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 山門を抜けて少しでざわめきが聞こえてくる。

 人々の気配。明るく弾む音楽。声。

 山門を過ぎると、大きな街がある。

 レイくんが浄化する地域の国々の大使館が置かれ、各国が協力――もしくは牽制しながら、ホムラ様の護りや交渉をするために作られた、名目上は中立の街。

 わたしもこの街には、ハチローくんがお休みの日に何度か連れてきてもらった。

 街に入るにしても出るにしても、いわゆる関所――山と街の間にある門になっている大きな建物――の中を通らなくちゃいけなくて、でも使う人間が少なくていつも静かだと聞いていた。わたしが通った時もそんな感じだったし。

 だから、ここまで音が聞こえてくるなんてすっごくめずらしいと思う。

 お祭りのせいか今は誰もいない関所の建物を抜ければ、いつもは寂しく感じるほどなにもない大きな広場があるんだけど――


「わあ……」


 今、そこにはいたるところに『ホムラの花』が咲き誇っていた。

 チリチリと燃える綿毛がときに吹かれ、揺れて、なんとも幻想的だ。

 普段、この広場になにもないのは、この景色を見るためなのかもしれないとすら思う。

 ホムラの花の間を埋めるように、その間で人が踊っていた。

 でも、いるのは大人の男女ばかりだ。みんな紙だったり布だったりのお面で顔を隠している。

 子供がここまでいないものなの。

 夜に子供の外出は危険だから? ハチローくんを連れてきたのはやっぱりマズかったのかな。

 屋台も並んでいるけど、どうもお酒を置いているところが多いみたいだ。

 そのせいか酔っ払いも多そう。

 ハチローくんとつなぐ手にも力が入ってしまう。これはホント、はぐれたら大変だ。


「ハチローくん、ハチローくん」

「なんだ?」

「一応、はぐれちゃったときのために、待ち合わせ場所を決めておかない?」

「……はぐれるつもりはない」


 ハチローくんが痛いくらいに手を握る。


「わたしもはぐれたくないんだけど、これだけ人がいたらそうなっちゃうかもしれないし」

「はぐれるつもりか?」

「だからそうじゃなくて、はぐれたくなくてもはぐれちゃうかもしれないから……入口にしよう。関所の入口。はぐれたらここで待ち合わせね」

「おい……っ」


 ハチローくんは納得していないみたいだけど、スマホもないんだからこうするしかないでしょ、もー。


「それよりハチローくんはなに食べる? わたし、お腹空いちゃったよ」


 ハチローくんを引っ張って屋台のほうへと進む。

 広場を囲むように並ぶ屋台を順番に見て、ひとまずお肉の串焼きを買った。

 甘辛いタレはちょっと焦げていて、香ばしくておいしい。


「わ……」


 打掛の袖が引っ張られた。振り返ってみると、面布をつけた男の人に引っ張られている。

 うわ、酔っ払い? からまれるのは勘弁してほしいんだけど。


「大胆な誘い方だなあ」


 ニヤニヤと、面布をつけていても分かるほど感じ悪く笑っているのが分かる。


「おい」


 ハチローくんは男の人を睨むと、わたしの肩をつかんで引き寄せた。ハチローくんの顔がすぐそばにある。


「なんだ。もう引っかけてたのかよ。次はおれの相手をしてくれよ」


 ヒヒっといやらしい笑い声を残して、男の人は人ごみの中に紛れていく。

 なにを言ってるんだ、あの酔っ払い。


「やっぱり酔っ払いとかいるんだね」


 こんなところにハチローくんを連れてきたのはやっぱり駄目だったのかも。

 でもでも、夜のお祭りって子供心にワクワクして、ちょっと冒険感があった気がするし、こういうのは保護者がいれば問題ないはずだし大丈夫……だよね?

 あれ? でも、今助けられたのはわたしか。


「わわっ、ちょっと待ってハチローくん」


 ちょっと考え込んだ間に、ハチローくんは先を歩きだしていた。

 しかもけっこうな速歩き。この人ごみの中を上手に人の間を縫うように歩くハチローくんに引っ張られてついていくけど。


「あ、ごめんなさい」


 また人にぶつかってしまった。

 ハチローくんはすいすい避けているのに、なんでわたしはうまくいかないんだろう。

 ハチローくんの歩みが遅くなったのは、人ごみを抜けた後だった。

 お祭りの喧騒の中を突っ切ってきた感じだ。 

 広場を抜けると、四角いテントみたいなものがいくつも並んでいた。

 ……なんでテントなんかあるんだろう。

 歩くスピードは遅くなったけど、テントの間をまだ進む。


「お祭りは向こうだけど、こっちにもなにかあるの?」


 この先は人が少ないし、ホムラの花からも遠くなって暗くなっているし。


「ハチローくん!」


 立ち止まって手を引っ張ると、やっとハチローくんは足を止めた。

 振り返ったハチローくんの顔はちょうど影になってよく見えない。

 でも、なんか……。


「怒ってるの?」


 つないでいる手が痛い。

 何も言わずに、ハチローくんは一歩踏み出して……


「ああ……っ」


 甲高い声が聞こえた。

 ……え?

