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「もう知らない。なんであんな風に睨まれなきゃいけないの。だいたい、これってレイくんとハチローくんの問題であって、わたしは関係ないのに。そうだよ。全然関係ないんだよ!」
どんっと思わずテーブルをたたく。
仕事から帰ってきて愚痴りたおすわたしを放って、お母さんはスマホを見てるし。
「ねえ、聞いてる?」
「聞いてるよ。それにしても、レイくん、大きくなったね」
お母さんのスマホに映るのは、わたしが家族全員に送ったレイくんの写真だ。
満面の笑みのダブルピース姿。
ミコトは「レイ、でかくなってる」となぜかゲラゲラ笑っている。そういえばレイくんもミコトの写真を見てそんな反応だった。何年も経ってるのに相変わらず仲いいな、あんたたちは。
お父さんはお父さんで「大きくなられて……」なんて涙目の泣き声だ。
「誰かわたしの話聞いてる?」
「だから聞いてるって」
そこでお母さんはやっとスマホを置いてこっちを見た。
「でも、なんだか意外よね。今までのタケルの話を聞いている限り、ハチローくんってタケルより精神年齢高そうなのに、急にそんな風に感情的になるなんて」
「ちょっと」
さすがに十三歳の男の子に精神年齢は負けてない……と思いたいんだけど。
「確かに。確かにね、しっかりしてるなーなんてわたしも思うことはあったけど、やっぱり子供だよ。急にわけわかんないことで怒ってくるし」
「わけわかんない、なのかね?」
「……どういうこと?」
「怒らせるようなこと言ったんじゃない」
「タケル、無神経だもんな」
お母さんの言葉に、ミコトまで続けて言ってくる。
「はあ? そんなことないし。無神経じゃないし。別にハチローくんに大したことも言ってないし。レイくんも反省してるよ、心配してるよ、大丈夫だよ、ってこれのどこが無神経だって言うの」
「それでなにが分かるってキレられた、と。じゃあもう、それが見当違いだったんじゃない」
お母さんが言った。
「言われた通り、なにも分かってなかったってことだったんじゃない?」
「なにそれ」
「そもそもハチローくんが夜にレイくんのところにわざわざ行く理由ってなんだったんだろうね」
「だから、それはレイくんがホムラだから守らなきゃいけないっていう忠誠心だったんじゃないの。それがレイくんのうっかり発言でより強くなったわけで」
「わたしもそう思ってたけど、よく考えたら、それってモモジくんとレイくんが言ったことでしょ」
「…………あ」
確かにハチローくんから直接聞いたことはなかったけど。
「それ以外に理由があるってこと?」
「それは分からないけど。本当はどうしてなのか。まずそれをハチローくんに確認してみてもいいんじゃない? その理由がはっきりわかれば、ハチローくんの行動も変えられるかもしれないし」
そうか。最初からやり方を間違えていたのかもしれないのか。
まあ、最初に聞いたところで素直に答えてくれたかは分からないけど、今ならあるいは……。
「いや、でも、わたしもう関係ないし。今日は向こう行かないから。こっちで寝るから!」
いつも仕事から帰れば、そのまま向こうの世界に行っていたけど、もういいんだ。関係ないわたしは、前と同じく自分の部屋のベッドで寝るんだ。フフンだ。
「別にうちはそれでいいけど……いいの? ハチローくんは待ってるんじゃない?」
「待ってないでしょ。いなかったらいなかったで、普通にレイくんのところに向かってるんじゃない?」
「ハチローくんってそういう子?」
「…………」
最初は戸惑ってたし、警戒心も強かったけど、今では少し気を許してもらえてた、と思う。
たまにハチローくんも甘いものをお土産に買ってきてくれることもあったし。
……はは。こんなときでも、わたしたちの印象に残るのはお菓子なんだな。
ハチローくんは悪い子じゃない。ちょっと困ったとこあるけど、良い子だ。そう思う。
「ここにいると、ハチローくんは絶対迎えに来られないからね。もしかしたら謝りたいとか思ってるかもしれないのに、そのチャンスすらあげられないからね」
「謝りたいなんて思ってないかもしれないじゃん」
「それはそう。でも、あんたがここにいたら事態はなんにも動かないよ。それだけは分かっていなよ」
「……お母さん、ハチローくんの味方するの?」
「あんたの味方に決まってんでしょ。だから言ってんのよ」
「…………」
とりあえず、向こうには行かなかった。
