↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/19

3

 結婚式のあとは、母屋での食事会だった。

 この家の料理人であるトウメさんも紹介されて、彼女が作ってくれた料理を食べる。

 トウメさんもまたガタイのいい女の人だった。

 着物の上からでも、しっかりとした筋肉が分かる。ボディビルダーみたい。

 そんなトウメさんの料理もまた絶品で、夢中で食べた。

 和食っぽいから薄い味付けかと思ったけど、丁度よく濃い目で、むちゃくちゃ好みの味付け。

「おいしいね」とテンション上がった状態でハチローくんに言えば「ああ」としか返されない。

 ハチローくん、ずっとムスッとしててあんまり話してくれないんだけど……それで叔父さんに「愛想よくせい!」って怒られてるんだけど……これ大丈夫? うまくやっていけるの、わたし。

 食事会も終わってしまえば、トウメさんも帰って、お母さんも日本に帰ってしまって、わたしはハチローくんと離れに。

 新婚生活はこの離れで過ごすことになる。

 日本での仕事も辞めたわけじゃないから、朝になったら実家に帰って、そして通勤。仕事が終わったら実家に帰り、そしてまたここに。

 そんなんだから生活は大して変わらないかもなんだけど、ともかく、ねえ。先の話より今、でいうと……。


 夜、です。


 夜になってしまった。

 寝室には並べられた二組の布団。

 初めてのことなんで自分が用意しておきました、とトウメさんが言っていた。

 トウメさんは結婚のいきさつとか知らないから、布団と布団の間に隙間がない。

 とりあえず、ぴったりと隣り合っていた布団を離してから、ハチローくんを待つ。

 いわゆる初夜だけど、初夜はない。その、体を繋げる的な、セッ……的なものはない。

 そもそもわたしの年齢でハチローくんに手を出すことは犯罪だってことは、叔父さんからハチローくんに伝えてくれているはずだ。

 それなのに同じ寝室。

 そもそもハチローくんが、夜にトノのところに行くのがこの結婚のキッカケになったわけで、ハチローくんを見張るためにも寝室は一緒のほうがいいと言われたせいだ。

 だから今もこうしてハチローくんが部屋に来るのを待っているんだけど……。


 遅くない?


 着替えて、お風呂入ってくる、って言ってから長くない?

 あれ、これってもしかして……。

 走って玄関に向かうと、ちょうど出て行こうとするハチローくんの背中。あぶなっ。


「ハチローくん!」


 呼ぶと、ハチローくんは立ち止まって振り返る。

 だから、その目つきもうちょいどうにかならないかな。


「あの、どこに行くの?」

「トノのところだ」


 やっぱり!


「こんな遅くに行っても迷惑だよ。それに、今日は式とかいろいろあって疲れたでしょ。寝ようよ!」

「あれくらいで疲れていない。おれにはトノをいついかなるときも守る役目がある」

「そうだろうけど! でも、トノのお城にも護衛の人っているんだよね?」


 寝室の前にはさすがにいないけど、お城の警備はシフト制で、夜番の人がいるから万全って聞いてる。


「わざわざ、今日、今、ハチローくんが行くことはないじゃない」

「トノはおれが守らなければいけないんだ」

「ちょ、ちょっと待って!」


 出ようとする背中をつかむ。

 着物を引っ張られて、ハチローくんは迷惑そうに振り返った。

 本当、さっきからさ、それが仮にも妻に向ける目なの。


「ハチローくん、あのね、わたしたち一応、新婚で! 今日は初夜なの! 今日くらいはゆっくり家にいてほしいんだけど」

「初夜と言っても、子作りもしないなら一緒にいる意味なんてないだろう」

『ハイ、アウトーーーーーーーっ』

「アゥ?」

「その発言『アウト』 ダメ。君にとって奥さんは子作りするだけの相手? 自分の子供を産んでくれるだけの存在? 違うでしょ! それは、そういう一面があるってだけで、夫婦ってそれだけじゃないでしょ! わたしとハチローくんは今日から家族になるの! 新しく関係を築いていくの! そのためには一に話し合い、二に話し合い! そうして人と人との関係は結ばれるものでしょうが! 違う?」


 だーっと勢いよく言うと、ハチローくんはちょっと驚いたみたいだ。目がまんまるくなって幼さが増した。

 これはチャンスか。


「ほら! 一緒に戻るよ! 今日は大事な初夜なんだよ。家族になるための話し合いをしていこうじゃない!」


 ハチローくんの腕をとって、寝室に向かう。

 まずはこの子を部屋で寝かせてトノのところに行かせないこと。それがわたしの任務だ。


「それならおれも聞いておきたいことが一つあった」


 寝室の前で立ち止まると、ハチローくんがそう言った。


「うん、いいね。なに? 聞かせて?」


 ハチローくんが話し合いに乗り気になってくれるのは有難い。このまま、なんとか諦めてもらって……


「おれはトノを守ると誓っている。誰にも傷つけさせない。トノの行く道はおれが守る。おれが死ぬときはトノを守ったときだ」


 ……オウ、いきなり激重。ガチで重い子だぁ。


「だが、それでも、と思う時がある。おれが未熟なばかりにトノを守れず死なせるようなことがあれば……」


 泣くかと思うくらい、ハチローくんの表情が歪んだ。


「おれも死ぬ」

「……わー」


 思わず漏れた声。小さかったおかげか、ハチローくんは特に気にした様子もなく淡々と言った。


「あなたはどうする? あなたを一人残すことになるが、もしあなたもトノの後を追うというなら、おれはあなたを殺してから死ぬが……」

「わー……」


 また小さく声が出た。

 ハチローくんはただじっと返事を待っている。

 え、これ答えなきゃダメ?