 思わず聞こえた方向――ハチローくんの後ろにあるテントを見る。

 他のテントは入口に布が降ろしてあったけど、そこはなぜか入口が開いたままで、その奥で白い足が見えた。


「んんっ」


 重なってうごめく影。白い足が揺れて、また、あの声。

 荒い息遣いまで聞こえてくるような……。

 ハチローくんも気付いたのか振り返ろうとして


「だめっ!」

「いっ……」

「きゃあ、ごめん!」


 ハチローくんの目をふさごうとして勢いよく手をだした結果、目をたたいてしまった。最悪!


「ごめんごめんごめん! 大丈夫? 目、冷やそう。すぐここから立ち去ろう!」


 ハチローくんの腕をつかんで、お祭りのほうへと引き返す。

 お祭りだから? このテントってそういうものだったり? まさかそんなわけないよね。そんな……あーっもう! 羽目を外しすぎだし、入口くらい閉めてからやってよ、マジで!

 明るいところに戻ると、そこではみんなが踊っていた。

 ホムラの花を囲むように、そこここで輪が出来ている。

 ホムラの綿毛が飛ぶ中で、楽し気に、音楽に乗って、手を上げ、腕を振り、腰を回し踊っている。中には肩を組んで、抱き合って、キスまでして……ってちょっと待って!

 お面越しとはいえ、なんでキスしてるの!

 しかも、そこから外れた男女は奥のテントへと向かっていく。ありえないくらい密着した状態で。

 なにこれ。さっきからこんな状態だった? 屋台に夢中で全然気づいてなかった!?

 ヤバイ。ダメだ。ヤバイところに来ちゃった。


「ハ、ハチローくんは見ちゃダメ!」


 ハチローくんの目を両手で隠そうとして、両手ともハチローくんに掴まれた。

 さっき叩いちゃったから!? でも、これは教育上よくないから。ほんと、よくない!


「ハチローくん、目を閉じて! お願いだから、なにも見ないで!」

「……やっぱりなにも知らなかったのか」


 ハチローくんが言う。


「夜の祭りは……こういうところだ」

「は?」

「普段の生活を忘れて、乱れて、遊ぶ場になる。祭りは一瞬。この夜だけのもの。……この場で出会って結婚することもあるらしいが」

「え?」

「だからここでは男も女も気になった人間を誘って、一夜だけの遊びをするんだ」

「え、でもだって誰もそんなこと言ってなかった……。侍女さんもトウメさんも……」


 このお祭りを教えてくれた侍女さんも、トウメさんにお祭りに行くから夕飯キャンセルのお願いをしたときも。


「チサ様の侍女がどういうつもりかは分からないが、トウメは誤解したんだろうな」

「誤解?」


 ハチローくんはムッとして、視線をそらす。


「祭りをキッカケにおれたちが……」


 その後はモゴモゴとしてなにを言っているか聞き取れなかった。言いづらかったのかもしれない。

 夕飯キャンセルしたとき、トウメさんは顔を輝かせて「やだ、ハチローを誘ったの? やだ、もう! お祭りでなんて大胆な誘い方だね!」とテンションが上がっていた。

 あれ、もしかしてわたしがソウイウ意味でハチローくんを誘ってお祭りに行くって宣言したと思った、とか……。


「ちがっ! わたし、全然知らなくて! え、ハチローくんは知ってたの? まさか前にも来たことあるとか……お昼のお祭りもこんな乱れた……」

「違う! 来たことなんてない。話に聞いただけだ! 昼は子供だって来ているし、こんな乱れたことはない!」

「だったら、知ってたんなら教えてよ! 知ってたらこんなところ来なかったよ!」

「……本当に? 知っていたら本当に来なかったか? おれに隠れて来たんじゃないのか」

「なんで! 行くわけないじゃん! 普通に怖いよ、こんなところ!」


 知らない人間と一夜のお遊びとかマジで柄じゃないし、怖いし、引くし。

 これがロマンティックな雰囲気ならもしかしたら流されて……いや、ないな。この生々しい状況は普通に引いてる。引く。怖い。


「帰ろう、ハチローくん。ここはダメだ。ごめん、こんなところに連れて来て」


 ハチローくんの教育上ももうアウトだから、ここは。


「ハチローくん、手を引っ張るから目をつむってくれる? なんかもう、ハチローくんにここを見てほしくないんだけど」

「それは無理だ」

「そっかあ」


 目を閉じて歩くとか無理だよね。

 ああ、もう。自分の馬鹿さ加減が嫌だ。いや、でもこれわたしは知らなかったんだから仕方なくない?

 とりあえずハチローくんがこの浮かれたお祭りの餌食にならないように、手を離さないようにしないと……。

 屋台側がまだ安全かと思ってそっちに向かう。

 踊っている輪の横を通れば、なぜか輪が崩れて、わたしとハチローくんのほうへ向かってくる。

 女の人が多い。髪には大振りの花を飾っている。キャラキャラと笑う声。

 これは嫌な予感。

 ハチローくんの腕に抱き着く。

 ハチローくんはぎょっとしていた。我慢して。たぶん、狙われているから!

 小走りにその人波を避けようとしたけど、他にも人がいるせいでうまく前へ進めない。

 女の人の人波はわたしとハチローくんの間を強引に抜けようとする。

 むちゃくちゃ体当たりされて、ハチローくんから離されてしまう。


「ハチローくん!」


 踊る人波がハチローくんをさらっていった。


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