そのまま実家のベッドで寝て、出勤。そして帰ってきて、実家で晩ご飯を食べたけど……トウメさん、もしかしたらわたしのご飯も用意してくれてたかな。
だったらもったいないし申し訳ない。
あっちの世界にもスマホみたいのものがあったら、トウメさんとだけ連絡を取ることもできたのに。そしたらちょっとだけハチローくんの様子も聞いたりとかできたかもしれない。いや、わたし、関係ない人だけどね。
――そうして向こうに行かなくなって三日が過ぎた。
「タケル、タケル」
居間のソファで寝転がって、SNSを流し見ていると、ミコトから呼ばれたと同時にスマホに通知が入る。
「それ、レイに見せといて」
すぐそこでお父さんとわいわい言いながら撮っていた写真が送られてきた。
レイくんがしていたみたいに腕をまっすぐ伸ばしてダブルピースしているミコトの姿。
「なにこれ?」
「レイにちゃんとした今のおれを見せておかないと。タケルが見せたあの写真はダサすぎる」
「ソファに寝転がるトドみたいなあの写真のこと? あれこそいつものあんたの姿でしょ」
「いや、あれはだめだ」
そう言うミコトだけど、『ちゃんとした』『今の』姿がこの写真でいいのか、あんたは。
「お父さんも、お父さんも。コレ見せておいて」
お父さんからも写真が送られてきた。
顔の横でダブルピースをしている、満面の笑みを浮かべたお父さん……。
これ見せられても、レイくんは困るだけだと思うけど。
「お母さんも撮っておこう」
お父さんからの提案にお母さんも満更でもないようで、頬杖をついたまま顔の横でピースサインをした。口の端を上げてキメ顔をかましている。「いいねいいね」とお父さんは盛り上がって連写していた。
そうしてお父さんとお母さんの二人で厳選した写真が、またわたしのスマホに送られてきた。
「じゃあ、よろしく」とミコト。「よろしくって……」
これは見せるためには、向こうに行かないといけないわけで……。
「さっさと向こうに行けって言いたいわけ?」
軽く睨むと、ミコトはむっとした。
「そんなこと言ってないだろ。向こうに行ったタイミングで見せといてって言ってるだけじゃん」
「もう行かないから」
「なに意地になってるんだよ。ってか、十三歳のガキとケンカできるって、タケルもガキだよな」
「はあ? 別にケンカなんてしてないし! ミコト!」
こっちの言葉もまともに聞かずにミコトはさっさと居間から出て行った。言い逃げヤローめ!
「なんなの、もう!」
「本当、今すぐじゃなくていいんだ」
お父さんが困ったように笑って言った。
「そうね。ま、いつでもいいから。お願いね?」
お母さんまでそんなこと言うし。
「分かったよ」
……なんだよ、もう。
この三日、自室の慣れたベッドに入っても、全然眠気が来ない。
寝不足だ。職場でもあくびばかり出てしまってヤバイ。
早く寝ようと思うのに、ベッドに入れば色々と考えてしまう。
ハチローくんはもうレイくんのところに行っているんだろうか。
ハチローくんはなんでそこまでするんだろう。
レイくんがホムラだから?
ホムラは自分の命に関わる人だから?
レイくんに信じてもらえてないから?
レイくんが襲われたとき、自分だけが助けることができたから?
周りが信用できないから?
色々と思いつくし、だからこそ、そんな理由なんだと思っていた。
けど、お母さんが言っていたみたいに、もしかしたらハチローくんなりの理由があるのかもしれない。
ハチローくんの行動を止めるために夫婦になったのに、わたしは肝心なことを聞いていなかったのかな。
なんかお菓子をあげて仲良くなった気がして、結局踏み込んだ話なんてなにもしていない。
聞いても話してくれていたか分からないけど。
それは、少しは関係性ができたと思う今だってそう。
なんせ関係ない女ですからね、わたしは。
そんなことばかり、ぐるぐるぐるぐるぐるぐる考えて――
「…………はあ」
起き上がってスマホを見る。
二十四時前。この時間だと、ハチローくんはもうレイくんのところに行ってしまっている。
今行ったところで家には誰もいないだろうし――叔父さんだって最近夜番ばかりだ。
ハチローくんが一番信用している叔父さんが夜番に入ることで、なんとかハチローくんを夜に行かせないようにしているから。
そういう意味でも叔父さんの負担も大きいし、なんとかハチローくんの行動を止める必要があって……。
「戻るよ。戻ればいいんでしょ」
誰にもなにも言われていない。別に明日の夜に戻ったってかまわない。でも、このままここにいても寝れないなら。
誰もいない家に、わたしは戻った。
――はずだったのに。




