2
「夫婦の危機です」
「……はあ」
家の寝室。布団の上で。
向き合って座るのはハチローくんだ。
ハチローくんのストーカー行為が収まってからも、なぜか同じ部屋で寝るのは続いている。
別々の部屋で寝ようか提案しても、夫婦だから分ける必要がないと結局同じ部屋になってしまった。
まあ、こうしていつも話してるんだから、もう部屋の問題はいいんだけど……。それこそハチローくんがもうちょっと大きくなったときにまた考えればいいわけで。
それよりも今、問題にすべきなのは……。
「明日の儀式のこと、わたし聞いてないよ、ハチローくん! 最近、帰りが遅かったのもその準備で色々あったからでしょ」
ご飯を食べる時間もすれ違うようになっちゃったけど、それでもこうして寝る前には話をしているわけで、言えるチャンスは今までにたくさんあったはずだ。
それなのに!
「聞かれてないのに、儀式に行けないことになってたんだけど、どういうことかな!」
そこまで言ったところで、ずっと訝し気な様子だったのが解消される。
「明日はゲツヨウビだから、タケルさんは仕事だろう。聞いたところで、昼の儀式を見ることなんてできないじゃないか」
ハチローくんは悪びれもせずにあっさりと答えた。
わたしは土日祝休みのところで働いているから、月曜日は確かに仕事だよ。ちゃんと把握してくれてありがとうだけど……!
「有給取ることだってできたよ。儀式見たかった! ハチローくんも出るって聞いたよ。儀式の舞手はすごいお役目だって聞いたよ!」
「すごいお役目なのはトノだ。おれじゃない」
「レイくんのことは今はいいの。ハチローくんの話! 衣装見せてもらったけど、あれを着るハチローくんが見たかった!」
儀式のことを知らせてもらえず、しかも行けないとなってショックを受けるわたしに、せめて当日の衣装だけでも、とチサちゃんが見せてくれた。
レイくんは炎の赤を基本にしているけど、案外シンプルなデザインの着物だった。
ただわたしなんかでも触っただけで高級と分かるような良い生地に、見れば見るほど細かく完璧に施された刺繍がびっしりとされていて、むちゃくちゃ特別感があった。当たり前だけど。
チサちゃんは朱色をベースに、十二単みたいに何枚も衣を重ねる衣装。一枚一枚が赤色だけど、すべて着るとグラデーションになって見えるものだった。ベースの着物以外は羽のように軽いものばかりで、何枚も着るって言っても暑くも重くもないらしい。
そして、ハチローくんが着る舞手の衣装。
二人に比べれば、むちゃくちゃシンプルだ。山吹色の単衣に白いズボン。頭には白い布を巻き、首元にも白のマフラーを何重にも巻くらしい。そのマフラーも触らせてもらったら、羽のように軽かった。
シンプルだけどかっこよかった。
アレを着たハチローくんが見たかった。
写真撮りたかった!
「一言言ってくれてもよかったのに。儀式があるのは前から分かってたでしょ」
「行けないものをわざわざ言うことはないと思っただけだ」
「行けないって決めつけないでよ。行けたかもしれないでしょ。そもそも教えてくれてもよかったじゃない。ささいなことでも話し合うのがわたしたちのやり方でしょ!」
それにこうして寝室が一緒なのは、夫婦の話し合いの時間を取るためにもいいだろうって、ハチローくん言ってたよね。
「なーんでー! なんでなんでなーん-でー」
「……そこまで見たかったのか?」
「見たかったし、なにより見れたかもしれないものが見られないことが辛いの!」
布団をたたいて、そのまま突っ伏す。
「……悪かった」
悪いと思ってない声だ。
文句を言おうと顔だけ上げる。
……引いてる。
むちゃくちゃ引いた顔してるんだけど。
思わず我に返っちゃうくらいの。
確かに、こんなにギャーギャー文句を言うのは大人のふるまいではなかった。
体を起こして、髪をなんとなく手櫛で整えてみる。
「まあね、うん、いいよ。全然いい。ハチローくんの活躍を見たかったけどね、動画にも写真にも収めたかったけどね、いいの。夜のお祭りも楽しみだし」
「……は?」
一段低くなる声に、なぜか険しくなっていく表情。
なんで?
「夜に行くつもりか?」
「うん。儀式は昼には終わるけど、ふもとのお祭りは一晩中続くって聞いたよ」
声も顔も怖いんだけど、なんか変なこと言った?
「あ、ちゃんと夜のお祭りのルールは聞いたよ。顔を隠して行くんだよね?」
昼間はそんなことないけど、夜のお祭りに参加する人は顔を隠さないといけないらしい。
帰り際、門のところまで見送ってくれた侍女の人がそう教えてくれた。
いつもは無言で案内してくれるのに、しょぼくれているわたしに同情してくれたみたいだ。そこまで落ち込んでいたらしい。無自覚。
『夜に見るホムラはまた格別の美しさがありますよ』とどこかうっとりとした様子で教えてくれて、簡素な紙のお面すらもらってしまった。お面は顔さえ隠せたたら、どんなものでもいいらしい。
「お面もあるよ。ハチローくんの分ももらったし、夜のお祭りもきれいらしい、ハチローくんも一緒に行こうよ」
「…………」
「屋台とかもきっとあるよね? 食べ歩きしちゃう? 夜ごはんはそこで済ませちゃおうか」
明日の朝、夜ごはんはいらないってトウメさんに伝えておけばそれもできるだろうし。
この世界ではどんなものがあるのかな。
わたあめ、チョコバナナ、りんご飴、ベビーカステラ、焼きそばに、焼きトウモロコシ。ロングボテトとかからあげとか……そういう日本の定番的なものはこの世界ではどういうものになるんだろう。
「あ、でも、ハチローくんは儀式が終わったらお祭りに行ったりする? それか夜も友達と行ったりとかするのかな。それならわたし一人で行ってくるけど……」
この半年の間にふもとの街にも何度か行っているから、もう一人でも全然行けるし。
「行かせるか」
「へ?」
行動制限? なんで?
びっくりしてハチローくんを見ると、険しすぎる表情が変わってない。むしろさらに怖くなっている。
だから、なんで?
キョトンとするわたしの顔を見て、ハチローくんは、はあーと大きく長いため息をついた。
「一人では行かせられない。おれも行く」
「でも……」
「おれも行く」
あんな大きなため息ついてたんだから、乗り気じゃないのはさすがに分かる。
「あんまり興味ないなら、無理に付き合わなくていいんだよ?」
「おれも行く」
「ほんとに無理しなくても……」
「おれも行く」
このまま何を言っても「おれも行く」しか言わなさそう。
こうなったハチローくんは誰も止められない。
じゃあ、もうハチローくんも一緒に楽しんでもらうってことで、ハチローくんと二人で行くことになった。




