第9話
魔導区画に通じる建物は、屋敷のすぐ隣にあった。
ガストンに先導され、その建物の階段から地下に降りていく。薄暗い足元を手すりに手を添えながら降りていくと、彼の低い声が響いた。
「この都市は比較的小さい方だからな、魔力を動力にする街灯や上水道、下水道の運用装置なんかも俺たちが一括で管理している。その中枢になるのが、この下の魔導区画だ」
「みんなには面倒をかけているわ」
そう答えたのはイグナの後ろから階段を降りているラヴィリエだった。ロゼリカには別の仕事を言いつけ、彼女は「魔技士の仕事が気になるから」と、わざわざついてきてくれたのである。
「嬢ちゃんはよくやっているよ。若い人材も連れて来てくれた。特に魔力炉心の管理が分かっている人間が入ってくれるのはありがてぇ」
「早く力になれるように、俺も努力します」
イグナが答えると、ガストンは軽い笑い声と共に告げた。
「若い奴が抜かしよる――と言いたいが、さっきの組み立てを見る限り、兄ちゃんの実力は充分そうだからな。期待はしているぜ。さて」
階段を降り切り、ガストンは重そうな鉄扉を押し開ける。途端に嗅ぎ慣れた匂いが立ち込める。鉄と油が入り交じった、独特の匂いだ。
中に入ると、拓けた地下空間が目に飛び込んでくる。魔力を通すための配線が縦横無尽に空間を走っており、そのうち、魔力が通っているものは青白く光っている。
その中で何人もの作業員が立っており、作業や確認に明け暮れている。
「そういえば報告を受けたけど一昨日、一部で街灯に不具合が出たって?」
「ああ、魔力の供給が不安定になったことが原因だ。一応、念のため、関係しているところを精査して、他に原因がないか確かめている」
ラヴィリエの問いにガストンは答えながら魔導区画の通路を歩く。作業員はこちらに気づくと、気さくに手を挙げたり、声を掛けたりしてくる。
「ガストンさん、お嬢も。お? そこの兄ちゃんは?」
「あとで紹介する。みんな、手を動かしやがれ」
「へーい」
緊張感のないやり取りだが、作業員の眼差しは真剣であり、異常をしっかり確認しているのが分かる。全体的に歳を召したベテランの方が多いようだ。
魔導区画を観察しながら歩いていくと、奥で魔力炉心が稼働しているのか、ずん、ずんと微かに脈打つ音が聞こえ始めてきた。
(……しかし、この音、どこかで聞き覚えがあるような……)
内心で首を傾げながら、イグナはガストンの背に訊ねる。
「ちなみに魔力炉心の型は? 結構古いモデルなのでしょうか」
「あー……そうだな、骨董品、といえるかもしれねぇな。その点じゃ俺もかなり手が焼いている。百年前から使っているモデルで、型は確か――」
そう告げるガストンの肩越しに見えてきた、魔力炉心。
そびえ立つ巨大な炉心は青白い光を放ちながら、微かな振動を放っている。その姿を見て思わずイグナは言葉を失っていた。
(……うそ、だろ……)
思わず自分の目を疑う。だが、その姿はあまりにも見慣れ過ぎていた。自然とその前に進み出て、小さくつぶやいた。
「ラプラス型か……!」
「……分かるの? イグナ」
「分かるも何も――」
ゆっくりと進んで炉心の壁に触れる。鼓動のように脈打つような特徴的な振動を確かめてから、壁に設けられたガラス戸から中身を確認する。
窓越しに見えるのは見慣れた魔術式の組み合わせだ。
(まさか……ここでまた出会えるとは)
二度と会えないと思っていた友人に出会えた気分だ。イグナは吐息をつくと、ラヴィリエとガストンを振り返った。
「――俺が以前いた都市、ミスティアで稼働していた炉心と同型ですよ、これは」
その言葉にガストンは大きく目を見開いたが、やがて吐き捨てるように言う。
「……冗談きついぜ、兄ちゃん。嘘だろ」
「嘘じゃないですよ。何なら魔術式も空で描けるくらいです」
「百歩譲って兄ちゃんの言うことが真実だとすれば――伯爵家の大都市が、百年前の旧式……いや、骨董品を使っていることになるんだぞ。んな阿呆なことがあるか」
「……いえ、あり得る話ね」
それに答えたのは腕組みしたラヴィリエだった。肩を竦めながら言葉を続ける。
