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異世界に嫁いで、夕飯はこっちの世界で食べることになったけど、わたしが異世界に来たときハチローくんはまだ帰っていなかった。
もしかしたらこのまま帰ってこないかもしれないと思ったけど、叔父さんに引っ張っられてむりやり帰らされてきた。
お城の仕事はシフト制で、今日、夜番の叔父さんはその後また城に戻ったけど、このままだとハチローくんもまたすぐ出ていくかもしれない。
「……ハチローくんと叔父さんって、仕事時間が合わなかったら別々で過ごしてたの?」
「なんでだ?」
「いや、この広い家でハチローくん一人になる時間があったのかなって……」
「あまりない」
「え、っと、それは、叔父さんと仕事時間が同じだからってこと?」
「そうだ」
「そっか、それはよかったね」
「…………」
叔父さんとハチローくんのシフトが合わなかったら生活時間もバラバラだろうし、この広い家でハチローくんが一人で過ごす時間がある思うとなんか……それ子供の生活環境的にどうなの。いや、仕事している子ではあるし、現代日本と価値観違うかもしれないけど、それでもさぁ。という、わたしのちょっとした心配は、簡潔に淡々と受け流された。
話も弾まない夕食を食べ終わると、「デザートがあります!」とわたしは彼の前にソレを差し出した。
コンビニのシュークリームだ。
こちらの世界にはないものに、ハチローくんも気になったようだ。
「これは……?」
「シュークリームです! わたしの世界のお菓子だよ。甘いの大丈夫だったら食べてみて」
実はハチローくんが甘いもの大丈夫なことは、トウメさんに確認済みだ。
試しにトウメさんにもシュークリームを食べてもらったら顔を輝かせてた。
だから、こっちの世界の人でも甘いもの好きな人なら大丈夫なはず。
少しでも警戒心を減らすために、わたしも本日二個目のシュークリームを食べた。
トウメさんに食べてもらうときにも、やっぱり警戒心を解くために一緒に食べたからね。
甘いの好きだから、何個でもわたしは食べられますよ。
まあ、こういうときに嫁として、手作りスイーツだよ、はあと。なんてできたらいいんだろうけど、コンビニスイーツに間違いはないから。
生クリームとカスタードクリームがダブルで入ったそれは、甘くてやわらかくて、定番・安定のおいしさだ。
サクサク生地も好きだけど、薄いしっとりした皮のこういうもの好き。
「ん-……おいしい。ほら、ハチローくんもどうぞ」
わたしがパクパク食べているのを見たからか、ハチローくんもシュークリームを手に取った。
「やわっ……」
まず、そのやわらかさにびっくりしている。
それから、大口開けてパクリ。
「あっ」
クリームがはみ出た。
口の周りをクリームだらけにしたハチローくんの目がまんまるになる。
「なんだこれは……」
一口、二口。三口でシュークリームを食べ終わると、口の周りについたクリームを指でぬぐってなめている。
「こんなもの食べたことがない。なんだ、これは。やわらかくて、甘くて……そちらの世界では、これが普通に食べられるものなのか」
「うん、普通に食べてるよ。クリームってこっちではめずらしい……んだよね? どう? 気に入った?」
「……うまかった」
「それはよかった」
ハチローくんの目がとっても輝いている。目の鋭さだって半減。こうしてみるとかわいいもんじゃない。
お母さんの読みが当たった。
ハチローくんの興味を引くものとしてお母さんが提案したのが、洋菓子系のスイーツなのだ。
こちらの世界では無いみたいだから、めずらしさで気を引けるんじゃないかってことだった。
元々、こっちの世界に住んでいたお父さんも賛成したから持ってきてみたけど、ここまで喜んでもらえるとは……。
「クリームを使ったお菓子はまだ他にもいっぱいあるから。また持ってくるね」
「本当か?」
「うん」
「そうか、うん。お願いします」
口元を手の甲でぬぐって、少し照れ臭そうに言うハチローくん。
あらら、かわいい。素直。
やっぱり、なんだかんだ十三歳の男の子なんだな。雰囲気強くて、一見そうは思えないけど。
微笑ましい気持ちになっていたのに、夕飯を終えてお風呂を済ませると、ハチローくんはまたトノのところに行ってしまった。
そうだった。興味を引いても、出て行かれたら意味ないんだった!
