分の胸に拳を当てて頷いた。
「ああ、もちろん。共にこの都市を支えるために」
それから二人は笑みをこぼすと、拳を持ち上げて軽くぶつけ合わせる。それを見ていたラヴィリエは少しだけ唇を尖らせ、両手の拳を持ち上げた。
「仲間外れは止して頂戴。私も」
「ああ、そうだな」
「応よ、嬢ちゃん」
三人で拳を合わせる。自然とこぼれ出た笑い声が魔導区画にこだました。




