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わたしを背中に庇うと、ハチローくんは思いっきり男を蹴り上げた。
わたしに抱き着いてきた男の体が浮いて倒れる。
「ぶっ殺してやる」
ハチローくんが物騒なことを言って倒れた男に近付いていくと、男のツレ二人がハチローくんにつかみかかった。
それもあっさりといなして、一人の腹を殴り、かがんだところで頬を殴っている。もう一人に肩をつかまれても、いつの間にかそれを外して、きれいなまわし蹴りを決めていた。
強い。
強いとは聞いていたけど、素人目に見ても分かるくらいにすごく強い。
あっという間に男三人は倒れたけど……この人ごみの中。
まわし蹴りを食らった相手は踊っていた人にぶつかってしまった。
「なにすんだ、てめえ」
「なんだ、やろうってのか」
なぜか一気に乱暴な空気は広がって、次々とケンカが始まっていく。
関係なかった人たちまで殴り合って「女はどこだ」「酒を出せ」「おれの金はどこだ」なんて、どこの賊だよって感じだ。あっという間に乱闘がそこかしこで始まる。
治安が悪すぎる。
ハチローくんの強さも広がったのか、次々とケンカを売られて、買って、相手を地面に転がしている。
ほんと、強いね。すごい! だけど……。
「ハチローくん!」
さすがにこれ以上はダメでしょ!
ハチローくんの背中を引っ張る。
ハチローくんはずっとわたしを守るように背中に庇いながらケンカをしていたのだ。
「これ以上、巻き込まれるのはよくないと思う。ハチローくんの立場的なものもあるだろうし」
ブシが喧嘩沙汰ってよくなさそうじゃない? いや、どんな職業もそうだけども!
「もう帰ろう。もう早くこんなところから離れようよ。もうやめて。帰ろうよ」
両手で背中に縋れば、ハチローくんはちらっとだけ振り返る。
そして左から向かってきた男の拳を避けると、その男の勢いを利用して向かってきた別の男へと蹴りだした。
その隙にわたしに向き直ると、打掛をわたしの体に巻き付ける。
「うわっ」
ハチローくんの肩に担ぎあげられた。いわゆる俵抱き。
そして、走り出す。
何人か追いかけてきたけど、その人たちもすぐに別のケンカに巻き込まれて、すぐに誰も追ってこなくなった。
関所の建物を抜けてしまえば、騒ぎがもう遠い。
ここまで来れば大丈夫だろう。
ハチローくんもそう思ったのか、地面に降ろされる。
顔につけていたお面はいつの間にか外れていた。
ハチローくんもそうだ。
眉根を寄せた表情が丸見えだ。
「ハチローくん、大丈夫だった?」
「は?」
その低音、怖いって。
「女の人たちに連れていかれたでしょう。なにもされなかった?」
セクハラとか、それ以上の怖い思いを……。
「おれじゃないだろう!」
急に怒鳴るから、ビクッてなった。びっくりした。
「おれじゃなくて、あなたが……っ!」
それ以上言葉が出てこないのか、ハチローくんはぐっと唇をかんで何も言わない。
ただその視線の先が……。
「うん、まあ、わたしは大丈夫」
首元を触る。まだ気持ち悪い感触が残っている気がした。
「……助けてくれてありがとう、ハチローくん」
声が震える。いやだな、ハチローくんの前で情けない。
ハチローくんも苦い表情をしている。苦虫をかみつぶしたような顔って、こういう表情なのかな。
「帰ろう」
笑って言って、ハチローくんの手を取って歩き出す。
「結局、屋台であまり食べられなかったね。お腹空いてない? 家になにかあるかな」
トウメさんにはご飯はいらないと伝えているから夕食の用意はもちろんないし。
こういうときになんか作れたらいいんだけど、こっちの世界の台所っていまいち使い方が分からないんだよね。かまどタイプだし、まずどうやって火を使っているのか。
「まあ、お菓子は色々と持ってきているから、それでも食べようか」
スナック菓子とか常温で日持ちのするタイプのお菓子はストックしてあるし。
あー……でも、お祭りグルメ、楽しみにしてたんだけどなぁ。
「そうだ、ハチローくん。今度、タコパしようか、たこ焼きパーティー。日本ではお祭りで食べるもので、あ、お祭り限定とかでは全然ないんだけど、せっかくなら日本のお祭り気分も味わうつもりでさ。たこ焼きってね、丸い食べ物なんだけど、中がトロトロで熱くて、口の中が火傷するくらいだけど、でも、すっごくおいしいの。レイくんも食べたことあるんだよ。家でタコパしたときなんか、ミコトと二人で出来上がったやつを奪い合いながらどんどん食べてた」
山門が近づいてきた。
門の両側にいる門番の姿に、なぜか躊躇してしまう。
立ち止まりそうになったとき、ハチローくんがぎゅっと手を握ってくれた。
そのまま二人並んで歩く。
山門を過ぎてから、またわたしの口はとまらなくなった。
レイくんとミコトと一緒に行ったお祭りの話とか、花火をした話とか、とりとめないことばかり話してしまったけど、ハチローくんは黙ってずっと聞いてくれていた。
家の門が見えてきたとき、ホッとした。
この世界の、この家も、わたしにとってはもう安心できる「家」になってるんだな。
ふと視線を感じて隣を見ると、ハチローくんと目が合った。
繋いでいないほうの手がわたしの首元に伸びて、わたしの手に、触れる。
そこでやっと、自分がずっと首元をおさえていたことに気付いた。
さっき、男にすり寄られたところ――。
背中に寒気が走る。
「……出かける前に、風呂は沸かしてあるから」
ハチローくんは目を伏せて言った。
「早く入ったほうがいいと思う」
「……うん。ハチローくんは優しいね」
気遣いのできる、優しい良い子だ。
「じゃあ、お先に入らせてもらうね」
家に入ると、そのままお風呂場へと向かう。
「タケルさん!」
「ん?」
振り返れば、ハチローくんはなにか言いたそうだったけど結局「なんでもない」と首を振った。
それ以上は聞かずにお風呂に向かったから、そのときのわたしは気付けなかった。
「くそっ」
小さく悪態をついたハチローくんが、わたしに伸ばした手を強く握りしめていたなんて分かるわけがなかった。