一応、あれからお菓子をハチローくんに貢いでいる。
「今日はロールケーキだよ!」「おいしい」
「今日はエクレアにしてみました!」「チョコレート? がパリっとしてる」
「ドーナツはどう?」「甘いな」
「今日はキラキラしたタルトだよ!」「きれいだ」
「これぞ王道! ショートケーキ!」「クリームがふわふわしてうまい」
他にもクリーム大福とかクレープ。あとマカロンとか、麦チョコにピーナッツチョコ、ポテトチップスなんかも渡した。
こうなったら餌付けだ、餌付け。
ハチローくんは甘いものはけっこうイケる口だ。
中でもお気に入りはチョコ菓子。
クリーム系も好きだけど、チョコクリームなら尚良し。
チョコクリームのケーキを持って行ったときは、深々と頭を下げられてしまった。
うん、そこまで喜んでくれるなら、わたしも嬉しいよ。
お菓子をばらまいて、それをキッカケに色々と話もしてみた。
きのこたけのこ戦争の話もすると、ハチローくんはきのこ派だった。思わずハイタッチしてしまった。
そうです、わたしもきのこ派です。
お母さんの狙い通り、興味も引けたし、少しは態度が軟化したと思う。睨まれることはなくなったし。
でも、やっぱりトノのところには行ってしまうのだ。
まあ、いくらなんでもお菓子の話で一晩なんてもたないから、わたしだって他の手を考えて、餌付けプラスいろいろとしていた。
まずは動画を見せてみた。
動画見てたら時間なんてあっという間に溶けていくんだから。
もうわたし天才! って思ってたけど、四角い板に映る人間は、ハチローくんのキャパシティを超えていた。
あらかじめダウンロードした動画を見せた瞬間、スマホを投げ捨てられた。
穢れだ呪いだ人が板に閉じ込められた、と騒ぐハチローくんに説明するのが大変だった。
スマホの画面もバキバキに割れたから、もう動画は絶対に見せない。
それからはオセロとかトランプとか、なんか二人でできるボードゲームを持ち込んでやってみたり、この世界のゲーム――将棋みたいなもののルールを教えてもらいながらやってみたりしたんだけど、寝る時間くらいには出ていかれてしまう。
玄関戸に張り付いて「なんで行くの、行かないで!」なんてこともやってみたけど、簡単にはがされて出ていかれた。なんなの……。
こうなるとわたしだって追い詰められてくる。
よし、もう犯罪ギリギリ攻めてやる! と添い寝を頼んだ。
罪悪感がすごかった。
ハチローくんもさすがに戸惑っていた。でも、夫婦だからってことで了承してくれた。
なんか、ごめん。
とりあえず隙間をあけて並べた布団で、腕を伸ばして手をつないで寝た。
罪悪感で胸が死んだ。
でも、でも、これでハチローくんが寝るまで手を離さなければ大丈夫……だと思っていたのに、わたしのほうが先に寝てしまった。そして、ハチローくんは出て行った。
だめだ。ハチローくんに先に寝てもらわないと……。
子育て真っ最中の会社の同僚から聞いた、寝つきの悪い子供がよく寝るっていう絵本を読んでみた。
読みかたの指示も書いてあるような本だったから、できるだけその通りに読んだ。
最後まで読み終わって、ハチローくんを見たら、目がしっかり開いていた。
……うん、そうなるよね。
そうだよね、小さい子供じゃないもんね。
「満足したか?」と言われて「ハイ」と答えると、ハチローくんは出て行った。
だめだ、もうどうすればいいの、これ。
万策尽きました。もう無理。離婚しよう。もうすべて無かったことにしたい。
そんなとき、ハチローくんが言った。
「トノが、あなたに会いたいそうだ」
「へ?」
「次の休日に、城まで一緒に来てほしい。そのとき、ケーキも持ってきてもらいたい。トノも興味があるようだ」
「それは、全然持っていくけど……え、いいの? そんな偉い人に会っちゃって」
「トノが会いたいと言っているんだ。問題ないだろう」
ハチローくんからトノの話を聞くことはあまりない。
トウメさんからは「見目麗しく優しい……優しすぎる人だ」と聞いたことがある。優しすぎるって言い方に、少し頼りないなんてニュアンスもあると思ったけど。
とにかく、ハチローくんが大切に思っている人に、そんな偉い人に会うって……
「ド、ドレスコードなんてあったりする?」
「ド?」
「え、トノの前ってなに着ていけばいいのか分かんない。え、どうしよう、ハチローくん!」
「別になんでもいいと思うが……」
「なんでもいいことないと思う! 妻の印象が悪いのはハチローくんだって嫌でしょ! わー、どうしたらいいかな!」
「だから、なんでもいいと……」
「それはだめ! もー、トウメさんに相談する!」
慌てるわたしに、ハチローくんは呆気に取られていた。




