5
謁見当日。
トウメさんに相談して、あーでもない、こーでもないと言いつつ、淡い水色の着物を着付けしてもらって、いつも以上に気合を入れてメイクもした。
そして、この世界では既婚女性は、外出時には打掛を着ないといけないってことで、藍色の打掛を羽織る。
気合十分で向かったけど、城に行くには何段もの階段をのぼる必要があって汗がやばい。
この地のホムラ様は、地脈の支点にある山に住んでいる。
そこはどの国にも属さないホムラ様の住居であり、ホムラ様の身の回りの世話、護衛など、関係者だけがこの山に暮らすことを許されている。
ハチローくんと叔父さんは結構立場が上らしく、城に近いところに暮らしているとはいえ普段運動なんてしないわたしにはこの段数はきっつい。
階段の先にある城門を抜けて、切り開かれた地面に広がる、広い広い城の中。
トノがいるのはさらにその奥深くなわけで。
ゼーゼー言っているわたしを見かねたハチローくんが、途中で炊事場に寄って水を飲ませてくれた。ありがとう、ほんとありがとう。
ただ、ついでに着物も着崩れたし、メイクも直したいと訴えたけど、それは却下されてた。
トノを待たせるわけにはいかない、大して変わらないと言われた。はあ? 変わりますけど!
偉い人への挨拶ってことで一緒に来ていた叔父さんにまで急かされて、着物だけ軽く直して奥へと向かった。
時代劇で見るような大きな広間に通される。奥には一段高くなった上座もあった。
ただ畳じゃなくて板間だから正座していると足が痛い。
「悪い、遅くなった」
「……え?」
しばらくしてそう言いながら入ってきたトノの顔には見覚えがあった。
大きくなっているけど、面影はある。
濃い眉毛に、アーモンド形のくりっとした目がそのままだ。そのパッチリ二重がうらやましくてたまらなかった。
可愛かった顔立ちが、柔和な雰囲気の整ったものに変わっているけど……。
「もしかして、レイくん?」
ハチローくんが勢いよくわたしを見る。
驚きを含んだ眼には、非難すら含まれてて怖いけど、そんなハチローくんとは逆に彼は嬉しそうに笑った。
『久しぶり、タケルちゃん』
耳が一瞬バグる。日本語の挨拶だった。
――思い当たることはあった。
トノから手土産のケーキは、チーズケーキがいいとの指定が入ったのだ。
ハチローくんはクリーム系が好きだから、チーズケーキはまだ持ってきたことはない。
それなのに、チーズケーキ。この時点で、引っかかってはいた。
もしかして、って。トノってもしかして、とは思っていたけど。
ハチローくんが命懸けで守っているトノは、昔、うちに居候していたレイくんだったのだ。
異世界人のレイくんがうちに来たのは、わたしが十四歳で、レイくんが十二歳のときだった。
理由は知らないけど、しばらくうちで暮らすことになったレイくんは、当然日本語なんて話せない。
日本と似ている世界から来たといっても、文化だって色々と違って、戸惑うことも多かったと思う。
それでも弟のミコトとは同い年だったおかげか、すっごく仲良くなってたし、わたしもかわいい弟ができたみたいで、かまいまくっていた気がする。
レイくんがうちにいたのは、一年と少し。
離れてからは一度も会っていなかったけど、まさかこんなところで会うとは。
叔父さんからの「トノはかつてタケルの家で世話になっていたことがあるのだ」という説明に、ハチローくんはまた驚いている。わたしも驚いているけどね!
「まさかレイくんがトノだったなんて。実は偉い人だったんだね」
「はは、実はね。そう、偉かったんだ、おれ」
レイくんは茶目っ気たっぷりに笑う。
「本当はもっと早くタケルちゃんにも会いたかったんだけど、色々と事情があって」
そこで意味深に叔父さんと目配せするのはなんでよ。
「ハチローから奥さんの話はよく聞いてたんだよ」
「ハチローくん、わたしの話してくれるの?」
「ほぼお菓子の話なんだけど」
思わずハチローくんのほうを見たけど、続くレイくんの言葉で思ったような内容じゃないのは分かった。
わたしよりお菓子の話ですか。
まあ、わたしもお菓子の話ばっかりしてるけど!
「ほんと羨ましくてたまらなかったんだ。おれも久しぶりに、シュークリームとかケーキとか食べたくなった」
うっとりとしてレイくんが言う。
なるほど? 君もわたしに会いたいと思ったわけではないってことね。お菓子が欲しかったってことね!