「ミスティア伯は魔導技術に関して、知識が全くないのよ。古いけどまだ使えると判断して、ずっと使い続けていた可能性が大きいわ」
「ああ、多分そうだろう。何しろラプラス型の炉心は強力な魔石に対応できるように頑丈な構造になっていて、出力に限れば最新型にも負けず劣らずだから」
「……なんつーか、兄ちゃんはすげえところで働いていたんだな」
「おかげでこの子に関しては大分詳しいです。ガストンさん、図面はありますか?」
「もちろんあるぜ。ひとまず内面の魔術式か?」
「ええ、拝見させていただけると」
「ああ、是非兄ちゃんの意見を聞かせてくれ。あと、俺にもタメ口で構わねえぞ」
「分かり……分かった。ガストンさん」
「応とも」
ガストンは手にした分厚いファイルを開き、中から大きな図面を取り出し、作業用の机に広げる。イグナは炉心から離れ、作業机に近づくと、ラヴィリエもそれを覗き込んだ。
「……相変わらずよく分からないわね。これが制御に欠かせない魔術式、なのよね?」
「ああ、主に魔力の流れを定める役割がある……けど、この魔術式だと出力がかなり抑えめになっている気がするけど……」
「兄ちゃんも分かっていると思うが、こいつはかなりのじゃじゃ馬だからな。ここで出力を調整できるようにはしているんだが――」
「確かによくできている。けど、ここを改良すれば出力を安定して増やせるはずだ」
イグナは図面の一点を抑え、空いた紙にさらさらと魔術式を描く。ガストンは一目でその魔術式の意図を察したのか、唸り声を上げた。
「なるほど、出力が一定値を超えると、この魔術式が検知して術式を切り替えるのか」
「加えて安全装置的な役割にもなる。この書き方だとラプラス型と相性が良くて」
「ほー……まぁ確かに理にかなった書き方だな。となると、循環の魔術式も書き換えるか?」
「いや、そこには手を加えずに――」
イグナは別の点を指し示し、魔術式を描くと、ガストンはまた唸り声を上げて考え込む。と、ラヴィリエの視線に気づいて少し申し訳なさそうに眉根を下げた。
「……と、悪い、嬢ちゃん、俺たちで盛り上がっているな」
「ううん、気にしないで。ガストン。貴方たちの話を聞いているだけで興味深いもの。話をまとめると――この炉心はもっと改良できる、ということかしら」
「ああ、理論上は伯爵家レベルまでは出力を上げられる」
ミスティアの炉心も同じようなやり方で出力をギリギリまで引き出していた。何せミスティアは伯爵家の都市であり、莫大な生活魔力を必要としていたからである。
ガストンもイグナのやり方に気づいたのか、感心したようにイグナを見る。
「なるほど、それなら確かに伯爵家の都市でもこれ一台で行けなくはないか」
「ああ、あくまで平時のときだけなら。祭りのときは民間も行政も湯水のように魔力を使用するから、流石に賄いきれなかったけど」
「ちなみにそのときはどうしていたんだ?」
「夜間もフルで稼働させ、その分の魔力を蓄えておき、それを充てるやり方」
「……おいおい、まさか蓄魔石を……?」
「そのまさか、だ。五年前からもはやそうすることが慣例化していたんだ」
ため息をつく。蓄魔石は一時的に魔力を蓄えられる魔石のことだが、使用できるのは一度きりの代物である。なので、多くの都市では非常用の予備魔力として備蓄している。
それを年に一度の祭りで大盤振る舞いに使っているのである。
当然、予算は湯水のようにそこで使われることになる。
「ただ、祭りの規模を縮小する、という考え方は伯爵家になかったし、そのためには何としてでも魔力を賄え、と厳命されていたものだからね。安全性を確保しながら、確実に魔力を供給するにはそれしか方法がなかった」
さもなければ、臨界点寸前まで炉心を稼働させるしかない。しかし暴走と紙一重の制御になる。そんな危ない橋を渡る覚悟はイグナや上司にはない。
「……兄ちゃん、そんな職場辞めて正解だぜ」
「ええ、全くね……恐ろしいことをしている都市だったのね」
ガストンとラヴィリエの言葉に、イグナは思わず苦笑を返すしかなかった。




