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日本のわたしの部屋には、変わった水晶玉がある。
水晶の中で、炎がゆらゆらと燃えているのだ。
この炎は『ホムラ』で、この水晶玉に触れると『ヨビ』の人間ならあちらとこちらを行き来したりできる。
今までのお父さんたちの寝室にあったそれが、今は向こうに嫁いだ(?)わたしの部屋にあるのだ。
今日もそれに触って行こうとすれば、いつもはほんのり温かいくらいだったのに、やけに熱かった。
「あつっ」
思わず手を引っ込めれば、その手になにがくっついてくる。
正確に言えば、右手の小指の付け根に。
なぜか水晶玉の中からホムラが繋がっていて。
「ぎゃあっ!」
――――っ
気付けば、異世界での我が家の庭にある祠の中。
床の中央に穴が開いていて、そこにいつも炎がマグマのように揺蕩っている。
ホムラという特別な炎だから、煙もないし、床より上に炎が立つこともないんだけど、今日は違った。
わたしの背丈より大きなたんぽぽの綿毛みたいなものが何本も生えていて、綿毛部分がチリチリと燃えている。
「ぎゃあっ」
慌てて祠から出れば、ハチローくんが立っていた。
「ハ、ハ、ハチローくん! なんか変なのが祠の中に!」
思わず駆け寄ってハチローくんの腕をつかむ。
ハチローくんはすぐさま祠の中の様子を見に行った。
思わず縋ってしまったけど、ハチローくんが様子を見に行ってなにかあったりしたらヤバイ。
慌てて振り返れば、祠と塀の間にも何本も同じものが揺れていて――
「うわっ」
わたしの叫び声に、祠の中をのぞいていたハチローくんが振り返った。
わたしが指さすものを見て、ハチローくんがふと気を緩める。
「……変なものって、この***のことか?」
初めて聞く単語が出てきた。
「たぶん、それ。聞いたことないけど、なんなの?」
「***――ホムラの花とも呼ばれている。今日の儀式で、浄化された地脈に咲いたものだ。祠の中のものはそのままだが、外にある***は風に吹かれて地脈が通らないところにもホムラを届けている」
言ってるそばから風が吹いて、チリチリと燃えていたホムラが綿毛のように風に乗っていく。
見た目通り、たんぽぽの綿毛みたいなものってことだ。大きさが規格外すぎるけど。
「儀式の日はいつもこうなる」
「そうなんだ……」
ハッと思い出して、右手の小指を見る。
ここに来る前にホムラに巻き付かれた指には、もうなにもない。火傷もなければ、熱も残っていなかった。
あれも儀式でホムラの力が増大したせいだったんだろうか。
ハチローくんに聞こうと顔を上げれば、じろじろと見られていた。
そう! そうでした!
「どう? どう? 浴衣着てみた!」
お母さんにお祭りに行くことを話すと「浴衣でも着ていくの?」って言われて「着て行く」と即決して着てきました。
時期的には浴衣を着るには少し遅いかもしれないけど、まあ、こちらの世界ならそこまで問題ないと思ったんだけど。
ハチローくんは「そうか」の一言。
そうか、って。そうかってなに?
「ハチローくん、そこは感想を言おう。似合ってるのか似合ってないのか不安になるから」
「……普通」
「普通なら似合ってるって言って! 心の底から似合ってるって思って、そう言ってほしい!」
明らかなお世辞も嫌だからそこら辺はうまく言ってほしい。わがままでごめんね!
「似合っている」
「ありがとう!」
優しい! 良い子!
「それじゃあ、行こうか」
「ちょっと待ってくれ」
そう言ってハチローくんがずっと腕にかけていたものを差し出した。
いつも出掛ける時に羽織っている、藍色の打掛だ。
「……着なきゃダメ?」
せっかく頑張って浴衣着てきたのに、って思っても、ハチローくんは有無を言わせない雰囲気だ。
「着ていないと危険だ」
「危険?」
打掛を着ないとはしたないとか言われる価値観の世界で、危険なのが理由ってなに?
「これを着ないなら祭りには行かない」
「えー……」
ハチローくん、頑固なとこあるし、このままだと本当に行くつもりないんだろうな。
仕方ない。ここはわたしが大人になりましょう。大人ですし。
差し出された打掛を受け取って羽織る。
藍色の打掛に、黒地に金魚柄の浴衣。まあ、悪くはないはず。
両腕を広げて、ハチローくんに見せる。
「似合う?」
「………………似合う」
「ありがとう!」
間が気になったけどいいよ。全然いい。言ったことを守ってくれる良い子。
「じゃあ、今度こそ行こうか」
「その前に」
「え、まだあるの?」
手を差し出された。
……これは。
「え、っと、手、つなぐ?」
「つなぐ。はぐれたら困る」
照れくささもなにもない、むちゃくちゃ真剣なハチローくんの顔。
夫婦のワクワクドキドキ、イチャイチャイベント的なものじゃなくて、本気ではぐれたら困るからって理由だと伝わってくる。
いや、わたしは子供か。
わたしは大人。子供はハチローくん! とは思ったものの、昨日の態度とか今日の会話とか、今までのことを思い出して大人の振る舞いをしてきたかと言われれば……うん、気を付けるね。
わたしじゃなくてハチローくんがはぐれると困るから、と自分の中で理由付けして、ハチローくんと手をつなぐ。
そうしてやっと出発する。
この世界では夜になると、月明かりと星だけの闇になる。
そんな時間に外に出るならランタンは必須だけど今日は違った。
ハチローくんの言った通り塀の外でも、ホムラの花が咲いていて道を照らしている。それはずっと山のふもと、さらにその先まで続いているのが見えた。
「すごいね。これがレイくんの力?」
「そうだ」
和風ファンタジーな世界とは聞いていたし、ホムラなんて不思議な力のことも聞いていたけど、こうして見てみると本当にそうだったんだなって思う。
普段生活してる分にはファンタジーな要素なんて無かったし。
「レイくんが日本にいたとき、一緒にお祭りに行ったことあるんだよ」
「…………そうなのか?」
「屋台でゲームしたり、やきそばとかりんご飴食べたり。かき氷で舌が青くなって泣きだしそうになってた」
それをミコトが馬鹿笑いしていた。懐かしい。
「カキゴオリ?」
かき氷の説明をするけど、どうやらこっちの世界にはないらしい。
基本的にこの世界では冷たいものを食べなくて、なんでも火を通して食べるからないのは当たり前かも。
日本のお祭りの定番とかこの世界での屋台の定番を聞いていたら山門に着いた。
この山門が国境のような役目で、ホムラ様が住む山と他国との境を示している。
いつもは閉じられている門は開かれていた。
「タケルさん、これ」
ハチローくんが紙の面を取り出した。
そうだった。顔を隠さないといけないんだった。
「ありがとう」
受け取って顔につけてみるけど……やっぱりちょっと視界が悪くなる。
ハチローくんも面をつけると、また手をつないで門を抜けた。
ふと視線を感じて振り返ると、門の両脇に立つ門番の人たちになぜかじろじろと見られていた。