「え、遠慮しまーす」

「そうか。分かった。おれが聞きたかったのはそれだけだ」

「え、それだけ?」

「ああ。じゃあ、おれはもう行く」


 ハチローくんはわたしの手を振りほどいて、さっさと家から出て行ってしまった。

 追いかけることはできなかった。

 いや、だって新婚の嫁に確認したいことがトノの後追いをするかどうか、っておかしすぎない?

 ヤバイ、もう離婚したい。



 ※ ※ ※



「結婚一日でもう離婚って早すぎでしょう」


 プチシュークリームを食べながら、しかもテレビを見ながら、お母さんがそんなことを言う。

 昨日、朝になってもハチローくんは帰ってこなかった。

 朝早くきて作ってくれたトウメさんの料理を叔父さんと食べてから、日本に戻り、会社に行って、帰ってきて、今。

 朝は時間がなかったからできなかったけど、ずーっと愚痴りたくてたまらなかった。


「だって初夜の日にそれだよ。叔父さんにはまた土下座で泣きつかれるし。どうにかしてくれって、どうにもできないよ、アレは」

「アレって、旦那のことそう呼ぶの早すぎ」

「え、待って。お母さん、もしかしておれのこと外ではアレって呼んでるの?」


 お父さんが驚いて話に入ってくるけど、お母さんはテレビを見てアハハと笑うだけだった。答えないってことは、そういうことなんだろう。


「後追いって戦国時代じゃないんだから。ついていけないよ、もう……。なんであそこまで忠誠心を持っちゃってるのか」

「ハチローくんはどうか分からないけど、忠誠心の高さっていう点では、あの世界の仕組み的にも仕方ないところはあるんだよ」


 お父さんはちょっとしょんぼりしながら、フォローをいれる。


「仕組みって、ホムラの力ってやつ?」

「そう」


 あの世界は元々、生き物が住めるような世界じゃなかったらしい。

 澱み、穢れ、人間だけでなく動植物すら育つことのできない呪われた世界だったのが、浄化の炎に焼かれたことで生物が生きていける恵みの大地に生まれ変わった。

 植物が、動物が、人が、生まれ育む大地となったが、浄化されたはずの澱み穢れもまた生まれ、生物を蝕み世界を侵食する。

 そんな中で、浄化の炎=ホムラをその身に宿す生物が現れる。

 それが『ホムラ様』

 ホムラ様は地脈の流れを通じて、世界を浄化している。

 地脈は川のようなもので、いくつもの支流に分かれるけど、最後はまた一つにつながって源流へと戻る。

 そのいくつかある支流の起点を、ホムラ様が浄化することで、浄化された地脈が流れていって、下流は生物が育まれる大地になる。

 つまり、あの世界ではホムラの力が無ければ生きていけなくて、その力を持つホムラ様の存在は実際問題、命に関わる。

 まあ、でもホムラ様は一人ってわけじゃなくて、それぞれが違う支流の起点で浄化しているから、一人がいなくなったら終わりってわけでもないらしいけど。

 ちなみにホムラ様の敬称が『トノ』になる。

 つまりはそんな世界だったら、人々は当然トノを大切にするし、絶対守るマンになるってことで。


「つまり、ハチローくんの忠誠心が特別高いってわけでもないってこと?」

「いや、それでもハチローくんの忠誠心はかなり強いほうだと思うけど」

「お父さん!」

「だって、だから結婚なんて強硬手段に出たんじゃないか」

「そうだけど……」

「しかもあの年でブシにまでなったわけだし。なおさら責任感も強いのかもしれない」

「もーそんなのどうすりゃいいのよ」


 テーブルに突っ伏す。

 いい手なんて、全然思いつかない。

 ただひたすら後悔。後悔後悔後悔後悔、後悔だけだ。


「それなら、ハチローくんが出て行かないくらい興味を引くものを用意すればいいんじゃない? アンタには興味を持ってもらえないみたいだし」

「え、酷いこと言うんだけど。興味持ってもらえないって酷くない?」

「お母さんは正直だからね」


 お父さんに同意を求めたのに、遠回しにお母さんの言葉に同意された。くそぅ。


「ハチローくんが新婚の嫁より興味持つものってなに? あの子、トノ以外に興味なさそうだけど」

「なんのための日本スキルよ。これを利用しない手はないでしょ」


 そう言って、お母さんはコツコツと指でテーブルをたたいたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。