「言ってくだされば、いつでも持ってきました」
忠誠心バリバリのハチローくんが言う。
それにレイくんは苦笑を浮かべた。
「妻からもらったものを横流しにしろなんて言えるわけないだろう」
確かに、そんなこと言ったら最低の主だ。
レイくんは一段高くなっていた上座から下りると、わたしの目の前まで来た。
そして、わたしが横に置いていたクーラーボックスを勝手に開くと、中に入っていたケーキボックスを手に取る。
まだ、あげるって言ってないけど。
「さっそく食べよう」
満面の笑みを浮かべて言うから、なにも言えない。
どんだけ食べたかったのよ。
※ ※ ※
「お父さんはもちろんレイくんがトノって知ってたんだよね? え、お母さんも? ミコトも? 家ではわたしだけ知らなかったの?」
「おばさんにもミコトにもはっきりとおれの役目は言ってないし、タケルちゃんだけじゃないよ。……まあ、なにかしら察してるかもしれないけど」
「察するってなに?」
「いや、だってさ一般人が異世界で暮らすってそうそうないでしょ。ある程度の地位はあるって考えない?」
「考えませんけど? 日本でも一般人だって海外留学するんだから、こっちの世界でも一般人の異世界留学ぐらいあるのかなって思うじゃん!」
「ははは、海外と異世界は違うでしょ」
「え、馬鹿にしてる? 馬鹿にした笑い?」
「それ被害妄想だよ。タケルちゃん、そういうとこある」
「いや、むっちゃ笑ってるでしょ!」
「だって、タケルちゃん相変わらず面白い」
「相変わらずってなに! 全然面白い人間じゃありませんけど」
なにが面白いのか、本当にレイくんはケラケラとよく笑っている。
久しぶりの再会にケーキを食べつつ、話も止まらない。
「トノ、積もる話もあるでしょうから我々はこれで」
みんながケーキを食べ終わる頃に、叔父さんはそう言って、ハチローくんの肩をたたいた。
でも、叔父さんがうながしても、ハチローくんはムスっとした顔をして立ち上がろうとしなかった。
「いや、別にいてくれても全然……」
むしろレイくんと二人で盛り上がっちゃって申し訳ない。
久しぶりの再会でテンションが上がりすぎた。
同意を求めてレイくんを見ると、ハチローくんを見て苦笑を浮かべていた。
「すまないが、奥方を貸してもらえるか? 色々と話しておきたいこともある」
「……トノがそう言うなら」
そう言いつつ、納得はできてない感じだ。それでもやっと立ち上がると、ハチローくんは叔父さんと一緒に出て行った。
それを見送ると、レイくんも立ち上がる。
「タケルちゃん、こっち」
部屋を出て縁側に腰掛けると、隣をペチペチと叩く。
呼ばれるままに、レイくんの隣に座った。
「一応、おれたち既婚者だからね。室内で二人っきりより第三者の目が入るところにいたほうが誤解もなくていい」
縁側は中庭に接していて、この部屋につながる渡り廊下もよく見える。
廊下の先、向かい側の建物につながる境目で、こっそりとハチローくんがこっちを窺っているのもバッチリ見えた。
……逆に気になる。
こんなことなら、ハチローくんも一緒にいたほうがよかったんだけど。
「そういえばさ、レイくんがトノってことは、結婚してるってことなんだよね?」
「うん、そう。一年前くらいかな。チサって言って、歳はタケルちゃんと同じくらいじゃなかったかな。今度、会ってよ」
「会う会う! 紹介して」
「ミコトは? あいつも結婚した?」
「まさか。まだ十九だよ。日本ではさすがに早いって」
って言っても、もう結婚した同級生がいるって前に騒いでたな。
そう思うと、レイくんもその年齢で結婚したってことだし。
「ねえねえ、スマホ? あれないの? ミコトの写真とか見てみたい」
「えー、弟の写真なんてそんなないよ?」
一応持ってきてたスマホを出して、写真をスクロールしていく。
隣からのぞきこんできたレイくんが、「げっ」と声を漏らした。
「なにこれ、画面割れてるよ」
「あー……ハチローくんが投げちゃって」
前にハチローくんに投げられて画面はバッキバキになったけど、一応使うこともできたからそのまま使ってる。
買い替えるのももったいないというか、めんどくさいというか、高いというか。
「ハチローが? あいつがこんなことしたの?」
引いた顔でスマホを見ていたレイくんは、少しだけ眉をひそめる。
「……あいつに限ってそれは無いと思うけど……あれ、デー……なんだっけ? ほら奥さんを殴ったり蹴ったりするやつ……」
「DV?」
「それ!」
「ないないないない。これは文明ギャップによるものだよ。動画見せたら驚いて投げちゃったの」
「ああ……まあ、この世界の人間なら驚くよな」
と言いつつ、この世界の人間であるレイくんは、スマホに映ったソファで寝転ぶ弟の写真を見て、「ミコト、でっかくなってる」とニヤニヤ笑っていた。
「ちょっ……」
勝手に写真をスクロールして探し始めるから、思わずスマホを奪い返す。
変な写真はないからいいんだけど……なかったよね?
不満げな顔をするレイくんにカメラを向ける。
「レイくん、写真撮っていい? ミコトたちに見せたい」
「もちろん! 撮って撮って」
スマホに向かって、腕を伸ばしてダブルピースをするレイくん。
そういえば一緒に暮らしてたときは、わたしたちはいつもこのポーズで写真を撮っていた。写真を撮るときはコレ! とレイくんに教えていて……わー……懐かしさがまた急にこみあがってくる。
「じゃあ、撮るよー」
カシャ。
あ、フラッシュたいてた。
「トノになにをしたっ!」
怒鳴り声にびくっとする。
振り返れば、渡り廊下の向こうで今にも飛び出しそうなハチローくんを叔父さんが羽交い絞めにしていた。
スマホで写真を撮っただけだけど、ハチローくんにとっては未知のものだ。
あのフラッシュの光もトノを害するものだと思ってしまったのか。
「大丈夫だ。危険なものじゃない。大丈夫だ」
レイくんが軽く片手をあげて、落ち着いた声で言う。
大丈夫だ、と落ち着かせるようにもう一度言った。
それでやっとハチローくんも少し落ち着いたのかおとなしくなったけど、責めるようにわたしを睨む。
それが奥さんに向ける目なの、ハチローくん。
「ホント、ハチローくんはレイくんのことが大事なんだね」
「……本当にね」
レイくんは片膝をたてると、そこへおでこを当てた。
なんか疲れたみたいな感じ。
思わず背中をポンポンしてしまった。
「まあ……それだけじゃないんだけどね」
「ん?」
「ハチローがあそこまで忠誠心が強くなっちゃったのには、原因があるってこと」
そう言うと、顔を横に向けてわたしを見た。




